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14.モノクロ涙


14.モノクロ涙



朝六時半に目覚ましをセットして。



目覚まし時計は、しっかりと頼んだ通りの時間に私を起こしてくれた。



ピピピピうるさい音を止めるために体を起こす。



ボタンを押してから、うーんと背伸びをして、床に足を付く。



窓の所まで行きカーテンを開けると、外は気持ちのいいほどの晴天だった。



「うん。いい日になりそう」



思わず笑顔が溢れてくる土曜日の早朝。



駅前十時に待ち合わせで、六時半に起きる自分に、少しだけエールを送る。



がんばれ、尚美。

とびきり可愛くなるのよ、尚美。



私は部屋から出て、そっとダイニングへと向かった。



平日は仕事のために朝の早いお父さんとお母さん。


土日くらいは、ゆっくり眠らせてあげたいじゃない。



まだ暗いダイニングに電気を付けた後、裏庭に面している大きな窓の雨戸を開けて、室内に太陽の光を入れた。



お父さんもお母さんもまだ起きていない、私だけの朝。



たまには新鮮でいいかもしれない。



食パンを出してきてオーブントースターで焼き、インスタントのコーヒーをいれる。



テーブルにもっていき、いただきますをしてから、一人で静かに食べた。



まだ涼しい、夏の朝。



うちには朝顔はないけど、たぶん今頃満開なんだろうな。



そんなことを考えながら、コーヒーを飲み終えると、食器はそのままで洗面所へと向った。



顔を洗って、歯を磨いて。



ほんでもってちょっと眉毛を整えて。



うん。

なかなかいい感じ。



鏡の中でニコッと笑顔をつくっている私は、傍から見ればかなり気色の悪い人だろうけど。



今日は、特別なんです。



その後また静かに部屋に戻ると、お父さんとお母さんが起きてくる音がして。



時計を見ると、八時を少し回ったところで。



あの有意義な朝の時に、結構時間をとってしまったと後悔する。



私は少し急いで、クローゼットを開けて服を取り出した。



中間テストが終った後にお母さんに買ってももらった、白いワンピース。



キャミソールのような形になっていて、丈の短いデニムジャケットを上から羽織るやつ。



ありきたりだけど、どうしても欲しくて。



実は、このワンピースを着るのは今日が初めて。



パジャマを脱ぎ捨て、慎重にチャックを下ろし体を通す。



姿見をちらりと見ると、やっぱり可愛いなって満足してみて。



チャックを上げたあと、デニムジャケットに腕を通した。



うん。

服はこれで良し。



肩に付くか付かないか程度の短い髪は、残念ながら巻いたりできないから、白と黒のチェックのカチューシャを付けた。



普段は化粧なんてしないけれど、アイライナーを引き、上瞼にベージュのシャドウを、涙袋のところに白のシャドウを軽く乗せて。



最後に桜色のリップを引いて完成。



おそるおそる姿見の前に立ってみる。



「おー」



思わず自分に賞賛の声をあげた。



慣れていないにしては、目の前の鏡の中には乙女な女の子が立っていて。



「拓也、可愛いって言ってくれるかな」



逞しい想像力に、筋肉がだらしなく緩む。



時計を見ると九時二十分。



うん。

丁度良い時間じゃない。



私はお気に入りのシルバーの鞄をタンスの中から取り出した。



ううん。


取り出そうとした。



「・・・ない」



以前にも同じようなことがあったかもしれないけれど、そこは敢えて気にしない。



今は目の前の現実だけ。



「え、なんで、なんで無いのお?」



少しずつヒステリックになりながら、タンスの中をかき回す。



けど、やっぱり無くて。



こうなったら、もう助けを借りるしかない。



「お母さーん!私の銀色の鞄知らない?!」



私はドスドス走って、ダイニングへと向った。



ドアを開けると、お父さんもお母さんもゆっくりと朝食タイムで。



「尚美の鞄?あーどっかで見たわね」



「その『どっか』ってどこよ?!」



「そんなの忘れたわよ。ちょっと待って、一緒に探してあげるから」



食べかけのトーストをパン皿に戻すと、お母さんは椅子から立ち上がった。




客間、廊下、トイレ、洗面所。



あらゆる場所をひっかき回す。



途中からはお父さんも加わり。



ヒステリックを起こす私に、お母さんが軽くキレて。



家族みんなで、家中を探し回った。


 


それから二十分。



ようやく見つかった私の鞄ちゃんは、私の部屋の、さっき脱ぎ散らしたパジャマの下。



灯台下暗しってね。



時計を見ると、十時五分前。



「あー!遅刻だー!」



結局こうなる。



「走っていきなさい、走って!」



鞄がパジャマの下から出てきたことでかなり機嫌の悪くなったお母さんは、私の背中をバシンと叩いて家から送り出した。



お気に入りのバレエシューズをはいて、走る走る走る。



でも、汗はかかないように気をつけながら。



化粧が崩れるのは、やっぱり嫌だもん。




駅前につくと、大きな時計台のところに背を凭れさせ、拓也は立っていた。



「拓也!」



私の声で気が付いて、拓也もゆっくりと私の方へと歩いてくる。



「ごめんね、遅くなっちゃって」



大きな時計台の長い針は、もうすぐ四を指そうとしていた。



息を整えながら、少し乱れた髪も整える。



幸い、カチューシャのおかげでそこまで乱れてはいなかったけど。



「尚美、お前遅えよ」



「だからごめんって!」



笑いながら言う拓也を見て、ホッと一息。



怒ってはいないみたい。



「尚美」



「ん?」



じっと、私を見る拓也。



「どうしたの?」



きっと、いつもと違って乙女な私に少しはびっくりしてくれてるのかもしれない。



可愛いねって、そう言ってくれるかもしれない。



「何か、付いてる?」



一応言ってみる。



にっこりと、女の子らしい笑顔を作って。



「やっぱり」



「え?」



「イモムシついてんぞ、肩に」



・・・はい?



