無敵勇者vs最強魔王
蝶番の軋む音が響き、長い廊下の先の重厚な鉄の扉がゆっくりと開く。
ようやくここまで来た。
現代日本では平凡な高校生活を送っていた俺は、ある日突然異世界に召喚された。まあ、ありがちって言ってしまえばありがちな物語だ。そんな話が俺に降りかかってくるとは思わなかったけど。
そんな王道ストーリーではやっぱり、召喚された理由もそれなりだった。
古より封印されていた魔王が復活して、悪の軍勢が人間たちを襲い始めた。しかも王国で一番の美貌と言われるお姫様がさらわれてしまったらしい。
俺は王様の願いを聞き入れて、魔王討伐の旅に出ることになった。なぜなら、俺は召喚されるときに強力な能力を貰っていたからだ。
その名も【特級勇者】。
その効果は多岐にわたり、武器を使えば一流に、魔法を唱えれば威力千倍。民家に押し入っても文句ひとつ言われないし、壺を割っても怒られない。宿屋はどこも割引サービスで一律10ゴールドだった。
しかも、旅の先々で心強い仲間に出会う。
エルフの姫にして最強の魔法使い、竜人族の武人で剣聖と呼ばれる大男、天使族の聖女。それに俺は世界樹の根元に刺さっていた誰にも抜けない聖剣まで手に入れて、まさに無敵の勇者だった。
そうしてついに踏み入れた、魔王の本拠地、魔王城。
空には物々しい暗雲が立ち込め、時にはつんざくような稲光が走る。
生者を冒涜するような禍々しい外観は見る者を威圧し、内部には残虐な罠の数々。
「ようやく、ここまで……」
これまでの経緯を思い返して、少し感傷的になってしまった。気を改めないと。
「頑張りましょう、勇者様」
シスター姿の聖女がそう言って、そっと俺の手を握ってくれる。魔王軍幹部に捕らわれていた彼女を助けたのも、今ではいい思い出だ。
死者すら蘇らせることができる治癒魔法の使い手で、一国の王女でもある。
少々小柄だけどそれに似合わない双丘の持ち主で、純粋だけど時たま黒い笑顔を見せるのが怖い。「魔王を倒し終わったら、勇者様のお嫁さんになります」って言ってくれるのも、娘を見ているみたいで微笑ましい。
「ふんっ、ようやく思う存分暴れられるな」
頼もしいセリフと共に、背中の大剣を降ろす、剣聖。
彼と初めて邂逅を果たしたのは、帝国で行われていた闘技大会の決勝戦だった。
大会自体は勇者の威圧であっさり完勝したけど、それはただの力押しだった。あの時の俺はまだ未熟で、彼にはあらゆる技術を教えてもらったものだ。
彼にかかればどんなに硬い岩だろうが、まるで温まったバターのようにあっさりと切り刻まれてしまう。
それでいてその性格は情に厚く、ぶっきらぼうだが面倒見のいい、俺の兄貴分だ。
「さあ、早く行きましょう」
どこまでも冷静に、エルフの魔法使いが言う。彼女は俺が召喚された城を出発したときから付いてきてくれた、この世界では一番の知り合いだ。
五元素魔法から精霊魔法、召喚魔法に神聖魔法まで。古今東西あらゆる魔法を修めた秀才で、新魔法も百では効かないほど開発して世に知らしめている。
彼女にかかれば火の海を作ることも、山を割ることも児戯の如しだろう。
何故か聖女とはあまり仲がよろしくないようだけど、険悪な訳じゃないみたいだし、喧嘩するほどなんとやらというヤツだろう。
鋼鉄の扉の先に広がっていたのは、途方もなく広い部屋だった。
高い天井からは煌びやかなシャンデリアがいくつも吊下がり、薄暗いオレンジの輝きを放っている。両脇には大きな窓が並んでいて、外の禍々しい雰囲気を素通りさせていた。
「ようこそ、我が王座の間へ」
