第三十六話 センテレントエリア
−午後10時−
「博士、もう集合時間になっちゃったぞ。早く行こうぜ」
「むむ……そうじゃな。戸締りして出るとするか。また【ワープホール】頼んだぞ」
「ああ。分かったよ。【ワープホール】発動」
ボォワァァン
「ほれほれ。よいしょっと。便利じゃの。これ」
やがて、博士の姿は黒煙に包まれ、完全に見えなくなる。
「さてと、俺も行きますか」
最低2年間はこの家に帰ってくることもない……か。
少し寂しいが、仕方がない。待ってろよ。必ず帰ってくるから。
「Hey,sari 飛行モード」
『了解』
◇
シンが国立競技場に到着した時、もう既に全員が揃っていた。バカでかいジェット機が停まっている。
「ちょっと、遅刻よシン」
到着するなり、サキにどやされる。時刻は午後十時五分。言うてまだ五分なのだが。
「いや、これは俺のせいじゃなくてだな……」
博士が遅かったから遅れたという言い訳をしようとすると、その博士に口を挟まれた。
「シン。他人に責任転嫁するんじゃあない。スピード特化のお前が遅れるなんてなぁ」
「だから博士のせいだろ!」
全く。なんで俺が責められなきゃならんのだ。
「まあまあ二人とも。ほら、協会の人たちも待ってることだし」
コルンが仲介してくれたので、小突き合いは終結、全員そろってジェット機に搭乗する。
機体取り付けられた鉄の階段をカンカンカンと登り、機内に入った。
入り口付近には綺麗な女性が立っていた。内装についての感想を最初に呟いたのは、先頭のコルンだった。
「うわ!? これ、ジェット機!?」
コルンが驚くのも無理はなかった。機内は王宮かと思われるほどきらびやかで豪華な装飾が施されており、銀でできた食器、繊細なシャンデリア、それを知らない人はいない名画が飾ってあるなど、ジェット機とは思えなかった。
「こちらは中央ホールとなっております。奥にはシン様、菊間様、コルン様、サキ様それぞれの個室が用意されております。お二階にはレストランや遊戯場、地下にはダンスホールもございます。フライト時間は五時間ほどの予定です。ごゆっくりお過ごしください」
スタッフらしき女性が紹介をしてくれた。
マジか。というか、ジェット機の中なのに、地下と二階って。マジか。
シン達の中でもとりわけ目を輝かせているのは、唯一の華、サキだった。
「ふぁぁぁぁ……綺麗……」
普段は戦闘の仲間としてサキと接している分、「女性」よりも「仲間」という認識のほうが強い。しかし、今日は違う。薄いピンク色のワンピースがすごく眩しい。そういえば、サキの私服も、見るのは初めてだ。
「はは。サキもそんな感情持つんだな。まあ女子だしな」
年齢的にも、サキは女子高校生。一昔前の時代なら、アーティーになるという選択肢はなかったので、普通に高校にでも通っていただろう。
「なによ、悪いの? 私だって女の子よ。かわいいって思うことくらいあるわ」
「いや、アーティーとして共闘してると、いつも頼り強いからな。防御型だし」
「へ、へえ……あなたが誰かを褒めるなんて珍しいじゃない。ねえ、コルン」
急に話題を振られたコルンは少し戸惑っていた。
「そうかな? そうでもない気がするけど」
「それより、各々の個室に荷物を置いてくるんじゃ。ワシの荷物は多くてのぉ……」
そう言われた全員が、各部屋に散り散りになった。しかしその後、四人が再び合流することはなかった。
特にシンは、いまだ残っていたアーグラの疲れからか、残り全ての時間を寝過ごしてしまったのだ。
◇
ピーンポーン
個室のチャイムが鳴り、目が覚めた。
あれ……そう言えば、俺、寝てたんだっけ……
鉛のように重くなった体を引きずり、ドアを開けた。
「はーい……なんすか……」
「お休み中申し訳ありませんシン様。あと十分で到着となりますので」
あと十分……? まさか、四時間以上も寝てたのか?!
