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ただのかいぶつ

下水道の奥から重い足音を響かせて歩いてきたそいつは、2m前後の黒い人型であった。

鹿島が、ゆっくりと足下から”そいつ”にライトの光を当てる。



 足、それは長く、細く、ピンヒールを履いたような足先。



 胴、それは黒く、しなやかに。



 腕、枝のように分岐した4本の腕。先には鋭いかぎ爪のついたしなやかな5本の指。



 顔、触覚が生え、容姿端麗な女性。



 髪は一見セミロング。しかし、表面は黒く、汚く、蠢き、ライトの光を鈍く反射する。



 そこまで照らしたとき、哲也はこの顔の持ち主が誰であるか気づく。

「こいつが”鍋島 めぐ”のなれの果てか!」


哲也は散弾銃を構えると、発砲する。今までの経験から、致命傷には至らずとも、時間稼ぎをするには十分な威力であると踏んでいたのだった。


 足を砕いて動きを止め、火炎瓶で燃やし、仕上げにダイナマイトで爆破。それが哲也の当初の策であった。

しかし、哲也の放った弾丸は、弾かれる。

奇声をを上げながら近づいてくるそいつに、続けざまに発砲する。1発は顔に当たったが、当たった箇所は頬だけで皮がべろんと垂れ下がり、中から黒く堅そうな部位が露出されただけであった。



哲也から数メートルほど後ろに離れていた鹿島も拳銃を取り出し、発砲する。

次の弾を込める哲也のところまで、そいつは近づくと腕を振るう。

「うぐぅっ!?」



哲也の腹部から背中まで、そいつの腕が貫通する。腕の先には哲也の大腸が、まるでブレスレッドのように絡みついていた。



「テツさん!?」



 発砲しながら、鹿島は感じる。散弾銃よりも威力の低い拳銃では、そいつを止めることが出来ない。

しかし、手榴弾や火炎瓶を投げては、哲也まで巻き込んでしまう。火を点けた火炎瓶を片手に、動きが止まる。


どうする?どうすれば生き残れる?と一瞬、鹿島は考えた。そのとき、そいつの下あごが一気に裂け、大きく口が開く。その裂け目は、喉まで続いており、顎の骨が蟻の顎を彷彿とさせる形状をしていた。

そのまま、鹿島の発砲のことなど一切気にせず、哲也の左肩に貪り着く。



ぶちっ



そんな軽い音ともに、哲也の肩の肉が大きく食い千切られる。哲也の肩からは止めどもない血がこぼれ落ちる。

そいつは肉を飲み込むと、もう一囓りするべく再度大きく口を開いた。


その瞬間、哲也はそいつの口の中に散弾銃を突っ込む。

「死ね!」


散弾銃がそいつの口内で火を噴く。続けざまに2発、撃ち込む。

そいつの口内からうなじの辺りまで大きく吹き飛ぶ。そいつの目が明後日の方向を向き、崩れ落ちる。

その衝撃で、哲也の腹から突き出た腕が、そのまま横にスライドして腹部を大きく裂きながら外れる。哲也の内臓がこぼれ落ち、口から血を吐く。辺りには血と硝煙となんとも言えない臭いが立ち込めた。


「テツさん!」

鹿島は火炎瓶を置いて拳銃をしまうと、哲也に駆け寄る。哲也を助け起こすと、急いでそいつから離れる。


「まだ...終わって...いない...」

哲也は息も絶え絶えに鹿島に言う。

「後ろを...見て...み...ろ...」


鹿島が後ろを振り返ると、そいつはゆっくりと立ち上がりつつあった。明後日の方向を向いていたはずの両目は、こちらをしっかりと捉えていた。


「この化け物め!」

鹿島は足下に置いてあった火炎瓶をそいつに投げつける。続けて2個、3個と火炎瓶を投げつける。


そいつは大きく、悶え苦しむ。まるでタップダンスを踊るように足踏みをする。

奇声を上げて苦しむそいつに、哲也は鹿島の肩を借りながら持っていた散弾銃の弾丸を撃ち込む。



1発、大きく、重い音が下水に響く。


そうして、やっとそいつは鳴くのを止め、永遠に静かになるのであった。


「やっと終わりましたね...」



「ああ...そう...だな...」

最後にダイナマイト、そして時限爆弾を置く。時限爆弾を5分後にセットすると、鹿島は哲也に肩を貸してその場を後にするのであった。

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