部屋の奥の暗がりから、重く響く声が届いた。聞く者に狂気を与える、呪いを含んだ声だ。
当然、俺たち四人に聞くはずもない。
それよりも、
「お前が魔王か」
腰の聖剣に手を当てて、叫び返す。
返事はすぐにかえってきた。
「いかにも、我こそが最強と名高い大魔王である」
言葉と共に、奥の篝火に火が付いた。
色とりどりの、拳ほどの宝石で装飾された玉座。そこに座るのは、黒ずくめの大男。歪な鎧に身を包み、分厚いマントを羽織っている。
「ふん。怖気づいたか、勇者よ」
どこまでも落ち着きを払った声。それに俺は無性に苛立った。
「姫はどこにいる」
「そう心配せずともよい。ほら、ここに」
魔王が腕を真っ直ぐ上に伸ばした。その指先には、吊られた巨大な鳥籠。
そして、――そこに捕らわれた姫。
「貴様ッ――」
「行きましょう、勇者様」
「おっしゃあ!」
「ふんっ」
姫の怯えた表情に、感情が振り切れた。後ろの仲間たちも、すぐさま臨戦態勢に入る。が――
「おっと、邪魔はさせないよ」
「魔王さまに触れたくば、俺たちを倒していきな」
「ヒョヒョヒョ! 我らこそが――」
「「「魔王親衛三天王!!!」」」
「ちっ、またこいつらか」
駆けだそうとした俺たちを止めたのは、妖艶なサキュバスの女、見上げるほどの筋骨隆々の大男、怪しげな薬品を持つローブの老人。
俺たちの旅を度々邪魔してきた魔王直属の部下たちだ。
ちなみに最初は四人だったが1人は俺がぶっ飛ばした。
「勇者様、あの淫乱売女はわたくしが!」
「うふふ、また貴女ね」
「なら俺はあのデカブツを貰おうか」
「ふん、戯言もそこまでだ」
「私は、あの爺を」
「ヒョヒョヒョ! 貴様の魔法は既に解明したゾイ!!」
「みんな……頼んだ!」
そして、乱戦が始まる。
聖女の光がサキュバスの身を焼き、サキュバスの瘴気が聖女を穢す。
大男の拳と剣聖の刃は火花を散らし、魔法の爆炎がガラスを砕く。
時に炎が飛び、氷が砕け、壁が割れる。
広間は衝撃に震え、雄叫びを上げた。
その中を、ゆっくりと歩く。
手に持つのは、白銀の輝きを見せる聖剣。万魔を切り裂く神の刃だ。
「ようやく来たか。勇者」
「ああ、来てやったぜ。魔王」
対峙する。
魔王は悠然とした態度で玉座に座したまま。
俺は剣の切っ先を引きずって。
「お前がこの世にやって来たのは、我にも分かった。勇者の気配は、濃い」
「そうか」
「お前は強いだろう。幾百の魔物を切り裂き、それでなお本気をだしておらん」
「ああ、そうだ」
「しかし今回は違うぞ」
「……」
「我は強い! 歴代の魔王など我にかかればただの赤子だッ! 我こそが神代の魔王、神さえ殺した我を殺せるものなどいないッ!」
「そうか」
魔王が並べ立てる言葉の数々に、ただ耳を傾ける。
さっきまでの昂りは不思議と落ち着き、胸中には静寂が満ちていた。
ちらりと後ろに視線をやる。
いつの間にか剣戟はやみ、傷だらけの体が六つ、横たわっていた。全員、意識は失っているが辛うじて息はあるようだ。
「ふん。親衛隊といえどこんなものか」
倒れる三人の部下を見て、魔王は仮面の奥の鼻を鳴らした。
「つまり――」
「ということは――」
「「どちらか勝ったほうが決着をつけるッ!!!!」」
魔王が立ち上がり、俺は後ろ飛びで距離を開く。
魔王が腰の剣を引き抜いた。黒い刀身の魔剣だ。
「行くぞ」
「こいッ」
黒い影が一瞬で接近した。
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