2.二人のベクトル
2.二人のベクトル
「え、なんでこうなんの?」
「だーかーらー、さっきも言っただろ?このベクトルとこのベクトルが平行だから…」
拓也の示す平行四辺形は、何度もシャーペンでなぞったりしているため、もう原形がわからないくらい真っ黒になっていた。
只今、放課後の教室で昨日返ってきた数学のテストのやり直し中。
教えてもらっているのは私。
教えているのは拓也。
拓也は何故か数学ができる。
あと化学と物理も。
でも、社会とか国語とかできないから、典型的な理系頭なんだ。
私はというと。
拓也とは真逆な文系頭だったりする。
だから数学なんかは大嫌いなわけで。
今数学のテストをやり直しているのも、点数があまりに悪かったため、単位を落とさないように先生が考えてくれた応急処置だった。
「あー!もう、分かんないー!」
「しっかり考えれば分かる」
「てかね、なんでベクトルとかしなきゃいけないわけ?!人生に矢印なんて必要ないでしょ?!」
「尚美。それ、屁理屈」
「屁理屈じゃないもん。本当のことだもん」
「ほら、つまんないこと言ってないで。さっさとやる」
「もうやだー。疲れたー」
言いながら、私は机の上に突っ伏した。
「尚美」
「私の人生には、平行四辺形も四面体も必要ないもーん」
なおも起き上がらない私を見て、拓也は呆れたようにため息を吐いた。
「たく。そんなことばっか言ってたら、美奈に愛想つかされるぞ」
「…」
「今は遠くにいるけど、お前も少しは美奈を見習えよ」
「…」
美奈は、数学は得意じゃないっていつも言っていた。
だけど、テストでは理系の子に負けないくらい、いつも上位で。
美奈は、数学が嫌いだとも言っていた。
でも、毎日自分から数学を勉強してて。
何に対しても、美奈は一生懸命だった。
『尚美、一緒に頑張ろう?一生懸命やったら、失敗してもきっと後悔なんかしないと思うの』
私が何かを諦めようとする度に、美奈は笑ってそう言ってくれたっけ。
私は、無言で起き上がると、ノートの上に転がっていたシャーペンを手に取った。
「…数学、がんばる」
「ん」
「嫌いだけど」
「知ってるって」
「ものすごく嫌いだけど」
「はいはい」
「美奈に負けないように、頑張ってみる」
私の言葉を聞くと、拓也は優しく笑った。
「よし、じゃあ次の問題やるか」
「あ、ちょっと待って」
拓也もシャーペンを握り直して「さあやろう!」という時に、私のストップがかかり、拓也は少し不思議そうに顔を傾げた。
「どうしたんだよ?」
「私、がんばる」
「?それはもう分かったって」
「だから、拓也も頑張って」
「は?」
怪訝な顔をする拓也をよそに、私はテストの問題用紙の半分の折り目に沿って、軽くシャーペンで線を引いた。
「こっからここまでは私も考えるから、あとの問題は拓也がやってよ」
「…」
ナイスアイディアでしょと笑う私の頭を、拓也がバシコン!と叩いたのは言うまでもない。