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AI棒  作者: 君名 言葉
第三章 アーティカルグランプリ編
35/50

第三十五話 また来るよ。

 時刻は午前2時を指していた。

 汗でびっしょりと張り付いたシャツの不快感で、シンは目を覚ました。

 ここは国立競技場内のホテル。アーティカルグランプリ終了後、一日だけ使用が許される。

「夢……みたいだな……」

 口を開けて間抜けな寝相を晒す菊間博士が、横にいる。

 ベッドに腰掛け、冷蔵庫から取り出してきた炭酸水を口にし、物思いにふけた。


 ◆


 アーティカルグランプリ決勝戦。黒ずくめのアーティー集団のリーダー、メダロンと最後まで死闘を続けたシン。

 コルンとサキという仲間の友情が、変身を超える、完全変身のトリガーとなり、見事チーム“メダロン”を打ち破った。

 負傷したメダロンは担架型ドローンで運ばれていき、シン達の待機部屋にはマスコミが押し寄せた。

「シン選手、優勝おめでとうございます! 完全変身状態に入った感想を教えてください! どんな感じでしたか?!」

「コルン選手! 特別訓練や今大会ではコルン選手の作戦が大いに活きたとのことですが、具体的にはどんな?」

「サキ選手、防御型で2人をずっと守ってこられたわけですが、サキ選手から見たお二人は、どのような印象でしたか?!」

 といった具合に大変で、全てが終わる頃には2時間が経過していた。

 取材が落ち着くと、高そうなスーツを着た初老の男が、数名のボディガードと共に、シン達のいる部屋に入ってきた。

「チーム“シン”の皆さん。この度は優勝おめでとう」

 そのオーラから、只者ではないことを全員が悟った。

「ありがとうございます。えっと……」

 コルンがいつもの5割ほどの大きさの声で尋ねた。

「ああ、すまないね。申し遅れた。私の名前は、黒羽 深夜(くろば しんや)。世界アーティー協会の会長を務めている者だ」

「思い出したわ。どうりで見覚えがあったのね。テレビで会見を見たことがあるもの」

 サキが納得と言った声を上げた。

「知ってくれているのなら話は早い。先程も言ったが、3人は今大会で見事優勝した。まず初めに、賞金譲渡について話したい。少し座ってもいいかな?」

「もちろんです。博士、そこの椅子取ってくれるか?」

 シンは3メートル先の余った椅子を指差した。

「ほれ」

「サンキュ。はい、こちらに」

「ありがとう。君がシン君だね?」

「はい」

「なるほどね」

 それにしても、この場でボディガードをつける意味とはなんだろうか。

 目の前のこの人物が協会の重鎮だとは理解できるが、俺達はあまり信用されていないのか?

「それでだね、今大会優勝賞金は、9000万円。綺麗に三分割して、1人3000万円ということでよろしいね?」

「はい。そうしようって話してました」

 コルンが答えた。

「分かった。では、各自の振込先を教えてくれるかな? 端末を開いて、このメールアドレスを登録してくれたまえ」

 3人が同時に、胸に付けたパネル型端末を取り外し、操作しだした。

「articalgrandprix10969……よし、できたわ」

「出来たようだね。では、皆んなに今から転送しよう」

「え? 今?」

 これだけの大金だ。てっきり、もっと厳粛に取引が行われると思っていた。

「すぐの方がいいだろう? 善は急げと言うしね。 よし、転送したよ」

 そのことわざの意味が適切かどうかは不明だが、貰えるならできる限り早い方がいい。


 ピロン♪


『メールアドレス articalgrandprix10969 から振込みを 確認 しました』

 sariから、恐らくもう一生聞く機会がないであろう音声が流れた。

「うわぁ……マジで3000万円かよ……」

 シンはなぜかため息が出た。コルンとサキも、口をポカンとしていた。

「ははは。いいリアクションだね。だが、本題はここからなんだ」

 本題はここから? まだ何があるというんだ?

