春風
僕は春が嫌いだ。
何故かと聞かれると、うまく答えることは出来ない。
でも、僕の心の中にある嫌な思い出には全て春の香りが漂っていた。
だから春の香りを嗅ぐとその嫌なことを思い出して鬱陶しくなるのかもしれない。
8年前、今住む東京に引っ越してきたのも春の初めだった。そして、父が僕の生活からいなくなったのもその時だった。
僕が住んでいた瀬戸内海に浮かぶ島の人口は少なく、映画やアニメ、小説で言われるように島民全員が家族同然の存在であった。
春には島全体を覆うように桜が咲き誇り、風が桜の花を散らしたあとには3キロほどある本土との間の海から潮風を運んでくる。
あの潮の香りが僕は好きだった。当時はまだ春はただの季節の一つで、新しい学年に上がり、世の中をだんだんと知っていくその季節がむしろ好きだった。
といっても小学校と中学校は島に一つしかなく、一つの学年も多くて30人、少ないと10人にも満たないほどである。同然ながら高校は島にないので、中学を卒業すると同時に広島か岡山、一部の人は香川へと旅立って行く。だから島には高校生はいない。もしいるとしたら中退して神社や漁業を手伝っている人たちのみであった。
理由もなく高校を中退するはずはない。そんな心に傷を負った人たちにとって、島民の優しさや温かさは非常に居やすく、心の安らぐ場所だったのだと思う。だから、上京した人たちが正月やお盆でないのに唐突に帰ってきて、一泊、二泊してまた戻っていくということもちらほらあった。
そんな島のあり方に気づいた僕は、きっと皆と同じようにに小学校、中学校を卒業し、本土の高校へ行くのかと思っていた。そして、そのままそこで暮らすか島に戻ってくるかは分からないがそんな人生を送るのだ。
そんな矢先に飛び込んできた非日常は、僕の心から春の甘い香りを奪ったのかもしれない。
僕が世の中について知ることが楽しくなってくると同時に、家の中はとてもではないが安心していられるような場所ではなくなった。
父と母の喧嘩は絶えることはなく、家を飛び出して隣のおばあちゃんの家に飛び込んだことも何度かあった。僕がいない間に父と母が僕に気づく事もなくそのまま喧嘩を続けていたのか、僕のことを考えて喧嘩を止めていたのかは分からない。しかし、まだ11歳の僕にはそうすることでしか2人の喧嘩を止める事は出来なかったのだ。
そうして母が僕を連れて島を離れ、東京へ行くこととなった。
島の人は最後まで温かく、僕が引っ越す前日には自分の学年だけでなく、小学校全体でお別れ会が行われた。
「健太、東京いっても俺たちのこと忘れるなよ!」
「笠原くん、元気でね」
そう僕にかけられた言葉には、僕と友達とがこの島で共に過ごした時間全てが込められていた。僕は泣いていたのかもしれない。
これらはもう昔の事なのではっきりとは覚えていないが、太古の壁画に描かれたようにずっと消えずに今も残っている事が一つだけある。
それは、僕が逃げ込んでいた隣のおばあちゃんの言葉だ。
「何か辛い事があったら、いつでも帰ってきなさい。健太は今日でこの島から居なくなってしまうが、健太がこの島で過ごしたという事は誰もの心の中に刻まれておる。ここは世界でたった一つしかない健太の島じゃ。お前の居場所はいつでもここにある。だから、前を向いてしゃんと行きなはれ」
そう言っていつものように僕の頭をそっと撫でてくれたおばあちゃんの手は、春の日差しよりも温かかった。
そして引っ越して3年後、また非日常はやってきた。
母が交通事故で亡くなったのだ。
中学2年生の時だった。
給食後の5時間目、数学の授業だっただろうか、教室のドアを教頭先生が勢いよく開けて慌てた顔で僕を呼んだ。
「笠原、いるか?」
すぐに荷物まとめて職員室に来い。
額に汗を輝かせて言った50歳過ぎくらいの教頭の言葉は、僕の心の中に何か暗い火を灯した。
病院に行くと、そこに僕の知っている母はいなかった。
しかし、微かに微笑んでいるように見える口元や僕が思わず握った手には、明らかに母の温もりがあった。
