第二十八話 ドッペルゲンガー
「博士、今までに俺以外のトレース型見たことあるか?」
「いや、まあこの世界のどこかに入るとは思っとったが、この目で見るのは初めてじゃ」
「シンも見るのは初めてなの?」
「今日が最初だ。だが、トレース型を発見したことは大して問題じゃないんだ。肝心なのは、トレース型同士で対戦することになったらって時だ」
衝撃の事実が発覚してから、すぐにまたコルンとサキを部屋に呼んだ。
トレース型は、4つの自由な特技をセットできる。だが、逆に言えば、総入れ替えしたとしても最大8つしか使えないのだ。シンの場合、特別訓練での最初はコルンとサキに、特技を3つしかセットできないと騙っていたように、いかに自分の特技をバラさず戦うかが鍵なのだ。もっと言えば、トレース型であることさえバレないのが理想だ。
「なるほど、お互いの特技の組み合わせによっては、この時点で勝敗が決しているという訳ね」
サキが言った。
「まあそれ以外にも要因はあるがな。特に今回の場合は、チーム戦だからな」
「結局、僕とサキにも重大な責任があるんだよ。絶対に勝とう」
コルンの決心の言葉を最後に、その日は解散とした。解散と言っても、すぐそこに2人の部屋があるのだけれど。
その日の夜、菊間博士と夜ご飯を食べた後のメンテナンスを行っていると、いつのまにか東郷博士の話になっていた。
「そうなんだよ。まさか【透明化】が役立つ日が来るとは思わなくてさ。戦闘に不向きだったし。その特技で透明になったから、余裕で東郷博士の研究室に侵入できた。警察が色々調べた跡もあったし、資料類はごっそりと消えてたかな。それで政府の陰謀って確信したんだけど」
「やはりか……しかし、東郷の奴、何をしでかしたらそうなるのかさっぱりじゃ」
「そうだよな。政府が東郷博士を殺害した理由なんて今の段階じゃ当然不明だ。だからこそ、絶対に優勝してセンテレントエリアの入場権利を得て、闇を暴かないとな」
両足の紫色のパーツが光る。思えば、この脚パーツを改造してもらったからこそ新境地に到達し、誰も寄せ付けないほどのスピードを出すことが出来るようになったのだ。
「仇は必ず討つよ、東郷博士。だから、もう少しだけ待っていてくれ」
「さあ、メンテナンスは終わりじゃ。わしはもう寝るぞ」
「あ、俺も寝るよ」
こうして、賑やかな1日が終了した。
試合観戦での疲れからか、いつもは興奮して眠れないシンも、この日はぐっすり眠れた。
そして、夜が明けた。
「おはよう、シン。体調とAIの調子はいい感じ?」
朝早く目が覚めて、暇つぶしに競技場の外へ出て散歩していると、コルンも同じ考えだったようだ。
「おはよう。そうだな、いつも通りって感じだ」
せっかくなので、そこからはコルンと2人で競技場内部のホテルに戻る事にした。
「いやー、未だに信じられないなぁ。僕がアーグラの決勝トーナメントに出るなんて」
「まだ実感ないのか? コルンは十分強いだろ」
「今は大分マシかもね。でも、昔は体が弱くてさ。よく喘息が出たりしてたんだけど。成長とともになくなって、お陰様で今はミサイルとか銃弾を飛ばしてる人生だよ」
「そういうことか。まあ今があるならいいだろ」
「そうだね。僕がアーティーの改造手術を受けたのが14の時だから……もう3年も前か。懐かしいなぁ。当時はパワー型がいいとか思って手術を受けたんだけど」
「まあ戦闘タイプは遺伝子依存だからな。AIを手術で埋め込んでも、自分のなりたいタイプになれるとは限らないし」
そういう意味では、努力でどうにかなる勉強とは違い、真面目なタイプには不遇な世界だ。
「にしてもトレース型って良いよね。実質全タイプになれるみたいなものだから。でも、シンって相当特技のストック溜まってるけど、戦闘経験が長いの?」
「……まあ、6歳からだからな」
「6歳!? さすがに野良で戦闘ってわけじゃ……」
「それは無理だろ。だから最初はH型の高校生くらいぼアーティーとかによく相手してもらってさ。修行みたいなもんさ」
「だからそんなに強いんだね。あ、着いたね。じゃ、また」
とりあえず一旦部屋に戻って、朝食にすることにした。
「ただいま。あれ? 博士起きてたのか」
「今起きたとこじゃ。朝食頼んでおいたぞ。カルボナーラでいいか?」
「朝からきついな……博士食ってくれよ、それ。俺は博士が頼んだやつ食べるから」
「わしが食べるのか……でもわしが頼んだの、カツカレーじゃぞ?」
「そっちの方がまだ軽いかな……」
2人で談笑しながら朝食を食べ進め、終わった頃には8時半を回っていた。
「9時から開会式で、9時半から一回戦か。でも俺たちはシードだから10時くらいかな」
端末のメッセージを読みながら博士に伝える。
「この部屋におっていいのか?」
「いいらしいよ。ギリギリまで居ても」
「じゃあわしはここにいたい。ここならすぐに競技場にも出られる」
このホテルは国立競技場の中にあるので、競技場には30秒で出られる。本当に、至れり尽せりだ。
「じゃあ俺はちょっと身体動かしてくるよ」
そう言って、部屋を出てから長い通路を進み、競技場の外へ再び出る。相変わらずものすごい数の人だ。だが、昨日と違って今日は予選ではないので、ほとんどが観戦目的の人だが。
ちなみに、現在のアーティーは世界人口の約9割と言われている。AIを埋め込む簡単な手術でアーティーになれるので、ほとんどの人はアーティーになる。それは強くなりたかったり、自身の護衛のためだったり色々だ。
「Hey,sari 飛行モード」
『了解 脚 パーツ を 変形します』
ボォッ!
青白い炎と共に、いつもの感覚が戻ってくる。
「ふー。しばらく空中散歩でもするかな」
普段はこんなにゆっくりのスピードで飛行しないので、なんだか新鮮だ。昔が思い出される。
初めて空を飛んだ6歳の夏。
シンの父親はアーティーで、O型アーティーとの戦闘で命を落とした。それ以来、父と交友のあった菊間博士が、シンを預かることになった。
当時はまだ幼く、状況をよく理解していなかった。ただ、超人的な力を持つ「アーティー」という人種に憧れていただけなのだ。その頃はまだアーティーの数は全体人口の1割にも満たなかったが、菊間博士に頼み込み、改造手術を受けた。父を亡くした悲しみもあったのかもしれない。だが、シンにとって、H型だから、O型だからどうこうということはくだらないことに思えたのだ。それから、11年。ずっとsariと歩んできた人生だった。
アーティカルグランプリに優勝したら……どうなるだろうか。
ずっと育ててくれた菊間博士に恩返しをしたいというのもあったし、東郷博士の死を探るという理由もある。だが、実は1番の目的は、強くなりたい。それだけだった。強くなって、このくだらない派閥争いに終止符を打ちたい。それが、シンの夢だ。
ピロン♪
コルンからメッセージが届いた。
『もうすぐ1回戦が始まるよ。今は3人でシンの部屋にいる』
「そろそろ戻るか」
シュンッ!
憧れ続けた舞台が、始まろうとしている。