「え、ちょ、ちょっと待ってください、もう北海道に到着ですか?」
「はい。ずっとお休みになっておられましたので」
何やってるんだよ。貴重な機会を睡眠だけで終わってしまった。
「とりあえず、分かりました」
冷蔵庫に用意されていた水を飲み、中央ホールへ足を運んだ。
「あ、シン。何してたの? ずっと。僕たち三人は、レストランに行って、マッサージ受けて、遊戯場でビリヤードとダーツとカラオケして……」
コルンは随分楽しそうだ。幾分か若返って見えるほどに。
「悪い。うっかり寝ちまってな。全然楽しめなかった」
しかも、過眠で体はだるい。結局意味がなかった。
「馬鹿ねぇ。こんな時に寝過ごすなんて。あ、あと五分だわ」
その時にちょうど五分前になったらしく、機内にアナウンスが流れだした。
『只今より、着陸態勢に入ります。全員、お座りになった体勢でお願いいたします』
近くにあったソファに腰を下ろした。他の三人も、空いているスペースに腰掛ける。
「そういえば博士、気になってたんだが、センテレントエリアって北海道にあるんだろ? 東京から北海道って、五時間もかからなくないか?」
通常なら、四時間とちょっとで着く距離だ。アーティーならもっと早いが。
「ああ、それなんじゃが、ビリヤード中にワシも気になって聞いておいたんじゃ。なんでも、センテレントエリア周辺には、場所が特定されないよう、プロジェクションマッピングでカモフラージュしておるらしい。その為、着陸するのに遠周りするようになっておる。だから、通例より時間がかかるらしいんじゃ」
なるほど。だからこんな豪勢な旅客機なんかを用意しているのか。
「へえ。カモフラージュねぇ。でも、一応入れないようにバリアもあるんだろ?」
「もちろんじゃ。じゃが、セキュリティ厳重に越したことはないということじゃろ」
まあ、日本を代表する富豪や、政界の重鎮、各国の大統領なんかも訪れたりするからな。
『着陸します。お立ちにならないよう、お願いいたします』
ガタガタと機体が身震いし、地面に降り立つ感覚が、腰に伝わった。
「北海道に来た」という表現よりも、今は、「センテレントエリアに来た」というほうが正しいかもしれない。
最初に説明してくれた女性が、どこからともなく現れた。
「お疲れさまでした。外に出ると、ゲートにつながっております。ゲートを直進していただければ、係の者が待っておりますので」
久しぶりに吸った外の空気に、違和感を感じた。ここが北の国だからではないような気がする。その違和感は、頭上を見上げると、すぐに解決した。
目に映ったのは青く澄み渡った空でも、星が輝く満点の空でもなく、鉄筋でできた屋根だった。その高さは100メートルくらいだろうか。ここも既にセンテレントエリアの内部なのだ。
超巨大なドームのようになっているセンテレントエリア。内部には、一国に必要なインフラ設備が完備されている。まるで、それ自体が小さな独立国のような成り立ちをしているのだ。
ジェット機に付いた階段を降りると、見慣れない物があった。
ちゃぶ台くらいの大きさで、銀色の平たい円盤が、ぷかぷかと浮遊していた。
「ん? なんだこれ?」
すると、その謎の円盤が喋り出す。
『私たちの上にお乗りください。エントランスまでお運びいたします』
「すごいね、普段自分で飛んでるから見たことないや」
コルンは割りかし機械いじりが好きな方だ。菊間博士とよく話している。やはりこういうものには惹かれるのだろう。
足をつけると、少し沈む感覚があった。ブワーンと奇妙な音を立て、土踏まずに浮力を感じる。
「うおっすげぇ。なんか新しい感じだな」
簡単に言えば、人を乗せて動くドローンのようなもの。半導体か何かが埋め込まれているのだろうか。
その機械は、シン達を乗せたまま平行移動していく。無音かつ重心で方向転換できる点、飛行能力を持たない一般人に重宝される日も近いかもしれない。
