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23.マリィに愛をのせて


23.マリィに愛をのせて1



チャイムが鳴って、一時間目が終った。


礼と同時に、教室が一気にうるさくなる。



「仲川」



席に座っていた仲川のところへ行くのが見えて、私も足早にそこへ向う。


仲川は裕子と私の顔を見ると、何故かふいと視線を逸らした。



「ど、どうしたんだよ。二人してさ」



机の上に置かれた手を見て、仲川が言った。


そのいかにも不自然な態度に、裕子と私は顔を見合わせる。



「仲川、あんた、マスコットどうなってる?」



「昨日は日曜だったけど、ちゃんと進んだ?」



土曜までに顔の輪郭ができたマリィちゃん。


昨日は、どのくらいまでいっただろうか。



「あ、あー。それなんだけどさ」



机の上に置かれていた手をがばりと上げ、頭の上で組む。


仲川はくるりとこちらを向いて、笑った。



「やっぱ男がマスコットとか!キモくない?!」



楽しそうな喋り声が響く教室の中、私達の周りだけが、なんとなくおかしな空気になる。


その仲川の笑った顔は、なんとも間の抜けた、明るいのに、何処か違うものだった。



「は?」



何を言ってるんだ?



「いやー、だからさ!今どき手作りマスコットとか貰っても、嬉しくなんかないっしょ?」



へらりとした笑顔はそのままで、裕子はその言葉に眉を寄せた。



「あんた・・・何言ってんの?」



「えー?だからー男が」



「亜理沙!今日もってかれちゃうわよ!祐樹先輩に!」



大きくはない、だけど腹の底から搾り出したような声で、裕子は机をバン!と叩いた。



「・・・え?」



裕子の言葉に、仲川の笑顔が消える。



「どういうことだよ・・・?」



「・・・昨日、亜理沙、祐樹先輩に今日家に来てほしいって誘われたの。行くか行かないか。それが、祐樹先輩への返事なのよ」



昨日の電話のあと、結局良い案なんて見つからなかった。


やっぱり仲川が思いを打ち明けることしか。


亜理沙を引き止めることはできないんじゃないかって。



そうとしか、考えられなかった。



「あんた・・・どうすんのよ」



怒りなのか、呆れなのか。


低く唸るような裕子の声が、三人の間だけで響く。



「そんなこと、言ったって・・・」



「マスコットは?ねえ!仲川!マスコット、作ってないの?!」



今度は悲しそうに眉間に皺を作って、裕子は仲川の肩を揺らした。



されるがままの仲川に、私はもう、何も言うことができなくて。



「なんで、なんであんたはいっつも!そうなのよ!!」



周りの席にいた人たちが、少しずつこの小さな喧騒に気が付き始める。


でも、裕子はやめなくて。


その時、仲川のポケットから、ぽろりと何かが床に転がり落ちた。



「?」



「あっ・・・!」



それに気が付いた仲川が、裕子を引き剥がし、慌てて手を伸ばす。


けど。


それよりも早く、私はそれを拾い上げた。



「これ・・・」



今私の手の中にある、柔らかい白。


フェルトの生地が、雑に扱ったのか、最後に見たときよりもざらざらとしていた。



「仲川・・・」



土曜日までは頭しかなかったマリィちゃんは、もうしっかり体もできていて、顔だって、リボンだってしっかりとつけられていた。


でも。



「頑張ったんだけど・・・そんなんになっちゃったんだよ」



それは、正直マリィちゃんと呼べるか呼べないか。


そのくらい、歪なマスコットで。


こんなこと言っちゃ駄目だけど、猫なのか豚なのかさえも怪しかった。


それを見て、裕子と私は再び顔を見合わせる。


仲川の手を見ると、何本かの指先に、乱暴にバンソウコが巻かれていた。



キーンコーンカーンコーン。



その時二時間目の始まりのチャイムが鳴って。


裕子と私は何も言ってあげられないまま、席へと戻らなければならなかった。



先生が入ってきて、授業が始まる。


ノートを開いて、先生の流暢な英語を聞きながら、私は仲川の方を見た。


あのマリィちゃんを仕上げるのに、どれだけ時間がかかっただろう。


指を針で刺しながら縫い続ける仲川を、なんとなく想像できて。


仲川はやっぱり、亜理沙のことを見ていた。


