二夜目 信用できるもの
「えー・・・っと。君の名前は。」
「あれ?忘れちゃいました?」
目の前の少女は分かりやすく肩をすくめる。しかし、ショックを受けてる素振りは微塵もない。
「いや、覚えてますよ・・・
俺は以前もこの場所に来たことがある。灯のない真夜中なのに遠くまでくっきりと見える不思議な世界。そしてそこで出会った少女『常世 鏡花』
「鏡花さん・・・だよな?」
「そうです、思い出せました?」
本当は今の今まで忘れていたことは見透かされているようだ。
「別に気にしてませんよ。ここではそういうものなんです。」
「そういうもの?」
「別に前回説明しても良かったんですけどね、一回お昼を経験したほうが信じてもらえるかなって。」
確かに前回とは説得力が違う。
「ここは夢の中です」この言葉に対して疑問は無かった。ただ変わった夢だなと思ったくらいで。問題は「ただの夢じゃない」という点。
昨日確かに自分の家で目覚めた。普段と何一つ変わらない朝を迎えた、が夢の記憶は一切なかった。夢の記憶がないなんてよくある話ではあるが。
しかし、夜眠ると再びここにいる。
「これから毎晩ここには来る・・・そういうことか?」
「他にもいろいろありますが、まずはそれですね。その通り、あなたはこれから寝るたびここに訪れます。しかし経験した通り起床してる間はこの世界の記憶は全くないです。」
つまりこの現象がなんであれ、医者に聞くとか、占い師に聞くとか?あとは眠らないとか。そういった抵抗は出来ないってことか。
「そんなに知ってるってことは他にも同じような奴がいるのか?」
「いた・・・というのが正しいでしょう。現在はあなたしか確認してません。」
「じゃあそいつらはどうやってこの現象から逃れたんだ?」
「その話の前にあと二つ、先にお伝えせねばなりません。」
「なんだ?」
「第一に前回、自殺はするなと言いましたよね。この世界で死んだ者はおそらく現実でも死亡します。」
なるほど、それは大変だ・・・ん?今なんて?
「なので死なないように頑張ってください。」
普通に生活していれば聞くことがないであろう言葉だ。
「ちょっと待ってくれ、死ぬってどういうことだ?死ぬってのは・・・」
「そのまんまの意味ですよ。一般的な死と同じ意味です。」
この夢が普通ではないことは分かったつもりだ。しかし、この事実はさすがにすんなり受け入れられるものではない。
「ちょっと待ってくれ。」
「別にいくらでも待ちますから落ち着いて下さい。」
「あ、あぁ。申し訳ない。・・・その死ぬっていうのは確かなのか?」
「はい、過去に見てきた人の中で死んでしまった人のほとんどはそうなっているようです。」
ほとんど?ようです?
「なんでそんなに伝聞調なんだ?」
「私は現実世界に行けませんから。自分では確認できません。ほとんどといったのも全員を確認できたわけではないのでという意味です。」
「後者の説明は分かった。だが自分で確認できないのならどうやって確認したんだ?」
「名前を聞いたら分かるそうです。」
それから何人かの名前を鏡花から聞いた。確かにその中の何人かは知っている名前だった。詳しく覚えてはいないがその中の何人かはニュースで死んだという情報を聞いたことがある気がする。そして、その何人かは誰もかれも当時世間を騒がせた犯罪者の名前だ。
「質問してもいいか?」
「今更ですね、いいですよ。知ってることであればなんでも答えます。あ、彼氏はいません。」
「そんなことは気になってないよ。」
「私が気になってます。どうして彼氏ができないんだろうなぁって。」
左右にゆらゆら揺れながら腕を組んで答える。鏡花も年頃の女の子なんだなぁ。申し訳ないがどうでもいい、というかこの世界では不可能だと思う。
「それで質問なんだがな、君は普段は何をしているんだ?」
「まずご趣味は?みたいな質問ですか?」
「違う。」
「ごめんなさい、ふざけすぎました。そうですねぇ、それこそこの世界に迷い込んでしまった人の解放条件みたいなものがないか探し回ってますね。」
ごめんとは言うものの申し訳なさそうではない。
「探してるってことは君は知らないってことなんだな?ここに来なくなる方法ってのを。」
「残念ながら。一人で探すにもこの町は広いので時間がかかります。それにただ探すのに没頭するわけにもいきませんしね。」
「それはなんでだ?」
「それが二つ目に言おうとしていたことです。この世界でただ自殺しなければ大丈夫というわけではないんですよ。この世界には私たちを襲う存在がいるんです。」
「襲う?」
先ほどまでとは表情が変わった。真剣な眼差しでまっすぐに俺を見つめて言葉を続ける。
「そうですね、あえて言うなら怪異ですね。現実では信じられないような何かがこの世界にはたくさんいるんです。すべてとは言いませんが、中には危険なモノもいるんです。特に危険なモノに近づくとご存じの現象が起こります。」
「心臓の痛み・・・」
「その通り。おかげで本当に危険なモノとは遭遇せずに行動できますが、そのせいで調べられないままの場所もありますし、どんな見た目、動きかも分からない以上逃げ切れるという保証もないんです。」
この世界での死が現実の死になる。この事実すら俺にとっては衝撃的だった。しかし、そのことを話してるときの鏡花はまだ余裕を感じられた。今は違う。鏡花の言う怪異が何なのかは全く見当もつかないが、心臓の痛みを感じたのは今でも鮮明に覚えている。
「怪異は移動するモノもいますから絶対に安全な場所というものはありません。」
俺に選択肢はなかった。
そうして俺は悪夢のような夢の世界であるのかも分からない情報を探すこととなってしまった。
続く