おそるおそる肩の方を見る。



そこには、可愛い可愛い灰色のイモムシちゃん。



「ぎゃー!取って取って取って!」



さっきの女の子らしい笑顔は何処へやら。



「あーとってやるから暴れんな!」



結局いつもと変わらない始まり。



待ちに待った土曜日のデート。



滑り出しは最悪です。





イモムシがとれて一段落ついた拓也と私は、早速映画館へと向った。



この辺りでは一番大きな映画館。



収容可能人数もかなりのものというのが売りなのだけれど。



チケット売り場には既にものすごく長い列。



「なあ、どうする」



その光景を目にした拓也が言った。



この映画館は、今では珍しく指定席じゃないから、長い間列に並んで待たなければならない。



「どうしよう。やめとく?」



「・・・そうだな。ゲーセンでもいくか」



そう言ってくるりと方向を変える拓也。



私もそれについていく。



「あの、ごめんね?」



「え、なんだよ、急に」



いきなり謝る私に、拓也は不思議そうに首を傾げた。



そろそろ十一時ということもあり、だんだんと街が賑やかになっていく。



「あー、だって」




「あれー、拓也くんじゃなーい?」




突然のその声に、同時に後ろを振り返る拓也と私。



聞きなれた猫なで声。



そこには、私服姿の柴山さんが大きな紙袋を手に立っていた。



「こんな所で会うなんて超ぐうぜーん!」



そういうと柴山さんは嬉しそうに拓也の腕に抱きついた。



「よう。柴山、買い物?」



もう慣れてしまったのか、それに対して全く動揺しない拓也。



会いたくない奴に会ってしまった。



「うん!どうしても欲しいキャミがあってね!拓也くんは、なんで宮崎さんなんかといるの?」



宮崎さん『なんか』っていうのがどうもひっかかるけど、敢えて何も言わない。



「今から二人でゲーセン行くんだよ」



「いいな!マリも拓也くんと遊びたーい!」



言いながら更に強く体を引っ付ける柴山さん。



柴山さんが現れた時点で予想はしていたけれど、流れは最悪な方向へと向っている気がする。



「ねえ、マリ今から暇なの。一緒に遊んじゃだめ?拓也くん」



くるりとした大きな瞳で拓也を見上げる柴山さんは、やっぱりすごく可愛くて。



そのときに、ふと柴山さんも白のワンピースを着ていることに気付く。



私と同じようにデニムジャケットをひっかけて。



その格好はほとんど私と同じだったけれど、私よりもスタイルがよくて、髪もふわふわに巻いて、顔も可愛い柴山さんは、鏡の中の私なんかよりずっとずっと魅力的だった。



『拓也くんと宮崎さんって、本当笑えるくらい釣り合ってないんだもん』



いつかの、柴山さんの言葉が頭の中に響く。



『あなたは拓也くんにはふさわしくない』



真っ白なワンピース。



こんなの、着てこなきゃよかった。



「あー、柴山、ご」


「あのさ!」



何かを言いかけた拓也を私の声が遮る。



そんな私に驚いたように、拓也と柴山は同時にこちらを見た。



「あの、ね、私、急用思い出しちゃったんだよね」



「は?」



「だから、ゲーセンには拓也と柴山さん二人で行ってよ」



私の言葉に、明らかに怪訝な顔をする拓也。



「尚美、お前何言って」



「じゃ、そういうことだから!ごめんね!」



「おい!」



呼び止める拓也の声を背中に感じて、私は家の方へと走り出す。



その場を離れるとき、ちらりと笑った柴山さんの顔が見えた気がした。





走って走って。



朝より走って。



「・・・きゃっ!」



そしてこけた。



「いっ、た・・・」



受身を取り損ねて、見事に膝で着地。



ゆっくりと体を起こすと、膝からは真っ赤な血がじわじわと滲み出てきて。



初めて着たワンピースも、小さな砂利に引っかかって、見事に破れてしまった。



「もうやだ・・・」



呟きながら、乱暴にカチューシャを取る。



ほら。

もうこれで、いつもの私。



がんばってお洒落なんかするから。



慣れない化粧なんかするから。



拓也に可愛いって思ってもらいたいなんて、そんな無謀なこと考えるから。



「かっこわる・・・」



地べたに座り込んだまま動けない。



足も痛いし、手も痛いし。



心も、すっごく痛い。



「ぅっ、ぅう・・・」



全てが台無し。



泣いてしまった今、化粧だって台無し。



黒い涙が、ぽたりと白いワンピースにしみをつくった。




この日を、すごく楽しみにしてた。



いい日になればいいって、本当にそう思ってて。



だけど、こうしてしまったのは、全部私の所為。



鞄が見つからなかったことから始まって、遅刻したことで映画は見れなくて、拓也を柴山さんに渡して終る。



ぜんぶ、ぜーんぶ、私の所為。



とことん、私って馬鹿だなって思う。



「あー、もう、馬鹿馬鹿馬鹿」



「誰が馬鹿だよ」



いきなり声がして、びっくりしながらも振り返る。



「え、なんで」



「何俺置いて先に帰ってんだよ。てか、お前に急用とかねえだろ、万年暇人野郎」



拓也は言いながら私の前にまわり、しゃがみこんだ。



「おまえ、こけた?」



「・・・うん」



「どんくせーな。たく。膝、血出てんじゃねえかよ」



痛々しそうに私の膝を見ると、拓也は私の手をとり、ゆっくりと立たせた。



「歩けるか?」



「うん、たぶん」



拓也の腕が、支えるように私の肩に回る。



「顔もