一夜目 夜に囚われる
「気付いたら」という言葉は好きじゃない。自分の不注意をまるで一瞬でワープでもさせられてしまったかのように言い訳をしているから。自分の行いに全く責任を持っていないような気がして嫌っていた。しかし、この場合はそう言わざるを得ないだろう。
気付いたら俺は見知らぬ道に立っていた。
困った。昨日は特に酒も飲まず寄り道もせず家にまっすぐ帰宅した。その後どこにも外出せずに就寝したはずなのに、それが気づいた時には見知らぬ道に立っているのだから困る。
周りを確認してもやはり知らない場所だ。その時、妙なことに気付いた。遠くの方まで見えるのだ。
ずいぶんバカげたことを言っているようだが、右も左も見知らぬ家が立ち並ぶ道。遠くに何か目印になりそうなものは無いかと思いその場で背伸びをしたとき、空が真っ暗なことに気付いた。曇っているのではない、夜なのだ。それも真夜中、さらには月どころか星一つない夜空。
周りに街灯らしい街灯も無いのに。近くの家もよく見てみれば灯が点いているようには見えない。たとえ暗闇に目が慣れたとしてもここまでくっきり見えるだろうか、そう思えるほどに暗闇の中、手元足元はおろか、視界を遮るものがない限り遠くまで見える。
この奇妙な状況には戸惑うし、全くどちらに家があるのかもさっぱり分からないけれど、さすがにその場に居続けるわけにもいかないのでとりあえずまっすぐ進む。
周りを探してはみたが、どうやら看板などが近くにはないようで、本当に全く情報を得られない。一応真夜中のようだし、どの家も電気が点いていないのでインターホンを鳴らして道を尋ねるというのも憚られる。
「おや?お困りのようですね?」
背後から聞こえた少女の声に振り返る。先ほど背後の道も当然確認したはず。
しかし、自分がなぜここにいるのかも覚えていなかった以上、自分の記憶はあてにならない。
「ええ、道に迷ってしまいまして。」
「ふふっ、当てて見せましょう。自分がどうやってここに来たのか分からない…どうです?当たりましたか?であればお答えしましょう。ここはどこなのか。ここは夢の中です。」
『夢』か…妙に納得した自分がいる。実際ここに来た記憶も無いし、ここの見覚えもない。それに暗闇でも視界が明るいというこの状況、夢の中であるのなら合点がいく。
つまりこれはいわゆる明晰夢めいせきむというやつなのだろう。
「理解できましたか?まぁ、この状況からここが夢の中・・・ということは信じていただけそうですね。」
「ええ、まぁ。」
であれば後は自分が起きるのを待つか…そういえば夢の中でこうすると起きるみたいなものあったな。
「あ!そうそう、自殺とかしないでくださいね?ここはただの夢ではありませんからね。」
「え?自殺?」
「あれ?いや、自殺したら目が覚めるって人がよくいるもので。する気がないなら結構。」
「あ、あぁ。なるほど。」
確かにそれはよく聞くな。自分自身、明晰夢を見たことがあまりないので確かかどうかは分からないが、試す価値はありそうではある。まぁ、止められているものをわざわざする必要もないか。普通に考えて夢の中の時間と現実は違うしな。
「おっと、さっそくで申し訳ないんですが逃げますよ。」
「はぁ・・・は?」
少女は俺の背後に続く道へ走り出した。逃げる?何から?何かをするつもりも無かったしとりあえずついて行ってみよう。そう思いゆっくりと振り返ると・・・
「っ!?」
突然、胸に激しい痛みを感じた。まるで心臓を握られているかのような・・・
原因は全く分からない。分からないがこれが先ほどの少女が逃げるといったナニカの対象なのだろうか。であれば、彼女の後を追えば解放される?
何が起こるか分からないが、この感覚からは抜け出したい。俺は彼女のことを信じることにして、少女の走っていった方に続いた。
ある程度進んだところで少女は足を止めた。途中であの嫌な感覚も薄れていき、今は全く感じない。
「さっき、変な痛みのような、そういうものに襲われたんだが。」
「奇遇ですね、私もですよ。」
少女は少し息を切らし、微笑みながらそう答えた。
「そうですね、説明が難しいですが。まぁ時間はいくらでもありますから少しづつ説明します。」
時間はいくらでも?
「おっと、言ったそばからですね。」
少女がそういうのとほぼ同時に俺の体が淡く発光し始めた。強い光ではなく、足元を照らせるほども光ってはいないが確かに発光している。(足元は暗いが見えるという奇妙な光景だが)
「光ってる・・・?」
「おめでとうございます。お目覚めの時間ですよ。」
「お目覚め・・・?」
これで終わりなのか?なんとも終わりのよくわからない夢だが、夢にオチを求めるのも我ながらどうかと思う。
「そういえば自己紹介がまだでしたね。」
「名前・・・覚えてますか?」
目の前の少女は微笑みながら言う。出会った時と同じように。
気付いたら俺は見知った道に立っていた。
「いい一日は過ごせましたか?」
彼女は出会った時と同じく悲しい笑顔でそう言った。
続きます