「アーグラを優勝して得られるのは、賞金だけじゃない。言わなくても分かるよね?」

「センテレントエリア……ですね?」

 コルンがなぜか、少し申し訳なさそうに答えた。

「その通り。センテレントエリアは、北海道にある。そして、明日の夜10時には、ここから専用の旅客機に乗って出発してほしいんだ。なので、君たちが使っていたホテルは、明日一日も使ってくれて構わない。もちろん、使わなくてもいい。とにかく、明日の夜10時までに、荷物をまとめて、ここ、国立競技場に集合してくれ」

「荷物をまとめて? すぐ帰るわけではないの?」

「いや、それは違う。君達には、しばらくの間、センテレントエリアに住んでもらう」

 その発言に、全員が食いついた。

「住む?!?!」

「そう。これから3人にはセンテレントエリアに居住してもらう。少なくとも2年は。言い忘れたけれど、もし希望するならご家族も住み込み可能だ」

「私は家族は巻き込みたくないわ……」

「それならば、明日の10時までにご家族に会ってくるといい。直接ね。2年間会えないかもしれないからね」

「僕も家族を一緒に連れて行くのは遠慮します。明日、実家に帰って、直接会って報告します」

 コルンとサキは一人でセンテレントエリアに入ることを決心したようだ。

「博士。一応聞くけど、行くか?」

「馬鹿者。行かないわけがなかろう。陰気臭い研究所よりマシじゃわい」

「いや、それは博士が片付けないからだぞ。じゃあ、黒羽さん、二人で」

「分かったよ。菊間博士ほどの技術者が来てくれるならば、こちらとしても願ったりかなったりだ。それじゃ、明日夜10時だ。よろしくね」

 その男は、そう言い残し、足早に去っていった。


「まさかセンテレントエリアに住むことになるなんてなぁ。サキは北海道だから、早めに出発しないとね」

 コルンがあっけらかんに言った。

「そうね。いくらなんでも急すぎるけれど、仕方ないわ。それより、センテレントエリアって、今までの歴代優勝者が住んでるのよね? 少し怖いわ」

 先の目にはまだ戸惑いの色が見えた。当然と言えば当然なのだが。

「その点は大丈夫だろう。俺は、1つ思ったんだが……」

 シンにはずっと頭に引っかかることがあった。

「どうしたんじゃ? シン」

「今までアーグラは、七回行われてきた。その全てで優勝者が1人選ばれるから、歴代優勝者は現時点で7人。それに、今回の俺達を足して、10人。キリのいい数字だ。そして、アーグラは今大会で最後。何かあると思えないか?」

