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8.ありがとうパンダ


8.ありがとうパンダ



先生がさよならを言って、皆それぞれ動き出した。



放課後の掃除当番にあたっている人たち以外は、わいわい喋りながら靴箱へと向かう。



いつもと変わらない、平和な放課後。



拓也も私も掃除当番には当たっていなかったから、すんなりと下校できる。



いや。

できる筈だったのに。



「なあ、尚美。今日柴山も一緒にいい?」



これは、靴を履き終わった拓也の言葉。



「は?」



私も脱いだ上履きを靴箱の中にしまって顔をあげると、拓也の隣には、また拓也の腕に抱きつくように自分の腕を絡ませている柴山さんが。



「マリも一緒に帰っていいよね?宮崎さん」



ほんと、憎らしいくらい可愛い笑顔で、柴山さんは言った。



「え…柴山さん、方向逆じゃない?」



「あー、なんか今日は用事で電車乗るんだって。だから駅まで。な、柴山」



「うん!拓也くんの言う通りでーす!」



私の必死の抵抗も、いとも簡単にかわされて、もう断るなんてできない状況。



拓也の家も私の家も、駅前の道を真っ直ぐ行った住宅街にあるから、柴山さんが駅に行くなら断る理由なんてこれっぽっちも無くなるから。



ま、私の感情を除いてですけど。



ていうか、拓也、なに柴山さんの代わりに説明とかしちゃってるわけ?!



