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15.王子と乞食


15.王子と乞食



昨日終業式が終って、さあ夏休み!っていきたいところだけど。



高校生には夏期補習ってのがあるんですねー。



早速今日から一週間、みっちりと一日三時間ずつ予定が組まれていて。



私は今、うるさい蝉の鳴き声の中、痛い日差しをうなじに受けて、のっそのっそと歩いている。



「あついー」



空には大きな入道雲。



輝く太陽は休むことを知らず。



お日様大好き向日葵ちゃんも、この暑さに完璧に干上がっていた。



一人文句を呟く私。



それも蝉にかき消されて、自分自身にも聞こえたか聞こえなかったかわからない。



まだ八時というこの時間、影は自身の半分の長さも映してはいなかった。



「なーおーみ!」



呼ばれて声のした方を振り返ると、裕子と亜理紗が仲良く駆け寄ってきた。



「おー、おはよー」



「おはよ。今日も暑いねー」



言いながらマリーちゃんのうちわをぱたぱたと動かす亜理紗。



ばっちりメイクの裕子とは正反対に、亜理紗は軽くリップを引いているだけ。



色の抜いていない真っ黒な長い髪に、赤い唇がよく映えていた。



「今日一時間目なんだっけ?」



「生物ー」



喋りながら歩き出す。



裕子を真ん中に、三人並んで。



「生物って・・・補習までして何やんだよお」



「遺伝だって」



「げー」



勉強全般が嫌いな裕子は、本気で嫌そうな顔をする。



「遺伝とか。私全然わかんないんですけど」



「苦手な人多いって先生言ってたもんね」



私たちは全員文系だから、理科とか数学は得意じゃない。



裕子だけじゃなくて、私だって遺伝なんてわからないわよ。



組み換え価とか判性遺伝とか。



文系だから用語を覚えるのは得意ですけどね。




じっとりと制服が背中に張り付くのを感じながら、大きく開けられた校門を抜ける。




うねる様な坂を上り、グラウンドの端に沿ったピロティーを真っ直ぐ行くと、校舎に続く造りになっていて。



朝から練習している野球部やテニス部を横目に、私たちはピロティーを歩いていた。



「あの」



後ろから声がして、三人同時にぴたりと止まる。



一瞬私たちが呼び止められたのかどうか分らなかったけど、前に続くピロティーには誰もいなかったから、私たちで合ってるんだと確信した。



振り返ると、背のスラリと男子が一人立っていて。



「ごめん、急に呼び止めたりして」



謝りながらゆっくり歩いてくる彼に、私は見覚えが無かった。



「あ、いえ、別に大丈夫ですけど」



裕子が不思議そうに応える。



亜理紗も大きな目を不安そうに揺らしていて。



どうやらこの二人も知らないらしい。



「あの、どうしたんですか?」



亜理紗が恐る恐る口を開いた。



さっきまで動かしていたうちわは、今はもうぴたりと止まっている。



「あ、うん、あのさ・・・」



何かを言おうとして口ごもるその彼を、私は少し観察してみた。



長い前髪はセンターで分けられ、後ろは遊ばせるように軽く跳ねさせている。



金に近いほど色の抜かれた髪は、太陽に眩しかったけれど、色白ということもあり、どちらかといえば爽やかな印象を与える。



目は切れ長で綺麗な形をしていて、鼻筋もスラリと通っている。



うん。


言うこと無しのイケメンである。



「あの」



決心したかのように、さっきより少し力の入った声を出して、その彼は裕子でも私でもなく、亜理紗の方を向いた。



「俺、河本祐樹っていうんだ」



いきなりの自己紹介に少し驚いたような亜理紗は、黙って続きを待った。



河本。


どこかで聞いたような苗字だ。



河本祐樹は、強い眼差しとは逆に、優しい口調で続けた。



「もしよければ、俺と付き合ってもらえないかな」



それはとても紳士的で。



サマになっているとしか言いようの無い告白シーンだった。



当然、亜理紗は途端に白い頬を真っ赤に染めて。



口をパクパクしている。



こういうのが、乙女っていうんだろうね。



