27.ニヤザスカイ
27.ニヤザスカイ
夏休み始めの屋上は、真上から日差しが突き刺し、私たち以外には誰もいなかった。
祐樹先輩は、給水タンクの下にかろうじて出来ている陰に私を座らせると、ポケットから携帯を取り出し電話をかけた。
「あ、聡。今すぐ屋上来れない?」
電話の向こうからの声が小さく聞こくるけど、何を話しているかまではわからない。
「…いや、俺じゃなくて尚美ちゃんなんだ。…わかった、頼むよ」
要件を伝え終えて祐樹先輩は携帯を閉じると、こちらを向いてくすりと笑った。
「尚美ちゃんの名前出したら、あいつすぐ来るって」
「あ…ありがとうございます」
「いえいえ、俺より、尚美ちゃんも聡の方がいいでしょ。」
祐樹先輩は再び携帯をポケットになおすと、私から少し間をあけて腰を下ろした。
私はそんな彼をちらりと見た。
彼も私と同じく、つい最近失恋をしている。
「…先輩も、泣いたんですか?」
「え?」
突然の私の問いかけに、祐樹先輩は不思議そうに顔を向ける。
「…その…亜理沙とのこと…」
ああ、私何聞いちゃってるんだろう。
せっかく気を遣って私をここに連れてきてくれたのに、傷をぶり返すようなことを…
「あー、そのことね」
祐樹先輩は私の言いたいことがわかったらしく、目を閉じると口元を緩めた。
「泣いたよ、大泣き」
「え」
「うそだよ」
先輩はこっちを向いて、またくすりと笑う。
「俺もってことは、尚美ちゃんの涙も失恋なのかな?」
「…それは…」
いや、まあそうなんですけど。
直接フられたわけではないですが、私もあなたの同士になってしまったわけなんですけどね。
「俺はさ、そりゃ悲しかったけど、その人が幸せになってくれる方がいいって、そう思うようにしてるんだ」
その人の、幸せ…?
「相手のことがどんなに好きで、がむしゃらにその人を手に入れたとしても、相手が幸せじゃなかったら、なんか虚しいと思わない?」
先輩はそう言うと、立ち上がり、うーんと背を伸ばした。
「尚美ちゃんも今は辛いと思うけど、なるようになるよ、きっと」
この人は大人だな。
改めてそう思う。
応援しなくてごめんなさい。
いや、むしろ邪魔したかもです、すみませんでした。
と、心の中でこっそりと謝罪した。
「じゃ、俺は教室に戻るね。聡も来たみたいだし」
祐樹先輩が言うのとほぼ同時に、屋内に続く扉が開いた。
「祐樹、さんきゅーな」
そこから出てきたのは、さっき祐樹先輩が呼び出した聡。
祐樹先輩が呼び出した相手がどうして聡なのかは、まだ納得はできないけど、聡の姿を見てどこかホッとしてしまった。
「またね、尚美ちゃん」
祐樹先輩はそう一言微笑むと、聡と入れ替わるように屋内へと消えていった。
祐樹先輩を目で追った後、少し視線をずらすと聡とバチリと目が合う。
「…何泣いてたんだよ、マナイタ」
言いながら聡は歩を進め、私の隣にすとんと腰を下ろす。
私はもう涙は出ていなかったが、その痕が残っていることを指摘され、ゴシゴシと目元をこすった。
「あんま擦ったら赤くなるぞ」
聡が私の腕を掴む。
「……」
私は無言で擦るのをやめ、腕を下ろした。
「……」
だけど、その腕から聡の手は離れない。
「…あいつのことなのか?」
聡は手はそのままで、口を開いた。
「…あいつって?」
聞き返さなくても大体わかるけど。
すんなりと答えるのは嫌だった。
「木高」
「……」
無言は肯定を意味するなんてことわかってるけど、否定すれば良いのかすらよくわからない。
顔を上げて、聡を見る。
目が合うと、聡は私の腕からそっと手を離した。
「ま、話したくないならそれでいいけど、」
私から空へと目線を移し、祐樹先輩と同じようにうーんと背伸びをする。
「お前が泣いてると、なんか調子狂うわ」
「…なんであんたの調子が狂うのよ」
思わず小さくツッコむと、それが聞こえたらしく、聡は喉でくくっと笑った。
「お前はお前らしくいろってこと」
「なんなのよ私らしくって」
問うと、聡はまた顔をこちらに戻し、ニヤリと笑って。
「口が悪くて男勝り、唯一の取り柄は馬鹿みたいに明るいっとこと」
「はあ?!」
「あ!あとペチャパイ!!」
「なっ!?最低!!馬鹿!変態!」
ペペペペチャパイですって!?
どうせ私は胸ないですよ!!
「ええい!こうしてくれるわ!」
「!?わっ!ちょっ、やめろって!」
私は悔しさのあまり、聡の髪を思い切りに掻き回してやった。
綺麗にセットされていた髪は見事にぐっしゃぐしゃに。
私は満足して、ふふんと鼻で笑ってやった。
「…ぷっ、くはははは!」
「!?」
ぐしゃぐしゃ頭の聡が急に笑い出し、びっくりする。
急に笑い出すとか怖いから!
「な、なによ?何がおかしいのよ?」
私が恐る恐る聞くと、聡は私の顔を見て、
「いつものマナイタに戻ったな」
と、ニカリと笑った。
その笑顔が、何故かなんとも嬉しそうで、私は少し呆気にとられてしまう。
確かに、もう私は少し前のように鬱々としてはいなかった。
「さてと!中に戻りますか」
髪を整えながら、聡が立ち上がる。
私もつられて腰を上げた。
「あ、帰り教室まで迎えにいくから、裕子ちゃんと待ってろよ」
並んで歩きながら、聡が言った。
そう言えば、光太先輩が裕子のこと気に入ってたんだっけ。
「わかった」
ってことは、拓也に今日は一緒に帰れないことを言わなきゃ。
「……」
そう考えると、またついさっきのことが頭の中に蘇り、私は思わず聡の手首をぎゅっと握った。
聡はそれを払いのけることも、何かを聞いてくることもせず、そのまま並んで廊下を歩いた。
「…ありがとう」
腹立つことも沢山するし言うし、人をマナイタ呼ばわりする変態だけど、今日はあんたがいてくれたから救われた。
ありがとう。