第三十八話 トレーニングモード
「シン君。もう夜も遅い。今日から、君は専用の家に住むことになる。職員に案内させよう」
真相を暴露した後、恐神はシンにそう伝えた。何事もなかったかのように、にこやかに送り出す。
そして今、シンはセンテレントエリアの上空を飛行している。 一機のドローンと共に。
「職員ってドローンのことかよ」
ブゥゥゥン
虫の羽音のような不快な音を立てる"職員"の跡を追い、飛行すること五分。住宅街らしき地形が目に入ってきた。
「へえ。案外普通の住宅街みたいな感じか。よく出来てるな」
一軒一軒の敷地の広さは段違いだが、あまりにも奇怪な光景という訳でもない。
『あちらの008番のお家がシン様のお家でございます』
「うわっ!?」
急に喋り出すドローンに驚いて、体勢を崩しそうになったが、すぐさま立て直した。
「びっくりさせんなよ……ところでお前、センテレントエリアのアーティーは皆ここに住んでいるのか?」
『一名を除いて皆様ここに住んでおられます。サキ様、コルン様も同じです。シン様のお連れ様の菊間様は、研究・開発エリアにお家がご用意されておりますので、ここではございません』
博士とは離れているのか。少し不便だが、そこまで遠くもないのなら構わない。だが、引っかかる点が一つあった。
「一名を除いて? どういうことだよ」
わざと含みを持たせるような言い方をしたドローンに違和感を覚えたのだ。
『はい。アーティカルグランプリ初代優勝者、キング様は中央管理塔の地下に住んでおられます』
なるほど。特別扱いってわけか。キングと言えば、アーティカルグランプリの初代王者。このセンテレントエリアでも権力を持っているに違いない。
ボッ! シュー……
シンの住居だという008番の家の前に降り立った。その外観はあまり日本の家らしくはない。それに、この家に使われている素材は、見たことがないものだ。
硬くて頑丈だが、白っぽいあたり、金属というより、石英や長石のような印象を受ける。
家の大きさに関して言えば、一人で住むには広すぎるくらいだ。敷地の入り口にはしっかりとセキュリティのついた門が設けられ、プールや庭までついている。需要あるのだろうか、これ。
『到着しました。こちらがシン様のお家です。明日の朝九時より、新たに入られた方々の歓迎パーティーを行います。中央エリア、セレモニーホールにお越しください。何かご質問やお手伝いできることがございましたら、ご自身の端末で運営局にご連絡ください』
「はいはい。お疲れ様」
顔も手もないドローンと会話をするのも慣れたものだ。家の門が自動で開き、中に入るとさらに家の扉も自動で開いた。家中の明かりがつき、端末も勝手に充電モードになっている。
「なんだか騒がしい家だな……」
しばらく家の中を調べてみることにした。構造は二階建て。玄関に入ると目の前に長い廊下があり、それぞれの部屋へと繋がっている。内装は普通の家とそんなに変わらない。
一回の部屋数は全部で5つだった。
玄関からすぐ右手にあった、大きなモニターとソファの備えられたリビング。
おそらく、今後一切使わないであろうキッチン。
そして、一人でいるにはちょっと寂しいダイニング。中心に、表面がタッチパネルになった机が置かれていた。
四つ目の最も小さい部屋には、アーティーの各部位のパーツがずらっと並んでいる。いつでも付け替えられるようになっているらしい。
一番奥の部屋は、メンテナンスルームだった。ここでAIの充電、また、アーティーの疲労回復のためのドリンクや、全身を冷却して疲れを取るための装置なんかも置かれていた。
一通り一回を見て回ったシンは、二階へ行こうと、階段を探した。しかし、それらしきものはどこにもない。
階段がないならエレベーター? それもないよな。
数分間各部屋を探し回っていると、廊下の奥の部屋の、不自然な場所に、銀色のカプセルが立っているのを発見した。大人が一人入れる程度の大きさだ。カプセルの中に入ると、体が浮くような感覚に捉われた。次の瞬間、自分の体が、新しい空間に移動していた。
「凄いな。瞬間移動の特技を応用してるのか」
さすが、世界最先端の技術だと言える。
シンが足をつけたそこは、この家の二階だった。その二階の部屋は、一部屋のみ。いや、むしろ、一部屋だからこそあのカプセルを使って移動するのだろう。その部屋の役割はまだ分からない。ただだだっ広い空間が存在するだけだ。
四方を白くて無機質な壁に囲まれ、あるのは中央に設置された謎の台のみ。
何かと思ってその飛び出ている台に近づいてみると、タブレットが埋め込まれていることが分かった。
「なんのために使うんだ? これ」
少し興味を惹かれたので、タブレットを起動させてみた。表示された画面を凝視する。
[モードを選んでください]
▶︎テストモード
トレーニングモード
チェックモード
バトルモード
なんだ? 何かのゲームか?
だが、そんなはずがない。このタブレットがこの広い部屋にある以上、ゲームで終わるわけがないのだ。
シンは試しに画面に触れ、トレーニングモードと書かれた部分を選択してみた。
ピッ
ウォォォン!
『トレーニングモードを開始します』
「えっ!? なんだなんだ?」
突然、部屋中が赤い光に包み込まれた。警告音のサイレンらしき音もなっているし、もしかしたらヤバイことをしたのかもしれない。
『レベル1 スタートします』
部屋に響く天の声はそう言うが、さっぱり意味がわからない。と思っていたところ、背後から、バシュッ! と発砲音が聞こえた。
「おっと?」
後ろを振り返らずに、シンは特技を発動する。
「【五秒間無敵】発動!」
シンの体は漆黒の鎧で覆われる。銃弾が背中に当たる感覚がし、その後ポテッと床に落ちた。
その飛んできた方を見ると、小型のドローンが三機浮遊していた。
こいつらが発砲したのか? なぜ?
しかし、そんなことを考えている暇はない。脚から炎を噴射し、一気に距離を詰める。
「おらぁ!」
ガァン!
一機を殴って墜落させた。堕ちていったドローンは、床に着く前に消滅し、実体が消えた。残りの二機は再び発砲して来るが、その攻撃は銃弾一発のみ。シンにしてみれば可愛いものだ。
サッ!
軽々と攻撃を避け、残りの二機も撃破する。こうしている今も、よく意味がわからない。
「なんなんだ? いきなり攻撃しやがって」
ため息まじりにそう呟くと、また嫌な音声が流れる。
『レベル2 スタートします』
今度は人型の戦闘用ロボットが三体現れた。
「だから、なんなの!?」
若干変な口調になったシンの叫びを、天の声は聞き入れない。ちょうどここで、ハッとした。
あのタブレット……そういうことか!
新しく出現した敵に脇目も振らず、中央のタブレットにしがみついた。そこには、[終了する]と書かれたボタンがあった。
ピッ
『トレーニングモードを終了します』
シュン……
現れたロボット達は消えていった。
「はあ……いきなりすぎんだろ。説明しとけよ。さっきのドローン」
自分の住処でいきなり危害を加えられたりするなんて、たまったものじゃない。
そのことで異常に疲れたシンは、ベッドに潜り込むとすぐに寝てしまった。
さっきまで乗っていたジェット機のベッドもなかなかの上物だったが、今度はさらにふかふかだ。体が雲に浮いているような感覚になる。さっきの急すぎる戦闘のことなど忘れるほどに、至れり尽くせりの手厚い保護に、充分に満足していた。
明日はどんな一日になるだろうか……
希望と不安が渦巻く夢の世界に、シンの意識は放り出された。
そのまま日が昇るまで、一度も眼を覚ますことはなかった。




