ただのけんそう
「つまり...猫を喰っていたソイツが例の黒男なんだってよ!」
少年の話に聞き入っていた同級生達は少年が話し終えると、少年の興奮が伝染したのか口々に喋り始める。
「え~?ほんとぉ?」
「友達もこの前見たって言ってた!」
「聞いた聞いた!」
「黒男は人も襲うんだって!」
「この前公園のホームレスのおっちゃんが喰われたんだってよ!」
「体が黒いのは正体がゴキブリだからなんだって...」
同級生達はガヤガヤと喋っている中、今まで静かにしていた同級生の少女がみんなの輪から一歩出て少年に質問を投げかける。
「それで..トシオくん。その友達は結局どうなったの?」
先ほどまで雄弁に演説をしていた少年、佐原トシオはそれを待ってましたとばかりに目を輝かせて答える。
「ああ、なんでも近くの病院に入院してるんだって。しかも怖さのあまり気が狂っちゃったんだってさ。」
「気が狂っちゃった?じゃあその話は誰が聞いたのよ?」
トシオは自慢の演説に水を差されたことで、ムッとした顔になる。
「知らねーよ。というかいつもうるさいんだよ、静音。」
「だって気になるんだもん。」
ツン、とした態度で高梨 静音は答える。
「あ~あ、つまんねぇ!このブスのせいで!」
「何よ!あんたキモイくせに!」
「何だと!」
売り言葉に買い言葉で二人はケンカになる。周りは突然始まった二人のケンカを止めようと必死になり、そうこうする内に誰かが呼んだのか担任が職員室から走ってやってきた。
「二人とも何やってんだ!」
豪快に足音を鳴らしながら担任の矢口が教室に入ると、二人はピタリとケンカを止める。
ケンカのいきさつは自身を呼びに来た生徒に聞いたのだろう。軽くため息をすると二人の前に立つ。
「全く二人とも...お互いに謝って仲直りしなさい。」
二人ともいかにも嫌そうな表情を浮かべながらも、担任の言葉に従う。
「「ごめんなさい」」
「よし、じゃあこれで仲直りできたな!もう遅いからみんなも帰りなさい。」
その担任の言葉で教室に残っていた子ども達はランドセルを背負い、教室を後にする。
最後の一人が小学校の校門を出るのを教室の窓から確認して、あくびをしながら先ほどの話を思い出す。
「黒男ね。ったく、変な変質者が毎年出やがるな。」
次の職員会議でこの変質者の話をして、生徒や保護者に注意連絡をいれて...
そんなことを考えて仕事がまた増えたことにストレスを感じながら、矢口は夕日が差し込む教室を後にするのであった。