原っぱのオリーブと先生のおはなし
黒井羊太さまの「ヤオヨロズ企画」参加作品です。
私の参加作では、初の童話。
「おうい、始まるぞぅ」
「はやくはやくぅ」
原っぱの片隅、緑色の実をつけたオリーブの木のしたへ子供らが集まり、彼らの先生が語りはじめる。――
これからみなさんにお聴かせするおはなしは、むかしむかしの……、今このときの……、それからたぶん、これからの……物語でございます。
というのも、このおはなしに登場する人物の住まう世界というのは、みなさんの暮らしているこの世界とは、まったく別のところにあるからです。地球の反対側ではありません。もっとずっと遠いところにあるのですから、私たちのお世話になっている「時間」という目盛では、はかることが難しいのです。
さて、今日の前置きはこのくらいにしておいて、早速おはなしを始めましょう。いつかみたいに、吉郎くんがいびきを立てはじめるようではたまりませんから。
あるところに、とても仲の良い双子の神様がおりました。お兄さんはユウという名前で、弟のほうは、ボウという名前でした。ふたりは本当に仲良しで、毎日かわりばんこにブランコをこぎ、毎日同じ数だけのおせんべいを食べて育ちました。
このように、子供のころはいつも一緒のふたりだったのですが、そんな彼らも大人になって、それぞれの役目を言い渡されることになったのです。
ある日、神様のなかでも一番偉い、ライという神様がふたりに言いました。
「今日からお前たち兄弟は、それぞれの道を歩まねばならん。それがこの世界の掟であり、運命の望むところであるからな。さっそくだが、兄のユウは裕福の神、弟のボウは貧乏の神となってもらおう。なあに、私たちは象徴のようなものだから、何かをしようと気負うことはない。ただおのれが、その概念をつかさどっているという気持ちさえ持っておればよいのだ。ただし、これだけは言っておこう。望遠鏡をのぞいてはならんぞ」
「望遠鏡ですか、ライさま」
弟のボウが、不思議そうに聞きかえしました。
「広場のまんなかに、黒い筒状のものがあるだろう。あれが、望遠鏡だ。とても魅力的な形をしてはいるが、なにしろ神の地位を得たものがあれをのぞくとろくなことにならんというのは、むかしから言われていることであるからな」
「わかりました、ライさま」
ふたりは元気よく返事をしました。
そうして、それぞれに与えられた家へ入り、わかれて暮らすようになったのです。
月日が流れ、お互いがちょうど新しい生活に慣れてきたころでした。貧乏の神となったボウは、朝起きて、いつものように窓からおひさまの光を入れると、ふと、ライという神様の禁じた望遠鏡のことを思い出しました。
「あれは一体、なんだったんだろうか」
一度気になりだすと、ボウはいても立ってもいられず、広場へとかけていってしまいました。
午後、ユウが庭木の手入れをしているところへ、弟のボウが顔を真っ赤に染めてかけこんできました。
「やあ、ボウ。どうしたんだい、そんな顔して」
「どうしたもこうしたもないさ。ユウ、お前のせいで、おいらのかわいい人間たちが蔑まれているんだよ」
「蔑まれている?」
「そうさ、蔑まれているんだ」
ボウは息を荒くして、言いました。
「落ちついて、くわしい事情を聴かせてくれないか」
「ああ、ああ。教えてやるとも、頼まれなくても」
ボウは息つく間もなく、一気にまくしたてました。
「わかったよ、ボウ。つまり、お前のいうところによると、お前はあの望遠鏡をのぞいてしまったんだね。そうして、別の世界を見てしまったんだね。そこには人間が暮らしていて、裕福な人もいれば、貧乏な人もいたんだね。そして、見ているうちにお互いの差がどんどん大きくなっていって、裕福な人たちは、貧乏な人たちをけなしはじめたと、そういうことなんだね」
「そうさ。裕福な人たちは、貧乏な人たちと仲良くして、時には助けてやったりもするべきだろうに、彼らはいばりくさって街を歩くだけ、そればかりか、貧乏が悪いみたいな目つきをしているんだ。ユウ、お前は裕福の神だろう。お前が彼らの象徴なんだから、これはみんな、お前の責任だ」
「ちょっと待ってくれよ、ボウ。言いがかりはやめてくれ」
「お前のかわいい人間たちが、おいらのかわいい人間たちをいじめるならば、俺はお前をいじめてやる」
「うわ、何をするんだ、ボウ」
こうして、ふたりの神様は、けんかを始めてしまいました。とても仲が良く、今まではけんかなど一度もしたことのなかったふたりが、です。それはそれは、激しくおぞましいけんかでした。
さて、みなさん。先生はつねづね、けんかはなるべく控えるようにと言っていますね。もしけんかをしてしまったならば、きちんと仲直りをして、おたがいを認め合いましょう、とも言っていますね。
神様の世界でも、それは同じことなのです。ひどいけんかになるのは、良いことではありません。それに、ふたりの神様は、もとはとても仲の良い、双子の兄弟だったのですから。
神様たちは、私たち人間のせいでけんかを始めてしまいました。ですから、彼らのけんかには、私たちにも責任があると思うのです。私たちが仲良くしていたら、たがいを認め合って、時には助け合ったりして暮らしていければ、ひょっとしたら、ふたりの神様も、仲直りができるのかもしれません。
世の中は、みなさんくらいの歳ではまだ実感がわかないかもしれませんが、貧富の差という問題を抱えています。そのため、このおはなしでは裕福と貧乏の神様のけんかということになったわけですが、先生が思うに、これは裕福と貧乏とに限った問題ではありません。私たち人間は、他人を蔑んだりすることなく、尊重し合い、できるだけ理解しようと努めて……、仲良く暮らしていくべきだと思うのです。
さて、先生がいいことを言ったところで、今日のおはなしを終わりにしようと思います。
おや、今日は最後まで、いびきが立たなかったようですね。
「このおはなしの続きは、みなさん次第ですよ」ご都合主義の先生より
……関係ないけど、オリーブオイルっていいよね^^