「お、祐樹じゃーん」



聞き覚えのある声が河本祐樹の後ろから聞こえてきて、全員がそちらを向いた。



そこには。



「あ、河本!」



未来のビッグピアニストこと河本聡と、もう一人知らないヤンキーが、手を振ってだらだらと歩いてきていて。



「よう。また会ったな、マナイタ」



私に気が付いた河本聡は、面白そうに笑いながら言った。



「マナイタじゃないってば!」



言い返してみて、気が付く。



河本祐樹。


河本聡。



苗字が同じなのは、こいつのことだったんだ。



「お?まさかお前、いつも話してたカワイ子ちゃんにとうとう声かけた?」



河本聡の隣にいたヤンキーは、楽しみを見付けたかのように目を輝かせて亜理沙を見た。



「おー!マジに可愛い!」



短い眉と襟足だけ伸ばした黒い髪が、どことなく威圧感を感じさせて。



河本聡と親しそうなところを見ると、この二人も三年だと分かった。



楽しそうに笑うそのヤンキーとは反対に、亜理沙は怖いのかかすかに震えている。



「光太、怖がってるだろ」



それに気付いた河本祐樹先輩は、静かにそいつに言って、亜理沙に「ごめんね」と謝った。



「悪い悪い。俺、田中光太っつうの。よろしく」



ニカッと笑った顔は何処か幼いようにも感じられて、亜理沙も少し安心したようだった。



「で、そのカワイコちゃんの名前は何て言うんだよ」



「あ、わ、私、国本亜理沙っていいます」



河本聡の言葉に、慌てて亜理沙は名前を言った。



「亜理沙ちゃんっていうんだ?可愛いね」



河本祐樹先輩はそう言って優しく微笑んで。



その綺麗な笑顔に、亜理沙はまた頬を赤く染めた。



「てか尚美、その茶髪の人と知り合いなの?」



何気無く聞いてきた裕子。



早い話の流れに、イマイチ着いていけていないようだ。



「うーん、知り合いっていうかなんというか」



「河本聡っつーの。ヨロシク」



私と出会った時とは違って、河本聡は裕子にニッコリと笑ってみせた。



…裕子は胸が大きいからだろうか。



「え、河本?」



名前を聞いて、裕子は河本聡と河本祐樹先輩を交互に見た。



「俺たち、苗字一緒なんだ」



でも兄弟とかじゃないから、と付け加える河本祐樹先輩。



「ややこしいから下の名前で呼んでくれていいよ」



河本聡と河本祐樹。



うん。


確かにややこしい。



「あのさ、もしよかったらメアド交換しない?」



「え?」



「駄目かな?」



不安そうに目を細める祐樹先輩に亜理沙はブンブンと頭を横に振ると、スカートのポケットからミニィのストラップが付いたピンクの携帯を取り出した。



「あ、ずっりー!」



それを見て、光太先輩もポケットから携帯を引っ張り出す。



「もう皆で交換しちゃおーぜ!」



携帯を開きながらのその提案に、祐樹先輩は明らかに嫌そうな顔をしたけど、結局その後私達も携帯を出してメールアドレスを交換した。



河本聡、河本祐樹、田中光太。



新規登録された三人のアドレス。




まさか聡とメールアドレスを交換するとは思いもよらなかった。



それぞれが操作し終えて携帯を閉じた時、丁度予令のチャイムが鳴った。



「ごめんね、時間とらせちゃって」



「あ、いえ」



また連絡するねと言うと、三人は三年の靴箱の方へと歩いて行った。



その時、聡は私に「またな、マナイタ」と言って。



多分携帯のアドレス帳にも『マナイタ』で登録されてるな、と思った。





「ねえ」



教室に向かう途中の廊下で、裕子に肩を叩かれる。



「ん?」



「亜理沙見て」



言われて亜理沙の方を見ると、完全に上の空だった。



ぽーっと明後日の方向を見ている。



「あー、自分の世界に入っちゃってるね」



「どうする?」



「何が?」



別に自分の世界に入ってしまっても、あんなに素敵な人に告白されたんだから仕方ないんじゃないかな。



「尚美、忘れたの?」



「え?」



私の間抜けな反応に、裕子は呆れたというように眉を寄せた。



「仲川よ」



「仲川?」



仲川。