本当、男の子ってこれだから嫌だ。



「…いいよ。駅まで一緒に帰ろう」



私は、柴山さんとは目を合わせずにそう言った。







「拓也くんって手大きいよねえ!」



「え、そうか?別に普通だと思うけど…」



「大きいよ!マリの手小さいから余計そう感じちゃうのかな。ほら手貸してみて」



言いながら、柴山さんは拓也の手を取り、その掌と自分の掌を合わせた。



さっきからずっっっとこの調子。



私の前でイチャイチャしないで欲しいんですけど。



私はと言うと。


二人の少し後ろを歩いている。

ちょうど三人が二等辺三角形になるような感じ。


まあ言うまでもなく、頂点は私なんですけど。



「あー!見て見て!このクッション超可愛い!」



柴山さんの声で、駅まであと少しの所にある雑貨屋さんの前で立ち止まった。



「学校の近くにこんな可愛いお店があったなんて、マリ全然しらなかったあ」



雑貨屋さんのショーウィンドウに張り付いて、そこに飾られているハート型のパッションピンクのクッションに一目惚れした様子の柴山さん。



「ねえ、拓也くん。マリ、ちょっとこのお店の中見ていきたいなあ」



「え…」



少し困ったような声を出したのは私。



この状況から早く解放されたかったのに。



「でも柴山さん、用事…」



言いかけた私を、柴山さんはキッと睨んできた。



余計なこと言わないで。



その視線は、痛いほどそう私に伝えているように思えて。



「柴山が大丈夫なら、俺たちは別に構わないけど。なあ、尚美」



「…うん」



私は渋々頷いた。



「わーい」



私たちの返事を聞くと、さっきの睨みは見間違いだったのかと思うくらい無邪気な笑顔で、柴山さんは拓也の腕に抱きつきながら店の中へと入っていった。



私も、少し遅れて中に入る。



店内はお世話にも広いとは言えなかった。



狭い通路を挟み込むようにして、商品の飾られている棚が並べられている。



実際、この店に入るのは、私も今回が初めてだった。



早口な何処かの国のロックが流れていて。



所々に設置された鏡には、情けない顔をした横顔が、やっぱり情けなく映った。



「拓也くん、見て。このペンかなり可愛くない?」



「あ、本当だ。気に入ったんなら買えば?柴山に合うと思うし」



「えー本当に?どうしよう。拓也くんがそう言ってくれるんだったら買っちゃおっかなあ」



二人の楽しそうな会話が聞こえてくる度に、私の口からはため息が漏れる。



はあ。



何やってるんだろ、私。



なんで、こんな気分になっちゃうんだろう。



目の前に並べられたパンダのぬいぐるみ。



何故かそのぬいぐるみには立派な眉毛が付けられていて。



「私も間抜けだけど、あんたも相当間抜けね」



ボソリと呟いて、軽くその頭をつついてやった。



てか誰だよ。

ぬいぐるみに眉毛つけようなんて考えた奴。


完全にふざけて作ったんだろうな。



そう思うと、なんだかちょっぴり可哀想になって、次は優しく頭を撫でてあげた。



「尚美、帰るぞ」



ふいに拓也の呼ぶ声がして。



「あ、はーい」



私はそのぬいぐるみに「またね」と言って、店の出口へと向かった。



店を出ると、柴山さんの手にはさっきまでは無かった小さな袋が握られていて。



あのペン、買ったんだなって思った。




その後も、店に入る前同様に三角形になって歩いて。



相変わらず、頂点は私のままだった。




「あ。俺忘れ物したわ」



もう駅って所で、拓也が言った。



「悪いけど、二人とも先帰って」



「え、ちょっと…」



「じゃ、また明日な」



一人完結して、拓也は踵を返して今歩いてきた道を逆方向に走っていった。



残された柴山さんと私。



幸い、もうほとんど駅に着いていたので、あとはさよならだけを言えば良いだけだったから助かった。



でも、やっぱり気まずい。



「し、柴山さんはここから電車だよね。私は真っ直ぐだから」



「…」



「じゃあ」


「拓也くんと宮崎さんってさあ」



朝の猫撫で声じゃない、ツンとした声が夕焼け空の下で響いた。



少し驚いて、振り返る。



「付き合ってるって噂あるけど、あれ、デマでしょ?」



「…え?」



突然何を言い出すんだろう、この人は。



「拓也くんと宮崎さん、付き合ってるの?」



表情の無い、柴山さんの顔。



私は、ただ首を横に振る。



その途端、柴山さんの顔は、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべた。



「ほら、やっぱりね!あんなの嘘だと思った。だって、拓也くんと宮崎さんって、本当笑えるくらい釣り合ってないんだもん」



「…どういう、意味?」



「どういう意味って。そのまんまよ。いい?あなたは拓也くんにはふさわしくない。」



長い影がゆらりと動いて。


二本のそれが、かすかに重なる。




「拓也くんは、私がもらうわ」




そう言うと、柴山さんは徐々に人の増え出した駅の階段を上っていった。




ぽつんと一人残された私。



ゆっくりと、家に向かって歩き出す。



遠くの空には、もういくつかの星が輝き始めていて。



自分が、ひどくちっぽけに思えた。




一日休んだだけ。

たった一日休んだだけで、こんなにも変わってしまうものなのだろうか。



道を歩いているときも。



店の中にいるときも。



私はいつも一人で。



少し後ろから着いていくだけで。



拓也の隣にいるのは、私じゃなくて、いつも柴山さんだった。



拓也がどの女の子と仲良くしようが、私には関係ない。



柴山さんと付き合うことになったって、何とも思わない。



だって。


拓也と私は幼馴染みなんだもん。



だから、全然へっちゃら。



絶対に、へっちゃらだって、思ってたのに。



なのになんで、私今、こんなに苦しいの?



悲しい?


寂しい?



自分でも、よくわからない。



この気持ちが何なのか、全然わからないよ。




「尚美ー!」



「…え?」



突然名前を呼ばれて、ぱっと顔を上げる。



後ろを振り返ると、さっき忘れ物を取りに戻ったはずの拓也が走ってきていた。



「…拓也?」



「はあ…はあ…」



私の前まで来ると、拓也は息を整えながら、少し大きめの袋を私に手渡した。



「え、これ」



「それ…お前に…」



「…?」



「いいから、開けろって」



言われて袋のテープを外すと、中に入っていたのは、



「パンダ…」



あの、眉毛のぬいぐるみ。


間抜けなパンダ。



「なんで…」



「だってお前、店にいるときめちゃくちゃ気に入ってたじゃん」



幾分落ち着いた拓也は、少し笑ってそう言った。



「最後とか大切そうに撫でてたから、どんなに可愛いぬいぐるみかって思ったけど。やっぱりお前って趣味悪いのな」



ニカッて、からかうような拓也の笑顔。



ほんと失礼しちゃう。



趣味悪いのはどっちだよ。



あんな牛女に振り回されてたくせに。



「お?怒った?」



おかしそうに笑う拓也に、一発ガツンと言ってやろうと思った。



そう、思ったのに。



「ぬ…いぐる、み…ひっく…あり、が、とお」



涙ボロボロ流して。


瞬きする度に、止まらなくて。



ずっと柴山さんと一緒にいて。



私なんて、どうでもいいって思われてるんじゃないかって。



そんなふうに、考えていたから。



道を歩く時も。

お店にいる時も。



あの絡まる二人の腕を見る度に胸がギュっと痛くなって。



だからね。


拓也が私のこともちゃんと見ててくれてたことが、涙が出るほど嬉しかったの。



「お、おい、尚美?!そんなに傷つけた?俺?!」



私の突然の涙を見て慌てる拓也が、少しだけおかしかった。



「ねえ…たく、や」



「ん?」



「拓、也の、隣は…ひっく…もう、少し…空けて、おいて…」



もうほとんど日が落ちて、かすかな橙だけが、私達を照らしていた。



「お前の隣も、まだ空けとけよ?」



拓也は優しく笑って、私の頭にぽんと手をのせた。




ねえ、拓也。


もしかしたら、私。



あんたのことが好きかもしれない。




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