ただのかんせん
哲也が騒ぎの元であるトイレへと駆けつけた哲也は、トイレのドアを数人の男が押さえつけているのを見た。
「何があったんだ!?」
「化け物が人を襲ったんです!」
トイレのドアを押さえていた医師の1人が叫ぶように答える。
哲也はトイレの曇りガラスから、中の様子を覗く。
そこには黒い何かが、人にのし掛かっている姿。そして床に広がる朱が見えた。
「まさか...」
哲也は先ほどの鹿島との会話を思い出していた。
先日に、焼き殺した犯人は、ダミーであったことを。そして、真犯人はまだ野放しであることを。
そして、銃で頭を撃っても死なないことを。
「おい!」
哲也は近くで怯えていた看護婦に声を掛ける。
「確か、トイレにはスプリンクラーは付いてなかったよな?」
「ええ、はい。確か...」
怯えながらも看護婦は答える。
「じゃあ、急いで消毒用のエタノールをありったけ持ってこい!」
「あいつを燃やすんだ!」
怯えながらも、流石看護婦。非常事態には耐性があるのか、周りの人間に声を掛けると、急いでエタノールを取りに行く。
程なくして、消毒用エタノールと表記された容器を抱えて戻ってくる。
哲也は、容器の蓋を開けながら周囲の人間に指示を出す。
「1,2,3でトイレのドアを開けて、同時にエタノールを掛けるんだ。」
容器の蓋を開け終ると、哲也はハンカチにエタノールを浸した。
「じゃあいくぞ。1.2...」
哲也は周囲に目配せすると、一瞬間を置いてから、「3!」と叫んだ。
トイレのドアを開けた瞬間、黒い”そいつ”にエタノールをぶっかける。
そして、哲也は火を点けたハンカチを投げ込もうとして、黒い”そいつ”の服装で気づく。
「佳奈ちゃん...?」
黒い”そいつ”は先ほどお見舞いをして、励ました少女だと。そして、襲われている人間がその少女の母親だと。
”そいつ”は咀嚼を止め、こちらをゆっくりと向いた。
それは、先ほど見た少女だとは思えないほど異形へと変貌していた。
顔面だけが黒く蠢き、まるでそれは人間と”黒男”とのハイブリッドであった。
「っ!」
その変貌に哲也は戸惑いながらも、燃えているハンカチを投げ込む。
元"佳奈"に火が着き、エタノールによって激しく燃えさかった時、悲鳴のような何かを叫んだ。
そして燃えながらも、こちらに近づいてくる。哲也達はすぐにトイレのドアを閉めると、ドアが激しく軋んだ。
嫌な臭いが辺りに立ち込める。生き物を焼いたあの嫌な臭いだ。
数分ほど熱気とドアを叩く衝撃が続いたあと、急に静かになる。
「終わったのか...?」
哲也が様子を見ながら、ゆっくりとトイレの扉を開けると、そこには母親に折り重なるようにして、倒れ伏す焼け焦げた”元”少女の死体があった。
念のため、残ったエタノールを掛けて、もう一度燃やす。
事件はおわっていない、という鹿島の言葉が、哲也の脳裏を通り過ぎていった。




