3.おとぎ話のように
3.おとぎ話のように
近くに美味しいケーキ屋さんができたとかで。
今、女子の間ではちょっぴり人気なその話題。
ま、私も一応女の子なんで?
興味無いと嫌がる拓也を無理矢理その店の前まで引きずってきて、今に至る。
「やーん!かなり可愛くない?!このお店!」
「…」
目の前の小柄なその店は、まるでおとぎ話に出てくる様な、黄色とピンクを基調にした、なんともメルヘンチックな建物だった。
「さ、入るわよ!」
「ちょ!やだし!」
拓也を腕を引いて中に入ろうとした私を、拓也の抵抗が元の場所に引き戻す。
「は?何言ってんのよ、今更」
「今更もくそも、俺の意見は完璧無視だったじゃねえかよ!」
「何よ!人を自己中的な言い方して!」
「いや、そのまんまだから」
そのあと少し言い争って、最終的にジャンケンで勝った方の意見を優先することになった。
「負けても文句無しだからね」
「こっちの台詞だっつーの」
お互い、右手に全ての気を集中させる。
「さいしょはグー!」
「さいしょっから!」
ここで綺麗に勝ち負けが決まる。
馬鹿正直に出されたグーと、私のパー。
「尚美!汚えぞ!」
「ふん。なんとでもお言いなさい、ミスターピーマン」
まさか今時こんな初歩的な罠に引っ掛かるとは。
ジャンケンが全てグーから始まると思ったら大間違いよ。
「さ、入りましょ?」
私はがっちりと拓也の腕を掴んで、店の中へと入った。
「いらっしゃいませえ」
ドアに付けられた鈴がチリンと鳴ると、可愛いらしいメイド風な制服に身を包んだ店員達が一斉に私達に笑顔を向けた。
「二名様ですか?」
「あ、はい」
「店内全席禁煙となっておりますので、ご協力よろしくお願いします。では、ご案内致しますね」
にっこりと愛想の良い店員は、奥の二人用の小さめのテーブルへと私達を案内した。
私達が椅子に座ると、手に持っていたメニューをテーブルの上に広げた。
「こちらが、当店で一番人気のフルーツタルトとお紅茶のセットになります」
店員が指差したページには、色とりどりの果実が並べられた、美味しそうなケーキの写真が。
「じゃあ、私これ下さい」
「俺も」
「フルーツタルトセットお二つでよろしいですか?」
「はい。お願いします」
「かしこまりました」
店員はにっこりと笑うと、メニューを下げて、厨房の方へと戻っていった。
「この店、ちょっと気に入ったかも」
「なによ、いきなり。さっきまであんなに入るの嫌がってたのに」
私の言葉を右耳から左耳へと聞き流し、拓也は厨房の方をやけににやけて見ている。
「だってさー」
その伸びた鼻の下から、だいたい言いたいことは予想がついた。
「ここの店員…いてててて!」
「お前はどこのスケベオヤジだっ!」
つねりあげた拓也の頬を、さらにみょーんとひっぱってからぱっと手を離した。
「ーっ!いってーな、この暴力女!…いや、もはや尚美はもう女じゃないな」
「なんですってー?!」
また私が拓也の頬をつねりあげようとした時、ケーキと紅茶の乗ったオボンを持った店員が私達のテーブルへと歩いてきた。
「お待たせしました。フルーツタルトセットでこざいます」
言いながら店員がテーブルの上にフルーツタルトと紅茶を並べていく。
「あの、お客様」
「あ、はい」
いきなり話し掛けられ、少しビックリする。
「お客様はカップルでしょうか?」
「は、はいい?!」
な、なにを言い出すんだ、この店員は?!
「失礼いたしました。実は今、オープン記念として、カップルのお客様限定にこちらのキーホルダーをプレゼントさせて頂いているんです」
店員は言いながらエプロンのポケットから二つのキーホルダーを取り出した。
それはよくある、一つのハートを二つに分けたもので、その真ん中にこの店のロゴが小さく描かれていた。
「あー私達カップルじゃ」
「俺たち恋人同士です」
「え?!」
拓也の言葉に耳を疑う。
「そうですか!では、こちらをどうぞ」
そのキーホルダーが一つずつ前に置かれた。
「ありがとうございます」
爽やかに笑う拓也。
私はというと、まだ今の状況を呑み込めずにいた。
「では、ごゆっくりどうぞ」
店員はにっこりと笑うと、また厨房の方へと戻っていった。
「ちょ、ちょっと、拓也!」
「ん?なんだよ?」
「なんだよじゃないわよ!私達カップルじゃ」
「なにお前こだわっちゃってんだよ?」
「え?」
「貰えるもん貰っとかなきゃ損だろ」
「…」
なにそれ。
「…けちくさ」
「ん?なんか言ったか?」
「べつにー!」
おもしろそうに笑う拓也。
私は構わずフルーツタルトにフォークを突き刺した。
「こんなことで動揺するなんて。尚美も可愛いとこあるじゃん」
そう言いながら私を見て微笑む拓也の顔を、何故か直視できなくて。
そのあと食べたフルーツタルトの味なんて、もうほとんど分からなかった。