第二十五話 留守の間の異変
上空1000メートルを飛行するシン。目的地はもちろん、本拠地、菊間博士の所だ。
3週間ぶりか……博士元気かな。
『目的地まで 残り2キロ です』
そろそろか。
ボォ……シューーー……
沖縄から1時間、東京の菊間博士の家に到着した。古ぼけた木の玄関扉を開けると、いつもの匂いがした。
「ただいま。博士。今帰ってきた」
「シン?! 随分早い帰省じゃないか。特別訓練は1ヶ月の予定じゃろ?」
「いや、早く終わったんだ。正確には、〝終わらせた〟だがな」
「その言い方だと上手く立ち回ったみたいじゃな。さあ、早く話を聞かせてくれ」
「もちろんだ。話すことばっかりだ」
それから2時間、シンはこの3週間で起こったこと全てを博士に打ち明けた。
「3週間でそれほど内容の濃いことが起こっておったとは。しかし、自分の正体を暴露するとはな。まさかお前が」
「必要だったからした。それだけさ。あの特別訓練は、1人じゃ絶対に勝てないからな。そういう風に設計されていた。仲間に隠しながら立ち回るなんて不可能だ」
「1人じゃ勝てないじゃと……? そんなはずがないだろう。今まで特別訓練で優勝したアーティーは全員が1人じゃったぞ。それともその全員が最後に裏切って優勝したとでもいうのか?」
「それはおかしいな。今年からなのか? そういう風に作られたのは」
「まあ今日はしっかり休むことじゃな。かなりの疲れがたまっているだろう」
「ああ。そうさせてもらう」
まだ少し早いが、今夜は寝ることにしよう。
そして次の日の朝。俺は、博士の大きな声で起こされた。
「シン! 起きろ! テレビで、CMの後にアーグラの詳細発表があるとアナウンスしておったぞ」
「アーグラの詳細……? 例年通りだろ? なにを今更……」
「いいから早く来るんだ!」
面倒だなぁ。あとでネットニュースで見ればいいものを。
寝室から研究室に出ると、棚の上にテレビがある。いつもより音量が大きかった。
「速報です。ただいま、日本アーティー協会から、今年のアーティカルグランプリについての発表があるとの情報が入りました。会見が始まり次第、中継します」
なぜ今年のアーグラについての詳細会見なんて開かれるのだろうか。開催日決定にしても、わざわざ報道する必要はない筈だ。シンはなぜか胸がざわつくのを感じた。
「お、始まった……」
菊間博士だけが真剣な表情で画面を見つめる。
「では、ただいまから、第8回アーティカルグランプリについての重要な発表を行います。今大会がいよいよ2週間後に迫っているわけでありますが、なぜ今回このような発表という形を取らせていただいたのか。それは、例年と異なるアーティカルグランプリを開催するからであります」
「例年と異なるじゃと? それでも、よっぽどでなければ会見なぞせんぞ」
独り言のように博士が呟いた。
「では、変更点を発表いたします。第一に、今年の開催を持ちましてアーティカルグランプリは終了となります。来年以降の開催予定はありません」
「なに……?! アーグラがなくなる?!」
シンも菊間博士も、同時に頓狂な声を出す。テレビからも、報道陣がざわついている様子がうかがえた。
「理由は発表致しませんが、ご理解のほどよろしくお願いします。第二に、今回で最後のアーティカルグランプリは、3人チームの団体戦とします」
「団体戦! 特別訓練での違和感はこれかっ!」
「そういうことことじゃな。今回だけ団体戦ということを受けて、訓練内容を変更したんじゃろ」
「しかし、団体戦ともなると、強いアーティーの引き抜き合戦になるな。一応連絡しておくか」
もちろん、連絡するのはあの2人だ。もう各自の家に着いただろうか。電話アプリを起動し、コールボタンをタップする。
