ただのかいぼう
哲也が佳奈のお見舞いに病院を訪れていた頃、署では鹿島と捜査課長が司法解剖室を訪れていた。
2人が解剖室に入ると、担当の法医学者である田島が出迎えてくれた。
「先生、この黒焦げの犯人について分かったことは?」
「ふむ、わしも40年近くは死体を見続けてきたが、こんなのは初めてだよ。」
「と言うと?」
「こいつを見てくれ。頭蓋骨を開いたんだが、中には脳みそがなかったんだよ。代わりに虫が大量に詰まっておった。他の臓器も同じような状態だったよ。」
「そんな状態で生きていられるものなのか?」
「わしが聞きたいよ。こんな状態で生きて人を襲ったなんて信じられんね。血も臓器もこいつらに取って代えられていたような感じなんだわ。」
田島は黒焦げの死体を指さしながら解説する。鉗子で切開された腹部を開くと、焼け焦げた虫がこぼれ落ちた。
「こいつが異常だということは分かった。あとは他にはどんなことが?」
課長は田島に尋ねる。
「この男のことなんだがな。」
「えっ」
鹿島が思わず声を出す。
「この黒焦げの犯人は男なんですか?」
「ああ。残った歯形から、名前も分かったよ。」
田島はカルテを課長に渡す。
カルテを受け取った課長の顔色が変わる。
「こいつは...」
鹿島もカルテを見て驚く。
「この名前は...2件目の殺害現場から消えていたホームレス...?」
「これは...どういうことだ...?」
課長は呻く。
当然だ。被害者かつ死んでいるとされていた男が一転、化け物になっていたのである。
さらに、このホームレスが一連の犯行を行っていたとすると、これまでの物証が合わなくなる。
「犯人はあの女...鍋島 めぐじゃなかったのか...?しかし...」
これまでに採取された虫のDNAと、怪しげな儀式をして、両親を殺害をしたとされる鍋島 めぐのDNAは完全に一致していた。
そのため、捜査本部は重要参考人(実際は容疑者としてだが)として追っていたのだった。
彼女と、このホームレスとの接点は一見ない。つまり、仮に2人が共犯だとしても、動機が見当たらない。いや、彼らに取って”動機”は必要無かったかもしれないが。
しかしながら、疑問は残る。
「こいつは、これまでの被害者と何が違ったんだ...?何故、こいつだけ、こんな姿になった...」
課長はカルテを見ながら考えて居たが、暫くして鹿島に視線を向ける。
「まだ、この事件は終わっていない。」
「鹿島、早急に哲也を本部に呼び戻せ。鍋島 めぐを追うぞ。」
「課長、何か分かったんですか?」
「それが分からないから、1から洗い直すんだよ。」
その言葉を聞き、鹿島は哲也に連絡を取るべく携帯を取り出した。




