猿人族の国12
坂を上っていくと頂上付近になにやら広場があって、その中心部に刀を持った猿人が座っているのが見えた
その人は傍らに長い刀を置いていて瞑想している
「あの」
声をかけるとゆっくりと目を開いた
「来ましたか。この先がエコ様のおわす場所です。私を倒して進みなさい」
彼女は静かに立ち上がって僕らに一礼をした
慌てて僕達も一礼をする
「そう、礼を持って礼を尽くす、武芸とは礼に始まり礼に終わるのです。きちんとわかっているようですね。申し遅れました、私はエコ様が天使の一人、リコリスです。主様の命により、あなた方に試練を与えましょう」
「よろしくお願いします!」
「はい、では構えなさい。かつて剣聖と呼ばれた私の力、超えて見せなさい!」
リコリスさんは真っ赤な長い髪に非常に引き締まった体、キキさんと同じくらいの控えめな胸に割れた腹筋を見せている
細マッチョな感じで長くて重そうな刀を軽々と担いで構える
構えは肩に刀を乗せて体の重心を低く置いて隙が無い
「ここは私が。彼女とは私が戦わなくちゃいけない気がするんです」
「ハクラちゃん大丈夫なの? その、体は」
「はい、ここは幸いそこまで熱くないので、もう精霊様の魔法が無くても大丈夫そうです」
「そっか、でも気を付けてね。あの人、何かこう変な力を感じるんだ」
「は、はい、私も感じてます」
「だいじょぶカ姫、私手伝おカ?」
「いえ、私一人でやらせてください」
ハクラちゃんが前に出て刀を構える
「あなた、構えに斑が見えますね。それでは相手に軌道が読まれやすくなりますよ」
「え?」
「私はあなたを鍛えるよう言われています。最初からあなたの相手を仰せつかっているのです。私が叩きなおしてあげます。」
「はい、望むところです!」
ハクラちゃんがいきなり踏み込んで仕掛けた
刀を振り下ろして牽制、リコリスさんはそれを躱すことなく指で軽くつまんで受け止めた
「え!? 私の全力の一撃が!」
「大振りの力、まるで洗練されていません。これでは力をいなせる者には通じないでしょう。力ではなく、技術で斬るのです。技術があれば刀でなくとも、そう、棒切れだろうと相手を切る刃となります」
リコリスさんは刀を地面に突き刺すと、傍らに置いてあった簡単に折れそうな木の棒を拾ってハクラちゃんに向ける
「今のあなたならこれで充分ですね。来なさい」
「くぅ、馬鹿にしないで下さい!」
ハクラちゃんが神力を刀に流すと、周囲が冷気に包まれて肌寒くなる
刀からは白い靄が出て視界が悪くなった
当のハクラちゃんはこの中でもはっきりと敵の姿が見えてる
「てりゃぁ!」
刀を横に一閃、でも攻撃が見えていないはずのリコリスさんは、それをあっさりと棒きれで受け流してハクラちゃんのお尻を棒で叩いた
「いったああああ! いたたた、え? 何でですか!? 私物理攻撃なんて効かないはずなのに!」
「当たる直前に魔力を少しだけ流したんです。それよりもほら、油断していますよ!」
またしてもハクラちゃんのお尻が棒で叩かれる
「いたたた! 何でお尻ばかり狙うんですか!」
「他の部位を狙えば動きに支障が出ますからね。それは私のあなたを強くするという意図にそぐわないのですよ」
「な、なるほど…。痛いけど確かにそこまで動きは阻害されませんね」
「さぁどんどんかかって来なさい。あなたの動きを矯正して洗練させてあげます」
「はい!」
ハクラちゃんが動きを変えた
これは今まで見たことがない動きだ
まるで獣が駆けるかのような激しい動き
「グルルルラァ!!」
獣のような咆哮をあげながら刀を振り、地面に手を打ち付けて飛び上がったりと、まるでその動きが掴めない
ていうか彼女四つん這いで動いてるから、その、際どいと言うか見えてる
今度パンツを履くよう説得しないと
ああでも鬼仙たちって確か全員履いてないって聞いたような
なんか動きがぶれるから何とか
ああもう今はそんなこと考えてないでしっかりハクラちゃんを応援しよう
でも目のやり場に困る…
「グルルル!」
「その動き、なかなかいいですけどまだまだ戦いで使えるほど昇華はされて、いませんね!」
パチーンと良い音が響いてハクラちゃんが悶えている
「いたーーーい!」
「動きがまだまだ単調すぎます。もっとあなたらしく戦った方がいいですね」
「私、らしく…」
ハクラちゃんの動きがまた変わった
今度はスッと心を落ち着かせて静かに深呼吸してる
刀を鞘に納めると姿勢をゆっくりと低くしていった
これは居合?
「良い型です。それはあなたのオリジナル?」
「はい、鬼仙剣術から私が独自に考えた、鬼仙剣術にはない静の型です」
ハクラちゃんが言うには、鬼仙剣術には動、つまり激しく動いて戦うようなものしかなくて、こんな風に居合で相手を待つってことはないみたい
それもハクラちゃんは相当その練習をしていたらしくて、周りの空気が彼女から漏れ出る神力で冷え切っている
つまりそれだけ集中しているってことだ
「いいでしょう、あえて乗ってあげます」
リコリスさんが踏み込み、棒でハクラちゃんに迫る
その棒を、本当に全く目に見えないほどの速さで斬り抜いて、リコリスさんの喉元に刀を突きつけた
「あら、これはこれは、何て洗練されているのでしょう。そうですそれですよ。では私も本気でお相手するとしましょうか」
リコリスさんは地面に刺していた刀を引き抜いて構え直す
そのとたん威圧感がすごいことに…
ハクラちゃんも気迫に押されそうになってるけど、キリッとリコリスさんを見てまた刀を鞘に納めた




