28.なんとなくなんて
28.なんとなくなんて
階段を下りて二階になるところで聡と別れた。
補習の授業が終えるのを見計らって教室の中に入る。
「あ、尚美!」
私の姿を見つけた裕子と亜理沙が駆け寄ってきた。
「あんたどこ行ってたのよ?誰にも何も言わずに授業サボって!」
「先生には、保健室に行ったって、裕子が上手く誤魔化してくれたけど、心配するでしょ!」
「ごめん、ありがとう…」
突然のことだったから仕方なかったといえば仕方なかったけど、二人をひどく心配させてしまったみたいだ。
先生を誤魔化してくれたのはかなり助かった、感謝。
「で、どこにいたのよ?」
「…屋上」
「はあ?そんなところで何してたのよ?」
裕子が怪訝そうに眉をひそめる。
確かに夏のあっつい屋上なんかにいくこと自体おかしいもんね。
だけど、拓也のことで泣いていたなんて言いたくなくて、私は話題を切り替えることにした。
「あ、そうだ!裕子、今日聡と光太先輩が一緒に帰ろうって」
「え?」
突然替わった内容に、裕子と亜理沙が目をパチクリとさせる。
「帰り教室に迎えに来てくれるみたいだから。亜理沙は、仲川と帰るよね?」
私の問いに亜理沙は少し頬を赤くさせて、こくりと頷く。
ああ、やっぱり可愛いなあ!
「尚美」
亜理沙の反応に胸をキュンとさせていると、後ろから名前を呼ばれた。
見なくても声だけで誰かわかる。
今はあんまり会いたくない相手。
「拓也、」
「お前どこ行ってたんだよ?」
「ちょ、ちょっとね…」
拓也も裕子たちと同じように心配してくれていたのかな。
あなたに失恋したから泣いていたんですよとは、当然だけど言えない。
「あ、今日、裕子たちと帰るから先に帰ってね」
私は普通に普通にと自分に言い聞かせながらそう伝える。
すると拓也はなぜか眉を寄せて難しい顔をした。
「裕子たちって、裕子と他は誰だよ?」
「え?」
「まさかあの茶髪野郎とかじゃないだろうな?」
拓也の口調が険しくなるのがわかった。
「…そうだよ。聡と光太先輩だよ」
「は?なんだよそれ。あいつらとは関わるなって言っただろ?」
ただならぬ雰囲気に、裕子と亜理沙が心配そうに私たちの様子を窺っているのがわかる。
「…なんで?」
「は?」
「なんで聡たちのこと嫌うの?」
確かに彼らは身なりは派手で目に付くかもしれないけど、別に拓也に何か嫌なことをしたりしていない。
なのにどうして拓也はあんなにあの三人を毛嫌いするの。
「…それは…」
「それは?」
「…な、なんとなくだよ。なんとなくあいつらは好きになれねーの!」
「はあ?」
また『なんとなく』ですか。
「…なんとなくじゃ、わかんないよ」
わかんない。
柴山さんのことも。
聡のことも。
キスのことも。
拓也の中には美奈がいるのに。
なんとなくじゃ、全然わかんない。
「マナイタ!」
教室の入り口から名前を呼ばれて、私は鞄を肩にかける。
「尚美、」
「ごめん、もう行くから」
私は最後は拓也の方を見ずに、聡のいる方へと歩き出した。
裕子がパタパタと付いて来る。
拓也は、後を追ってはこなかった。
わからない。
好きになればなるほど、拓也がわからない。
そして叶うことのないこの気持ちも、どうすれば良いかわからなくて。
『その人が幸せになってくれる方がいいって、そう思うようにしてるんだ』
だめだ、私。
まだそんなに大人になれないよ、先輩。
拓也と一緒に幸せになるのは、私が良かったなんて。
そんなことを今も考えてしまう。
なんとなくされたあのキスだって、きっと忘れることなんてできないから。
私は全てから逃げるように、教室から出たのだった。