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22.冷たい三日月5


22.冷たい三日月5



「拓也・・・!なんで?どうしてここにいんの?!」



信じられない状況が飲み込めると、私は拓也のもとへ駆け寄った。



「お前、観覧車乗るときにも呼んだんだぞ」



いつも付けているブラックのリストバンドで、拓也は額に浮かんだ汗を拭った。



「あれ、拓也だったの?」



「そうだって言ってんだろ」



―尚美!―



ゴンドラに乗り込む時に聞こえた、あの声。


あれは、拓也の声だったのか。



てっきり聞き間違いだと思ってた。



「え、でもなんで、拓也が此処に?」



自分よりも上にある拓也の目を見るため、少し顔を持ち上げる。



そうすると、拓也はポンと私の頭の上に手を置いて、こう言った。



「夜遅いから。ちょっと心配で迎えに来たんだよ」



優しく細められた瞳が、ネオンと一緒に私を映していて。



ゆらりと、その中の私が揺れる。




「マナイタ。そいつ、誰?」



「え?」



振り返ると、ゆっくりと聡が歩いてきて、私の隣で立ち止まった。


じっと、聡が拓也のことを見る。



背は、聡の方が少しだけ高かった。



「あのね、木高拓也っていうの」



「どうも」



頭だけの会釈。



それには何の反応も示さない聡に、拓也の視線が鋭くなる。



睨み合うように佇む二人。



「拓也…?聡…?」



閉園のアナウンスが流れて、今まで流れていた音楽が静かなものに変わる。



只ならぬ雰囲気に不安を感じ始めた時、フッと聡が拓也から視線を反らした。



「マナイタ、後はそいつと帰れ」



「え?あ、うん」



ジーンズのポケットに手を突っ込んで、聡は裕子たちの所へ戻って行った。



「あ、今日はありがと!楽しかった!」



私の声に、聡が振り返る。



「おう。またな」



そう言う聡の目は、まだ何処か拓也を見ているような気がした。



聡が戻ると、それぞれが私の方に手を振り、ゆっくりと出口の方へと歩き出して。



だんだんと小さくなる背中を、拓也と二人で見えなくなるまで見ていた。



「あれ、誰」



拓也は、もう見えなくなった聡たちの方をじっと見つめたまま言った。



「河本聡っていうんだけど、一つ上の三年。拓也は、会うの初めてだったんだよね」



側を、一組のカップルが通りすぎていく。



拓也は、一旦下を向いてから、私の方に顔を向けた。



「そのネックレス…」



キラリと、ゴールドの三日月が首元で光沢を放つ。



「え?あ、これ、今日聡が」



「それ」



拓也の目が、夜の闇で微かに光る。



「全然お前に似合ってねーよ」



さらりと、生温い風か吹き抜けていった。



少し離れたところにあるお土産屋さんが、大きな音を立ててシャッターを下ろした。



「拓也…?」



どうして、そんなことを言うの。



真夏の夜、不安で凍えそうになる。



拓也のその冷たい視線に。



息が止まりそうになるよ。



「帰るぞ」


「わっ」



そう言うと、拓也は私の手首を乱暴に掴むと、大きな歩幅で歩き出した。




暗い夜道を、手を引っ張られながら歩く。



ドリームパークを出ると、もうあの華やかな世界とはほど遠い、いつもの夜道が広がっていて。



青白い街灯の光に、数匹の蛾が舞っていた。



ぐいぐいと引かれる手首が、その度に鈍い痛みで痺れ出す。



私はなんとなく、ジェットコースターのときの聡の手を思い出していた。



あの時も、こうやって手首がぎゅっと痛んで。



足がもつれないように着いていくのが精一杯だった。



今、私が感じているのは、拓也の力。



誰よりも好きな、拓也の手。



いつもはもっと温かくて。

優しく私を包みこんでくれるのに。



なのに。


どうして今日は、こんなに苦しいんだろう?



歩き続ける拓也は、一度も私を振り返ることはなくて。



二人なのに、一人の時より、ずっとずっと不安だよ。



チャラランチャララン♪



暗い夜闇には不釣り合いな明るいメロディが、突然無機質に響きだした。



予想外のその音に、拓也も私も足を止める。



カーキのパンツのポケットで震える携帯。



「私のだ…」



私は携帯を取り出し、パカリと開ける。



明るいディスプレイには、『中間裕子』と表示されていた。



「はい、もしもし。裕子?」



『もしもし、尚美?聞いて!大変なのよ!』



電話越しで慌てる裕子の声が鼓膜を叩く。



何が大変なのか、よくわからない。



『今亜理沙たちと別れたんだけどね、祐樹先輩、亜理沙に明日家に来て欲しいって』



「え、あー、そうなの?」



『そうなの?じゃないわよ!それがどういうことか、あんた分かってないでしょ』



ギャンギャンと割れる裕子の声。


ちらりと拓也の方を見ると、側にある街灯をぼんやりと眺めていた。



『明日亜理沙が祐樹先輩の家に行くってことは、亜理沙が祐樹先輩の告白を受け入れるってことなの』



「え?」



状況がようやく把握できた。



明日、亜理沙は祐樹先輩に、告白の返事をしなければならなくなったのだ。



『だから明日学校が終わるまでに、仲川はなんとかしなきゃいけないってわけ!』



焦る裕子。


祐樹先輩に返事を返す前に、仲川は亜理沙に告白をしなければならない。



「でもマスコット、あの調子じゃ出来上がるのまだ先だろうし…」



いきなり迫ったタイムリミット。


良い案なんて、これっぽっちも浮かんでこない。



『仲川、どうすればいいのよ』



眉を寄せる裕子の顔が、目に浮かぶ。



「わからない…明日亜理沙が返事をする前までに、」



マスコットが出来上がれば、と、言葉が続くはずだった。



「?!」



『?尚美?…尚美?』



あまりに一瞬の出来事で、一体何が起こったのか分からなかった。



いきなり強い力で電話を持っていた手を掴まれて。



拓也の方を向いた瞬間、私の唇は、拓也のそれで塞がれた。



『もしもし?!尚美?』



携帯から響く、裕子の声。


そっと唇を離すと、拓也は何も言わずに私の携帯の電源ボタンをおした。


途端に裕子の声が消え、静寂が訪れる。



「拓…」



今のは、一体なんだったの。


頭が上手く回らない。


目を、拓也から反らすことができない。



「あいつらに…あんま関わんなよ」



そう言って、拓也は私の髪をサラリと撫でた。


その時の拓也の目は、なんだか苦しそうに、少しだけ揺れていた。




――うん。似合うじゃん――



ゴンドラの中での聡の優しい笑顔が頭をよぎる。


単純に嬉しかった。


意地悪だけど優しい聡を、私は好きだと思った。



――全然お前に似合ってねーよ――



冷たい拓也の瞳。


聡とは反対の、ずっと冷ややかなその声音は、私を死なせてしまいそうだった。




ねえ、拓也。



拓也の全てが。


拓也の全てが、私を駄目にする。



だから今も。



さっきのキスで、頭がおかしくなりそう。



ねえ、拓也。



今のは何?


私は、拓也にとって何なの?




くるりと私に背を向けて再び歩き出した拓也。



私も、遅れないように歩き出す。




首元で一回、ひやりと三日月が揺れた。





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