24.マリィに愛をのせて2
24.マリィに愛をのせて2
仲川の目は一瞬ゆらりと揺らいだ後、ぎゅっと力の入ったものへと変わった。
心を決めた、男の目。
それはたぶん、祐樹先輩にも負けないんじゃないかな。
「イッチョ行って来るわ!」
そう笑った後、仲川は走って教室を出て行った。
手には、あのマリィちゃんを握り締めて。
「尚美、あんたいきなりどうしたのよ。」
隣にいた裕子が驚いたような顔をしている。
「ん?なんか、ちょっと背中押してあげたくなったのよ。」
だってあんなの。
見ていられなかったんだもん。
じれったい恋は、ドラマだけで充分。
亜理沙も仲川も。
祐樹先輩には悪いけど。
ピエロに踊らされた哀れな主人公になんて、なって欲しくないじゃない?
「国本ー!」
窓の外から仲川の声が聞こえて、二人で窓のほうへ行く。
見ると、もう校門に続く坂に差し掛かった亜理沙と祐樹先輩めがけて、仲川がグラウンドを横切り突っ走っていた。
「俺はー!」
仲川の声に、亜理沙たちは足を止める。
「くーにーもーっ?!」
しかし、グラウンドの半分まで来たとき、仲川は足を絡ませて見事にこけた。
「あっ」
裕子が不安げに声を上げる。
なかなか起き上がらない仲川。
そうこうしている間に、祐樹先輩は亜理沙の肩を抱いて、少し無理矢理に坂を下り始めた。
亜理沙と祐樹先輩がとうとう見えなくなる。
「仲川・・・」
もう、駄目なのかな。
ねえ。
亜理沙。
もう、仲川は駄目なのかな。
絶望的に裕子が窓の外から視線を逸らした時、仲川がゆっくりと起き上がった。
そして、
「国本ー!お前が好きだー!!」
叫んだ。
「俺はーお前じゃなきゃー駄目なんだよー!!」
その大きな愛の告白に、隣の教室からも何人かが窓から顔を出す。
それは、少し古い恋愛ドラマのワンシーンのようで。
私は、『告白は、夕方の海で好きだって叫ばれてみたい』って言った亜理沙の台詞を思い出した。
「あっ!」
裕子の声が明るくなる。
仲川に向かって、亜理沙がグラウンドを横切って走っていた。
「よかったね、仲川。」
私はぼそりと呟いた。
仲川。
亜理沙には、あんたが丁度いいのかもしれない。
そりゃ、外見だって精神面だって祐樹先輩のほうがずっとかっこいいけど。
でも、亜理沙を想う気持は。
多分あんたに敵うやつは誰もいないよ。
「仲川、よかったじゃん。」
「え?」
突然聞こえたその声に振り返ると、拓也がいつもの笑顔で立っていた。
「え、何で拓也いんの?帰ったんじゃなかったの?」
当たり前のようにそこにいるけど、終礼が終わってすぐに姿が見えなくなったから、てっきりもう先に帰ったんだとばかり思っていた。
「ん?お前を置いて帰らねえよ。おら、仲川も一件落着したわけだし、俺らもさっさと帰んぞ。」
「あ、うん。」
ドアのほうへさっさか歩いていく拓也を、鞄を引っ掴んで追いかける。
「じゃあな、中間。」
「裕子、ばいばい!」
「ばいばーい。」
裕子に手を振って、廊下へと出る。
教室を一歩出れば、もう蒸し風呂みたいに暑かった。
「拓也、今まで何処にいたのよ?」
「んー内緒ー」
くすりと笑って誤魔化す拓也。
大したことじゃないよと付け加えたけれど、私は逆にそれが気になった。
私に言えないこと?
ゆっくり歩いて。
そんなことを考えながらお手洗いの前を通りかかったとき、女子用の方から出てきた生徒と見事にぶつかってしまった。
「ごめんなさ・・・あ」
顔を上げると、
「柴山・・・さん・・・」
目を真っ赤に腫らした柴山さんが立っていて。
私を見るなり、柴山さんはキッと睨み付けてきた。
「いい気にならないでよ。あんただって違うんだから」
そう言うと柴山さんは、一瞬拓也の方を見てからまた苦しそうに眉を寄せて、教室のほうへと走っていった。
「今の、なに?」
全く理解できないさっきの台詞。
何をいい気になるのか。
私が何と違うというのか。
「ねえ、拓也も今の」
言いながら拓也のほうを向く。
けど、最後まで言うことができなかった。
「尚美、帰ろう」
「・・・うん」
また、並んで廊下を歩き出す。
もう何も聞けない。
柴山さんのことは口にしないほうがいい。
だって、さっきの拓也は、今まで見たことがないような、すごく不安そうな顔をしていたから。
でも。
なんとなく。
さっきの柴山さんの涙は、拓也が少しは関係しているんじゃないかって。
――大したことじゃないよ――
くすりと笑った拓也の言葉が、何よりも私の胸を掻き乱した。