18.冷たい三日月1
17.冷たい三日月1
朝、九時五十六分。
只今、ドリームパークのエントランスゲート前に、裕子と亜理沙と私の三人は立っている。
ついにやってきてしまった、日曜日。
仲川のマスコット作りは、順調にいっているのかいないのか。
昨日ようやく頭の部分が完成した。
あ、まだのっぺらぼうですけどね。
ちらりと隣を見ると、裕子も亜理沙も、学校の時よりも大人っぽいメイクで仕上げていて。
裕子は、股下の短いグレーのパンツから、ゴールドのサスペンダーを垂らして、白い裸の女の人のプリントされたTシャツは、ぴたりとスタイルの良い体に張り付いていた。
亜理沙はピンクのワンピースで。
白いミュールが、女の子らしさをより引き立てていた。
二人とも、行きかう人の目を引くほど、綺麗だと思う。
それに比べて私は。
メイクは軽くしてはいるものの、この前拓也と遊んだ時とは比べ物にならないくらい雑。
原色的なオレンジのTシャツとカーキのパンツという、なんともボーイッシュなこのスタイル。
おまけに胸も無いときた。
美人二人に挟まれた感覚。
私服でとなると、なかなかキツイものがある。
はあ、とため息を一回ついた時、
「あ、来た!おーい!こっちこっち!」
裕子が大声を出して手を振った。
見ると、あの三人組が優雅にこちらへと歩いてきていて。
河本祐樹先輩。
相変わらず眩しい金髪で、爽やかに手を上げる。
黒いズボンが、長い足を更に長く見せていて。
白のタンクトップの上に羽織られた淡い黄色のパーカーは、なんともいえないほど夏によく合ってた。
田中光太先輩。
私たちを見つけて嬉しそうに振るその手には、いくつものアクセサリー。
迷彩柄のズボンに黒のタンクトップという、なんとも光太先輩らしいファッション。
そして、河本聡。
白と青のボーダーのワイシャツにジーンズという、なんともラフな格好。
だけど、その鎖骨にはしっかりと髑髏のネックレスがギロリと光っていて。
長い茶色の髪は、かすかに吹く風に、さらりとなびいていた。
この三人。
悔しいけど、本当に無敵だと思う。
いや、本当に。
そこらへんの女の子たち、皆彼らのこと見てますからね。
「ごめんね、待った?」
私たちのところにくるなり紳士的な笑顔を見せる祐樹先輩。
「いえ、全然大丈夫です!」
少し緊張気味の亜理沙が、胸の前で手をパタパタと振った。
上手く出会えたところで、さっそくチケット売り場へ。
少し長めの列ができていたけれど、すんなりと順番がまわってきて。
「何名様ですか?」
受付のお姉さんが綺麗な笑みを浮かべて聞いてくる。
「大人六枚」
祐樹先輩が答えるのと同時に、私たちは鞄から財布を取り出した。
えーと。
大人フリーパスは、四千五百円か。
料金を確認しつつ財布を開けると、
「あーいいよ。お金は俺たちが払うから」
くるりと私たちの方を向く三年三人組。
「え、でも」
困ったような声を出す亜理沙。
裕子も私も、どうするべきか少し悩む。
「亜理沙はわかるけど、うちらは、ねえ」
言いながら裕子が私に同意を求めてきて。
「裕子と私は、自分で払います」
私は再び財布を開けた。
祐樹先輩に好意をもたれている亜理沙は、確かに払ってもらってもおかしくはないけど。
裕子と私は、別に光太先輩や聡にどうこう思われているわけじゃないし。
千円札を四枚取り出した。
「あーもう!いいっつってんだから、いいんだよ!」
「あっ」
急に大きな声を出したかと思うと、聡はいきなり私の財布と四千円を取り上げると、四千円を財布の中に雑にしまい込んでしまった。
そして再び私の手元に返ってきた財布。
「おら、もうチケット買ったから。さっさと行くぞ」
聡はぶっきらぼうに言うと、ごちゃごちゃしていた間に買いおわったチケットを一枚、私に押し付けるように渡して。
「あ、ありがと」
裕子は光太先輩から、亜理沙は祐樹先輩からチケットを受け取る。
私たちは仕方なく財布を鞄の中に戻し、歩き出した三年三人組に付いて行った。
入り口を通り抜けるときに、フリーパスの証となるベルトを腕につけて貰って。
中に入ると、そこは外の世界とは全く違う、本当に夢のような光景が広がっていた。
「わー!」
小さな頃に数回来たことがあるくらいで、まったく記憶になかったから。
私は思わず声をあげた。
かぞえられないくらいの花が植えられた下段が、目の前にある大きな噴水をぐるりと取り囲んでいて。
いたるところに、小さなお店。
そこからは、色とりどりの風船がふわりと宙に浮いていた。
「ぷっ。何そんなに喜んじゃってんだよ。ガキだな、やっぱ」
少しの間夢の世界に浸っていた私を、いつもの憎たらしい声が引き戻す。
「む。いいでしょ、私は感受性豊かな純粋な女の子なの。あんたみたいな、心の干からびちゃった不良野郎とは違うんですー」
「誰が純粋な女の子だよ」
鼻で笑う聡に、戦闘体勢に入る私。
「まーまー、二人ともー」
苦笑を浮かべてとめに入る亜理沙。
「ほら、沢山乗り物あるよ。何から乗ろっか?」
裕子はパンフレットを広げて地図とにらめっこ。
そんな裕子の隣から、光太先輩が一緒に裕子の広げていた地図を覗き込んで。
いきなり距離の近くなった光太先輩に、裕子は少し驚いたように顔をあげたけど、何も言いはしなかった。
「最初だから、空中ブランコとかからがよくね?」
言いながらポンと地図のある部分を叩く光太先輩。
それは、ここからそんなに離れていない所で。
「いいですね、そうしましょうか」
裕子は言いながら地図を畳み、鞄にしまう。
「じゃあ行こう」
祐樹先輩が言って、私たちは空中ブランコに向って歩き出した。
そのとき、祐樹先輩は亜理沙の隣を歩いて。
そっと、その手が亜理沙の肩に回ったのを、私たちは見逃さなかった。
私たちがこうして此処にいる理由。
まあ、強引に誘われたっていうのもあるんだけど。
亜理沙と祐樹先輩の仲を邪魔するためでしょ?
私は裕子と目を合わせると、大きく息を吸い込んで、
「亜」
理沙と言おうとしたんだけど。
「・・・なにすんのよ」
裕子は光太先輩に、私は聡に腕を引っ張られて。
腕を肩に回され、がっちり捕獲されている状態。
「お前らは、俺らと」
聡はニヤリと口の端を上げる。
「はい?」
「よーするに、祐樹と亜理沙ちゃんは別行動にしてあげましょーねってこと!」
今度は光太先輩が楽しそうに言って。
「はー?!」
なに馬鹿言ってんのよ!って怒りながら裕子は暴れたけど、その腕が解かれることはなくて。
「亜理沙ー!」
私の呼ぶ声も空しく。
私たちの異変に気付かない亜理沙は、祐樹先輩と共に、日曜日の遊園地という人ごみの中へと消えていった。