少し離れているから、どのような目をしているかは分からないけれど。


ただ、じっと亜理沙のことを見ていた。


その視線の先の亜理沙は。


仲川とは逆方向の窓の外をぼーっと眺めていて。


仲川が長い間亜理沙を思い続けていたことを知らないように。


やっぱり今も、亜理沙は仲川の視線には気付かない。


皮肉だと思った。


仲川が可哀想だとは思わない。


亜理沙に苛立ちを感じたりなんかしない。


だけど。


ただ、あの爽やかな祐樹先輩の笑顔が。


傷だらけの仲川の手とは天と地のようで。


私は、皮肉だと思った。


そっと、目を閉じる。


先生の英語が、頭の中を流れていく。



『全然お前に似合ってねーよ』



昨日の夜。


拓也の言った一言。


あの時の冷たい目を、私は何故か怖いと感じた。


離れていってしまうんじゃないか。



『あいつらに・・・あんま関わんなよ』



ねえ。


なんであんなこと言ったの。


切なく揺れる拓也の瞳には、私はどういうふうに映っていたの。


あの時の口付けは

まるで幻のように。


信じられない私と、

いつもと何も変わらなかった今朝の拓也。


あれは、夢だったんじゃないだろうか。


あの後お互い何も話さずに、ただ夜道を歩いた。


手は、繋いでいない。


一定の距離を置いて、街灯の光を感じていた。


星が見えないなんて、またそんなことを思ったかもしれない。


ただそれは、口にすることはなく、沈黙だけがただ流れていて。


家に着くと、「またね」とだけ言って、なんとも言えない空気を残したまま、私たちは別れた。


忘れることができない感触と、幻のようにあやふやな感覚。


私の中で、拓也が大きな存在を占めているように、拓也の中でも、私は大きな存在でいられているの?


わからないことばかりで。


苦しいなんて感じる前に、私はおかしくなってしまいそうだよ。



その後もなにもなくただ時間だけが過ぎていって、次の十分休みの間は仲川に話しかけることもできずに、そのまま三時間目も、私たちに構うことなく足速に駆け抜けていった。



「亜理沙ちゃん」



終礼が終って少ししたとき、賑やかな廊下から祐樹先輩の呼ぶ声がした。



「あ・・・」



亜理沙は、私達の方を向くと、困ったような照れているような、なんとも言えない表情を見せた。


裕子も私も、亜理沙を引き止めることなんてできないから。


ただ、曖昧に笑うしかできなかった。



「亜理沙・・・行っちゃうね」



裕子が、ぼそりと呟く。



「仕方ないよ・・・こればっかりは、仲川次第なんだもん」



亜理沙が、鞄をもって祐樹先輩の立っているドアの方へと歩いていく。


今日は、聡と光太先輩は一緒じゃないのを見て、本当にこれがラストチャンスなんだと思った。


仲川は。


その時仲川は、何をするでもなく、ただマリィちゃんの入ったポケットを握り締めて、鞄を机に置いたまま突っ立っていた。


亜理沙の方は見ずに、下を向いている。



ああ、もう駄目だ。


長い片思いが、こんな形で終わりを迎えるだなんて。



皮肉以外の、何者でもないじゃない。



その時。



「え?」



亜理沙が祐樹先輩のところへ行くと、祐樹先輩はふわりと笑った。


二人は、高さの違う肩を並べて、靴箱の方へと歩いていった。



唇を噛み締める。



見えなくなって、これじゃ駄目だって。


まだ、仲川は、終わりじゃないって。



「仲川!」



私の声に、仲川がびくりと振り返る。



「行きなよ!早く、亜理沙とられちゃう前に!」



マリィちゃん、作ったじゃない。



「でも・・・こんなの、渡せるわけねーだろ」



可愛くないかもしれないけど。


でも一生懸命作ったじゃない。



「諦めないでよ」



仲川。



「亜理沙、待ってるかもしれないじゃん」



あんたはまだ、負けたわけじゃないんだよ。



「男なら」



だって亜理沙



「亜理沙のこと本当に好きなら」



祐樹先輩のところに歩いていく途中



「そのマリィちゃんと一緒に、その気持ちぶつけてこいよ」



仲川、あんたのこと振り返ったんだよ。



「宮崎・・・」



遠くでチャイムが鳴ったのが聞こえた。






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