「深く考えすぎよシン。そこまでの何かがあるとは思えないけど」

 サキはこの推測には賛成しかねるようだ。

「とりあえず、今日は解散しようか、みんなお疲れ様。僕はホテルに泊まろうかな。大阪ならすぐに行けるしね」

「私はもう沖縄に飛ぶわ」

「俺もホテルに泊まるかな。サキ、スロットまだ入れ替えられるから、【アクション強化】かけてやろうか?」

「ああ、スピードの数値上げてくれるのね。じゃあお願いするわ」

「じゃあね、シン、サキ、菊間博士。また明日」

「ああ、またな」


 ◆


 そうして、シンと博士、コルンはホテルに泊まることとなり、今に至る。

 寝ぼけ眼で携帯の通知を見ると、サキから連絡が来ていることに気づいた。2時間前に、沖縄に到着していたようだ。

「もう……眠れなさそうだな……」

 博士のいびきは相変わらずうるさかった。

 小腹が空いたな。ここのホテルの人に頼んで何か持ってきてもらってもいいけど、起こすのも悪いか。

 シンは、しばらく夜の東京を散歩することにした。


 ガチャ


 ホテルを出て、長い廊下を進み、真っ暗な外に出た。

「さっぶ! Hey,sari 今の気温は?」

『只今の 気温 は 0°C です』

「まあ、1月にしちゃマシか」

 毎年1月に行われるアーティカルグランプリ。なぜ1月なのか、未だに疑問ではある。

「Hey,sari 飛行モード」

『了解 脚パーツ を 変形します』


 上空から見る東京の夜景は綺麗だった。深夜2時でもこれだけの電気が稼働しているのだ。

 しばらくアテもなく飛行していると、渋谷に着いた。大きなビル広告に、今日のニュースが流れていて、自分やサキ、コルンがデカデカと表示される。

「本当に優勝したんだな……」

 もちろん嬉しくはあったが、どこか大げさのような気もした。

 やがて夜の東京に飽きてくると、踵を返して部屋に戻った。

「あ! 何か食べようと思ったのに!」

 部屋に戻ってから気づいた。ただ、もう一度外出する気分ではなかったので、それからはインターネットで映画を見て、大人しく時間が過ぎるのを待った。


 ◇


 そして、空が明るくなり始めた頃。

「お、おはよう博士」

 ようやく菊間博士の起床だ。

「おお……もう9時じゃの」

「何か食べるか?」

「いいや、その前に家に帰るとしよう。荷物をまとめるのに時間がかかるじゃろ」

「そうだな。じゃあ、これを使おう」

「ん……?」

「特技発動、【ワープホール】!」

 シンは両手を突き出し、空中に黒い渦を描き出した。普通の大人が余裕で入れるサイズだ。

「これに入ればええのか。確か、アーティーでない人間ならば、入ってもダメージを受けないんじゃな」

「そうだ。この黒い穴は博士の家に繋げた。本当は敵のアーティーをどこかに転送してダメージを与える特技だけど、純粋な人間なら大丈夫」

「ほっほっほ。便利じゃの」

「俺は後で、普通に飛んでいくよ。【ワープホール】は自分では入れないからな」

 そして、博士は黒い渦に吸い込まれていった。

 シンはそれを見届けると、飛行モードに変形し、5分もかからず博士の家に着いた。


 予想通り、そこら中に埃が舞い、ドタバタする博士がいた。

「シン、持っていく荷物があればまとめておけ」

「うーん。多分そんなにないぞ」

「それならいい。ワシはこれだけあるっ……!」

「はぁ!? 多すぎだって!」

「仕方がないじゃろ! 最低でも2年は住むんじゃぞ?」

「いや、居住スペースはちゃんとあるし、衣食住は保証されてるって」

「そういう問題じゃなくてじゃな……」

 その後の博士の話は、すべて聞き流した。というか、何回も同じことを繰り返していた気がする。


 持っていくものはそんなにない。しかし、センテレントエリアに出発する前に、シンにはやるべきことがあった。

「博士、俺ちょっと出てくるから」

「なに? 早く帰ってくるんじゃぞ?」

「分かってるって」

 目的地を箱根に設定し、脚パーツを変形させる。

 空は快晴、雲ひとつなかった。この青空を見ると、どうしてもあの人物を思い出してしまう。

 10分ほどで、目的の場所に到着した。

 ここは、伝説の改造師の研究所だった場所だ。


 特別訓練の始まる前、シンはここで、東郷博士という凄腕の改造師に、パーツのアップデートを頼み込んだ。

 東郷博士とは、元々は菊間博士の同僚で、菊間博士とは真逆のO型アーティー専門の改造師ということもあり、頼んだ時はたいそう驚かれた。

 シン自身もH型アーティーなので、多少勇気がいる交渉だったと言える。

 その結果、スピードや特技がパワーアップし、特別訓練で好成績を収めることができた。

 だが、その訓練開催中に、東郷博士は何者かによって殺害された。警察は現在も調査中としているが、間違いなく他殺で相違ない。

 そして、それが政府の陰謀と読んでいるシンは、アーグラに優勝することでできるだけ政府に近づき、真相を掴もうとしている。


 東郷博士の研究所は、既に調べ尽くされていた。以前調査しに来た時とあまり変わってはいない。

 資料はゴッソリと無くなっており、立ち入り禁止の黄色いテープが全ての部屋に貼ってある。もちろん、外にも貼ってあったのだが。

 病院のような白い無機質な廊下を歩いていると、ある部屋の前で足が止まった。

 ここは、改造部屋。手術室のような見た目の部屋だ。改造台はそのままだが、PCや紙類はなくなっている。

 シンは、ここで東郷博士に改造を施してもらった。

 あの時は油の匂いが微かにしたが、今はもうない。

 ふと、机の上の写真たてが目に入った。

「そうだ。あの時も確か……」

 結局聞けずじまいだったが、この写真に映る美しい女性は誰なのだろう。東郷博士の奥さんだろうか。それならば、相当古い写真ということになる。

 今の時代、写真はほとんどデータ保存なので、こうして形に残す人はごく稀だ。それこそ、大切な人の写真でもない限り。

 とにかく、誰にも見つからず中に入れて一安心だ。警察なんかに見つかれば厄介極まりない。

 ここで、シンはやりたいことがあった。

「【イメージ現化】発動」

 シンが頭に花束をイメージすると、なにもない空間から、花束が出現した。

 その花束を、女性の映る写真の横にそっと添えた。

 特技で作り出した架空の物体なので、1時間で消えてしまうが、これでシンのやり残したことはなくなった。

「東郷博士。久しぶりだな。あんたのお陰で、特別訓練も1位で通過できたし、アーグラも優勝できた。なぜあんたみたいな偉大な人物が殺されなきゃいけないのか、全く分からんが、絶対に真相を暴いてみせるよ。安らかにな」

 彼の魂がどこにいるのかも分からないが、声をかけてみた。当然、返答はない。

 じゃあな。また来るよ。

 名残惜しい気持ちを抑え、シンはまた、東京に向かって飛び出した。

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