Entranceと書かれた、大扉の前まで運ばれた。その扉を表現するならば、巨大な冷凍庫の入り口のような様。両端に警備用のロボットが立っており、顔認証、AI認証、パスワード、瞳孔検査などの機械が埋め込まれている。世界一のセキュリティと言っても過言ではない。
「お待ちしておりました! シン様、コルン様、サキ様、菊間様でよろしいですか」
「あ、そうです」
エントランス前に待機していた若い男だ。終始ニコニコして説明している。
「ではこれより、センテレントエリア内部にお入りいただきます。只今送信しました、地図をご覧ください。まず最初は、中央管理塔に向かいます」
自分の端末を確認してみると、地図の添付されたメッセージが届いていた。敷地面積は、東京ドーム五十個分と記載されている。中央管理塔とは、円心状の真ん中、センテレントエリアを基盤となって支えている、大黒柱的な存在のようだ。
「ここに何かあるの?」
「はい、サキ様。こちらに、アーティー協会の最高権威、最高管理官がいらっしゃいます」
「なによそれ? 昨日の黒羽さんって会長さんより偉いのかしら?」
「もちろんです。最高管理官、副管理官、総括長、そして黒羽会長といった階層づけでございます」
「ほぉ。なかなかややこしいんじゃのお」
黒羽さんもなかなかの重鎮に見えたが、それよりまだ上があったとは。
ゴゴゴォ……ギギギギ……
荘厳な扉が鈍い音を立てて、ゆっくりと開きだした。
眩しい光が目に射し込む。さっきまで独特だった空気感は、不思議と無くなっている。
「開きましたね。では、こちらへ。目の前の大通りを進めば中央管理塔です」
そこは、ごく普通の街の風景だった。いや、普通ではないかもしれないが、デパートやテレビ塔、高級ホテルなどが立ち並んでいる。
少なくとも、想像していたよりは大分現実世界に近い。
「うわぁ……すっげぇ……」
おそらく映像でカモフラージュしているのだろう、頭上には星空が映されている。きっと、最新の技術で、空気も自然状態に近づけられているのだ。
四人で横並びになって、大通りと呼ばれる路を進む。こうしてみると、やはりドーム内にいるという感覚は全くない。
数分間歩いた後、管理塔の下に着いた。見上げれば、その先が見えないくらい高くそびえ立っている。
ウィーン
自動ドアが開いたので中に入ると、大きめのエレベーターの部屋のような造りだった。
「ここに乗ればいいのか……?」
やがて自動ドアが閉まり、10秒で経つとまたドアが開いた。
『最上階に到着しました』
「え? もう着いた? はっや……」
エレベーターなんて今は全然使う機会もないが、あまりの速度に驚愕する。
ドアが開いた先は、最高管理官室と書かれた部屋だった。30メートルくらい先に、堂々と椅子に座った1人の男がいる。
一同は、わずかに緊張した面持ちで近づいていく。
シンは、誰が第一声を放つのかと見守ったが、先手を打ったのはその男の方だった。
「やあ、こんにちは。そして初めまして。私が、アーティー協会最高顧問並びに、センテレントエリア最高管理官の恐神 清一です」
椅子をくるくると回転させ、顔が見えるようになって分かった。確かに、この男は只者じゃない。
薄く生えたあごひげに、右目には大きく斬られたような傷がある。タバコをくわえ悠然と座っている。歳は70歳くらいに見えるが、その容姿からは気品と知性、そして若々しいエネルギーが感じられた。
「こんにちは。これからお世話になります」
「君がコルン君だね。アーティカルグランプリ見させてもらったよ。作戦も君が立てたらしいじゃないか。期待してるよ」
ニコリと笑い、今度はサキの方に視線を移した。
「は、初めまして。よろしくお願いします」
サキが珍しく敬語を使っている。彼女ほどの度胸も持ち主でも、この男の前では気圧されてしまうのか。
「君がサキさんか。君の防御力と機動性は素晴らしいね。防御型は貴重だから助かるよ」
ん……? 防御型は貴重……? どういう意味だ?
