イレギュラーメルカ1
私はとある魔物はびこる世界で生まれた
お母さんは分からなくて、お父さんは人間族
私はお父さんに愛されて愛されて育った
そんなお父さんの口癖は
「マルカ、お前のお母さんはそれはそれは綺麗な人だったんだぞ」
そんなお母さんとのなれそめを聞くのも大好きだった
私にお母さんはいない。 お父さんが言うには死んでしまったから
でも、私はいつもその存在を感じている
まるで世界そのものがお母さんなんだって思えるくらいに
私は幸せだった。 お父さんと二人っきりだったけど、ずっと幸せだった
あの時までは
「マルカ、お父さんは依頼で出かけなくちゃならなくなった。 明日の朝には戻るから戸締りして寝るんだぞ」
「うん、お父さんも気を付けてね」
「ハハハ、これでもお父さんは世界に七人しかいない最高等級の冒険者だぞ? 早々死なないって」
「うん知ってる。 でも気を付けてね」
お父さんは手を振って、いつものように笑顔で出かけて行った
その日がお父さんの姿を見た最後の日となるのも知らずに
その日の夕刻、私は自分の夕飯の支度をしていた
そこに突如扉が蹴破られて男たちが流れ込んでくる
数は、少なく見ても30人くらい
「こいつか?」
「ああ間違いねぇ。 ブロントの野郎が大事にしてる娘だ」
「あ、あ、え?」
ブロント、お父さんの名前だ
お父さんの知り合いかとも一瞬思ったけど、どう見てもそんな雰囲気じゃない
「おら来いよ! 俺たちがブロントの目の前でたっぷり可愛がってやるからよ!」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い…
何が何だか分からないまま私は男たちに掴まり、気を失った
「おら、いい加減目ぇさませ!」
ズシリと鈍い痛みがおなかに走る
どうやら男の一人が私のお腹に蹴りを入れたみたい
込み上げる吐き気に耐え、辺りを見渡すと、私は裸で倒れていた
「おいブロント、可愛い娘がめちゃくちゃになる姿をその目に焼き付けとけよ」
お父さん…?
私の数メートル前にはお父さんが縛られて転がっていた
「やめろ! 娘に手を出すんじゃない! 俺を恨むなら俺だけを殺せばいいだろう!」
ダメだよ、お父さんが死んじゃったら、私はどうすれば?
「お前は殺すよぉ。 でもな、目の前で娘を汚しきってお前の歪んだ顔を見た後だ。 さいっこうにいい顔で死んでくれや」
男たちは私に手を伸ばした
その時お父さんは自分の手がぐしゃぐしゃになるのも省みずに拘束していた縄を引きちぎり、私に手を伸ばしていた男の腕に噛みついた
「いてぇ!! こいつ!」
男はナイフを抜き、お父さんの背中に深々と突き立てた
「お父さん!」
「がっ、ぐぅ、ぐぶっ」
大量の吐血と共にお父さんは地面に倒れ込んだ
「マ、ルカ、お前、は、お父、さんが、守っ…て」
お父さんの目から光が消えた。 それの意味するところは、死
「いやぁあああ!! お父さん! お父さん!」
たった一人の家族。 優しくて強くて、大好きなお父さんが、目の前で死んだ
お父さんが、死ンダ
なんで? なんで死ナナきゃイケナかったノ?
ナニも、ワカラなイ
ゼンブ、コワレチャエ
頭の中を何かが塗りつぶす感覚があって、そこから意識は途切れた
気が付いたのは数時間後、私は何もない真っ黒な場所で目を覚ました
上も下も右も左もわからず、天と地もないような場所に浮いていた
私は、死んだのかな? やっぱりあの後、男たちに殺されちゃったんだ
そう思いながらも不思議と体の感覚があり、体の中が熱いことに気が付いた
熱い、熱い、焼けちゃう
しばらくすると体内の燃えるような暑さは和らいで、その代わりに体から力が溢れるような感覚がした
相変わらずここに変化はない
だから、私は少し動いてみた
パキパキという何かにひびが入る音とともに空間は砕け散ってしまった
やっと見えるようになった目に移る光景は、世界が粉々に砕けた様子
ところどころにある自分の記憶にある欠片がそれを物語っていた
お父さんと暮らした家、よく買い物をしていた商店、たまに羽を伸ばしていたきれいな水の流れる川
その全てがかけらとなって中空に浮いている
「これは、なんなの?」
その時の私にはそれらが世界の欠片であるなど想像もつかなかった
何が何だか訳も分からず辺りを見渡すばかり
その時私は見てしまった
大切な、大好きなお父さんの死体が欠片の中で倒れているのを
「お父さん! お父さん! 私、ここにいるよ!」
呼んでも返事がないことくらいわかっていた
それでも呼べばもしかしたら、起き上がってくれるんじゃないか。 私を抱きしめていつものように笑ってくれるんじゃないか。 そう思ったけどやっぱりだめで…
私はただその事実を受け止めるしかなかった
悔しくて、ずっと泣いていた
その時だった
空間を裂いて何かが私を取り囲んだ
黒色の肌を持つ者、神々しい光を放つ者、黄金を纏った者、まるですべての世界から使者が遣わされたかのような力を感じる
普通の人間なら恐らく立っているだけで存在ごと消滅していたかもしれない
でも私は、彼らの力を見ても何とも思えなかった
「この子がそうなのですか?」
「間違いないじゃろうの」
「では、今だけは力を合わせましょう。 この、原初の娘だけは、確実に封印しなければ」
言っていることが分からない
私はただの人間で、お父さんと、幸せに暮らしていただけの少女だった
原初、封印
その言葉からは畏怖と恐怖の入り混じった感情が受け取れた
「古神闇、多次元重層封印式、“永遠の牢獄”」
彼ら全員から発せられた力が私を拘束した
「なんで!? どういうことなの!? 止めて、怖いよ! お父さん! お父さん!」
「許せ、これも世界のためじゃ」
訳の分からないまま、私は、長い長い眠りについた
“最強”を動かし始めます