仲川俊。



同じクラスで結構仲の良い男子で、拓也ともよくつるんでいる。



その仲川がどうしたと、



「あ」



思い出した重要な事実。



「仲川、ピンチじゃん…」



私の言葉に、こくりと頷く裕子。



亜理沙は相変わらず上の空。



「どうしよう…」



あの仲川の脳天気な顔が頭に浮かぶ。



祐樹先輩にはとうてい敵いっこない。



仲川は、ずっと亜理沙のことが好きだったんだ。



もんもんとした気持ちで、二年B組の教室に辿り着く。



さあ、本当にどうするべきか・・・。



「はい、ではキムタクのモノマネをするホリやりまーす」



ドアを開けた途端、まさに問題の仲川俊の、やっぱりノーテンキな声が耳に入ってきた。



「『ちょ、ちょお、待てよお』」



「似てねーぞー」



「ぎゃはは」



入り口付近の席で、大して上手くないモノマネを見て笑っているのは、拓也と西田。



亜理紗が先にふらりふらりと教室に入っていき、その後裕子と私が続く。



その馬鹿三人の傍まで行くと、裕子は、コマネチをし出した仲川の頭に、バフン!と鞄をぶつけた。



「いってー!」



「はよー、中間、宮崎」



「尚美、今日遅かったじゃん」



痛みに床にしゃがみこむ仲川は軽く無視し、拓也と西田が声をかけてきた。



「まあ、ちょっとね」



「てか、仲川」



「なんだよー、この凶暴女」



まだうっすらと目に涙を溜めて、仲川はゆっくりと立ち上がる。



「いいこと教えてあげる」



「いいことだー?」



まだおふざけ半分だった仲川を、裕子はギロリと睨んだ。



その視線に、仲川だけじゃなく、拓也も西田も真剣な面持ちになる。



「な、なんだよ」



「あんた、亜理沙のこと好きでしょ」



突然の裕子の言葉に、仲川は途端に顔を真っ赤にした。



「なななななななな、何言ってんだよ?!」



噛みまくった上に、最後は声が裏返る。



ほんと、分りやすい奴だ。



「早くしないと、亜理紗とられちゃうわよ」



慌てふためく仲川にかまうことなく、裕子は強い眼差しのまま言った。



それは、なんの感情もこもっていないような冷たい響きをもっていたけど、それが余計に、裕子の真剣さを表していた。



「は?」



裕子の言葉に、ぴたりと動きを止める仲川。



「てか・・・国本は?」



拓也の言葉に、裕子は何も言わずに亜理紗のほうを見た。



その視線の先を追うようにして、男子三人も亜理紗の方を向く。



やっぱりぽーっとしたまま、亜理紗は席に座っていて。



「なんか、様子いつもと違うくない?」



西田が言った。



「三年の河本祐樹。亜理紗、その人にさっき告られたのよ」



裕子の言葉の後、一瞬の沈黙。



「え、えー?!」



それを破ったのは、やっぱり仲川で。



「う、嘘だろ?!まじ?!悪い冗談だろ?!」



「こんな冗談言ってどーすんのよ、ばーか」



裕子の応えに、仲川の顔色がサーっと変わっていく。



「因みに、あんたなんかより何百倍もかっこいいから。祐樹先輩」



「ゆ、裕子」



更に追い討ちをかける裕子に、さすがに仲川が可哀想になった。



「俺、どーしたらいいんだよお」



がっくりと項垂れる仲川に、私たち四人は顔を見合わせて。



拓也は、困ったように腕を組んだ。



「仲川、元気出せよ」



「そーだよ、元気出して」



これは、拓也と私の言葉。



「てか、お前に国本は高嶺の花すぎたんだって」



「今度は自分と釣り合う子を好きになればいーじゃん」



これは、西田と裕子の言葉。



その言葉に、更にダメージを受ける仲川。



「ちょ、ちょっと二人とも!」



「仲川、できるかぎり俺たちも協力するからさ!」



必死な拓也と私の声に、仲川はゆっくりと顔を上げた。



「木高、宮崎・・・」



うっすらと目に涙を溜めている仲川は、まるでチワワのくーちゃんみたいで。



私は思わず、祐樹先輩の方が男らしいな、と思ってしまったのだった。





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