しかしその答えについて思索する間も無く、次はシンと目があった。
「そして、シン君。十年に一人の逸材聞いているよ……アーグラではリーダーを務めていたんだろう? そのことに関して、少し話したいんだ。この後、ちょっといいかな?」
「あ、はい。それはどうも」
なんだろう。話とは。アーグラに関係でもある話だろうか。
それから、菊間博士への挨拶に移り変わり、しばらくはセンテレントエリアの説明をされた。
「地図を見てもらえるかな? 君たちがいるここはもちろん中央管理塔。主に東側には居住スペースや娯楽施設が立ち並んでいる。君たちの住居もここに用意されているよ。あとで案内させよう。そして、西側の地域。ここは、アーティーとして必要な設備が揃っている。パーツの修理場や、AIの改造をする研究所、燃料補給なんかも行う。西側で一番メインとなるのは、ここだ」
そう言って、西側の地域のある場所を指差した。
「ここはトレーニング施設。アーティーたる者、常に強くあるべきだからね。強制的に出向かなければならないわけではないけれど、週に五回は必ず顔を出してもらうよ。まあ、あとで話そう」
全員が一切口を開かずに耳を傾ける。最後に、「明日の朝八時から歓迎パーティーが大講堂である」とだけ伝え、俺以外の全員を帰らせた。
一人残された俺は、しばらくの沈黙に耐える羽目になった。管理官室の前の壁は一面がガラスでできており、綺麗な夜景が望める。
しかし、いつまでもそうして夜景を見ていても進展はない。こちらから切り出す。
「あの、なんですか。さっき言ってた話って」
また間があった。恐神は煙草に火をつけ、煙を吐き出してからこう言った。
「シン君。君は、東郷君……いや、東郷博士を知っているかね?」
え…………?
なぜその名前がここで……?
「もちろんです。先ほどまで一緒にいた、菊間博士の同僚だったらしく、覚えてはいませんが昔にあったこともあるそうです。それに、彼に改造してもらったこともあります」
急な話に焦るシンの心中を?突き刺すような鋭い目で、言葉を繋げた。
「なんでも、その彼について調べているらしいじゃないか」
なぜ知っている……? 言ったのは菊間博士のみだ。
「ははは。なぜ知っている? って顔をしているね。じゃあ言おうか。実はね、君は気づいていないかもしれないが、アーティー協会のコンピュータというのは特別でね」
そう。俺は以前、東郷博士の死を探るために、アーティー協会のコンピュータに侵入したことがあった。このsariというAIは菊間博士の自信作ということもあり、簡単なコンピュータなら数秒でハッキングできるレベルの代物だ。結局、アーティー協会のコンピュータはセキュリティを破ることができず、失敗したのだが。
「うちの協会の、黒羽という奴を知っているだろう? 会長の」
「ああ、はい。昨日、国立競技場でお会いしました」
「そうか、実はね、奴もアーティーなんだが、奴の持つ特技は特殊でね。その特技は【探偵】。聞いたことがあるかい?」
「いえ、ないです」
何型の特技だろうか。少なくとも、シンのストックには存在しない。トレース型としては、とても興味のある特技だ。
「その効果は、電波を受け取ると、すぐさまそれを解析し、位置情報を割り出せる。そして、どこから送信されているのか? または、どんなコンピュータやAIが使用しているのかがすぐに分かるんだ」
そんな特技があるとは……だから俺が侵入したのもばれたのか。
「理解したようだね。協会のコンピュータに侵入しようとする輩は少なくないが、そのセキュリティは五段階。並みのAIじゃレベル一も突破できないけれど、なんと君はレベル三まで入り込んできた。制御担当の職員は皆、ビックリしてたよ。
そこで、奴に君のAI、sariを調べてもらったところ、東郷という男について探っていることが分かった」
そこまで尻尾を掴まれていたのか……
シンは、この協会が敵になればどれほど恐ろしいかを、じわじわと教えられている感覚に陥った。
「なるほど、そういうことだったんですね。納得しました。ですが、それが東郷博士となんの関係が?」
「そうだね。では、言おうか。シン君」
恐神は、改めてシンの方に向き直す。
「東郷博士を殺したのは、私なんだ」
キーーーーン……
右耳に耳鳴りが発生し、時間が止まるのをハッキリと感じた。シンの足は金属のように動かなくなっていた。