僕はそのまま、夜の闇の中で涙をこぼし続けた。
母がいなくなり、僕は母の祖父母の家で暮らすことになった。
立ち直っていた訳ではないが、僕はそれなりに日常への帰路についていた。
ーーいつでも帰ってきなさい。
その言葉がふと僕の脳裏を掠め、僕は祖父母にワガママを言い島へと足を運ぶ。
祖母には岡山の港まで来てもらい、そこから先は僕一人で島に向かった。
島に着くと、懐かしい香りと雰囲気が漂っていた。満開になった桜はあの頃と変わらず春の訪れを告げており、うっすらと潮を含んだ風が吹き始めていた。
行き慣れた道を進み、道を歩く人たちと会話をしながら僕が住んでいた家に向かった。いや、僕の目的地はあのおばあちゃんの家だったのだが、僕の体がそのように思わせるのである。いくらそこが辛い家であったとしても、そこは確かに僕が住んでいた家であり、僕の帰る場所なのである。
僕の家は違う知らない人の表札に変わっていた。三年の月日が流れているのだから、それは当然のことである。そして、三年の月日は僕にさらに大きなショックを与えた。
おばあちゃんは去年の暮れに亡くなっていたのだ。
おばあちゃんのお墓に手を合わせ、僕は悲しみに暮れた。
そして帰り道、その島には来た時とは違う春の風が吹いていた。僕はその春の風が嫌いになった。
あの日以来、僕はあの島には行っていない。
こう思い出しただけでも僕の心は憂鬱になる。
そして、春の風は僕にまたもや挫折の味を思い知らせるのである。
去年、僕は大学受験に失敗した。私立大学に受かっていたが、もう1年間勉強をして来年にまたチャレンジする、いわゆる浪人の道を選んだ。
その失敗は僕にとって非常に痛いことだった。
世間に言う進学校である僕が通っている学校では、当たり前だが進学率は大きい。ただし、理系は現役で受かるのは文系に比べて少なく、大半は浪人していた。
「うちの高校は四年制高校だから、受験までもう1年間あるじゃん」
「今年は練習みたいなもんだから」
そう言って笑っている奴らが僕は大嫌いだった。
それこそ理由は分からないが、だからと言って面白がってそのような事を言うのは何か違う気がしていた。
そして、絶対にあいつらみたいにはならないと勉強にひたすら励んでいた僕に届いた不合格通知は、僕のプライドをズタズタにするのに十分すぎた。
その時もまた、あの春の風が吹いていたのだ。
そして今年、僕は晴れて去年落ちた大学に合格した。
壁にぶつかった僕は、自分はやってきたのだからあいつらとは違うんだと心に言い聞かせ、また勉強を始める事が出来た。その努力の甲斐があってか、実際かなり余裕をもって受験に望む事が出来た。
その点では、僕にはやる気を出させた彼らに感謝てもいいかもしれない。
着慣れないスーツを身に纏い、僕は今大学への道を歩いている。
「笠原くーん!」
後ろから聞き慣れた声が聞こえる。振り返ると、同じ高校だった女子が華やかな服を着こなしてこちらに向かっていた。彼女は去年からこの大学に通っている。
「笠原くん、今日入学式だよね。今日授業ないんだけど、お祝いしたくて来ちゃった」
「おお、ありがとう。これから大学の事とかいろいろ教えてくださいね、先輩」
「やだなー、同い年でしょ? 実際大学入ったら現役も浪人生も変わらないから、大丈夫だよ」
「だといいんだけどね…」
僕が不安げな声を出すと、彼女はいつものように明るい声で言った。
「もー、そんな暗い顔して、らしくないよ。ほら、顔あげて! 前向いて、しゃんと行きなさい!」
じゃあまたね、と言って彼女は来た道を帰って行った。
しゃんと行きなさいか…。
僕は小さく笑った。
よし! と呟き、僕は前を向いて歩き出す。
その先には僕の巣立ちを祝うように大きな門が立っている。奥にはこれまでとは違う世界があるような気がして心が高揚してきた。
僕はまたその入り口に向かって一歩踏み出す。
僕の耳元を、春風が通り過ぎていった。