プルルルル……プルルルル……カチャッ
「もしもし、コル……」
「分かってるよ、シン。サキには僕から連絡しておく。申し込み勝手にしていいかい?」
「あ、ああ……」
全てお見通しって感じだなコルンは。話が早くて助かる。
「じゃあ、2週間後、頑張ろうね」
ガチャッ ツーツー……
話が早いけどあまりにも短いな。まあいい、サキに連絡してくれるなら手間が省ける。
「お前さんの仲間はどんなアーティーなんだ?」
博士が尋ねてくる。
「1人は男、もう1人は女。男の方は砲撃型で、名前はコルン。頭がキレる。女の方は防御型で、名前はサキ。いい奴だが、たまによくわからない」
「ほお。いいバランスだ。その3人編成でアーグラか。可能性はなくもないのぉ」
「基本はサキの防御で敵が隙を見せたら俺が切り込んでコルンが援護射撃って感じだけどな。ちなみに、特別訓練中にどっちも変身した。俺もだけど」
「おお。ついに解放できたのか。あれは気まぐれだからな。sari と仲良くするんじゃぞ」
「いつもそうさ。でも、あの感じ、なんていうか、よく分かんないな。体が自分のものじゃないみたいに軽かった」
「その2人にトレース型だと明かしたのは正解じゃ。いつまでもスピード型と偽ることはできん。それに、戦略の幅も狭まるはず。バカを演じるのはもうやめたのか?」
「俺もそれはやめないつもりだったんだが、どうやら実際にバカかもしれないと思い始めてね。びっくりするぐらい詰めが甘かった。バカを演じるのは、バカじゃない奴しかできない。それに気づかないのが本当のバカだと思っただけさ」
「ふむ。成長したな」
「まあね。あの訓練を受けてりゃ嫌でも成長するだろ」
「とにかく、油断しないことじゃな。ルールは変わらず賞金額は単純に3倍。色々ややこしいが、頑張ることじゃな」
「そうするさ」
11月では流石に日が落ちるのが早い。午後はアーグラの作戦を考えていたら、すぐに夜になってしまった。
「シン。ちょっと来てくれ」
SNSを見ていると、菊間博士が声をかけてきた。
「ん? どうしたんだ?」
「まあいいから。そこに座れ」
意図が読めないな。何を考えてるんだ?
皆目見当もつかないので、諦めて食卓の椅子に座り、博士と向かい合った。
「突然こんなことを言うと、信じられないだろうが、落ち着いて聞いて欲しい。実は、お前が特別訓練に参加して1週間目の夜、東郷が殺された」
「…………え? 今なんて……?」
「もう一度言おう。お前が1か月前に会った男じゃ。東郷、いや、東郷博士が殺された東郷博士が殺された」
「殺された? 誰に?」
「そこが不思議なんじゃ。警察が証拠を押さえたはずなのに、開示しない。報道もされない。詳細も未だ不明じゃ。取り合ってもらえない」
「じゃあ犯人はまだ……」
「ああ分かっとらんよ。アーティー同士が戦っても命は無くならんから、それは犯罪にはならん。だが、人命を奪えば当然ブタ箱行きじゃ。東郷の研究室は、壊れておらんかった。一般人による殺害の可能性も高い」
「それなのに情報開示を拒むのか。もしやセントラルエリア会員に関係が……」
「その線は十分あり得るぞ。アーグラ優勝者と国家の重役、限られた富豪しか入れない地域じゃからな。だとすれば当然政府は隠そうとするかもしれない。マスコミもこの件について追求しとらんしな」
「くそ……なんで東郷博士が……」
1ヶ月前に東郷博士に改造を頼み、その結果特別訓練で好成績を残せたシンにとっては、東郷博士は恩人だった。
「決めたよ。博士。俺、絶対にアーグラを勝ち抜く。そして政府に近づき、真相を探って東郷博士の仇を取る」
シンの目には確固たる決意が見て取れた。




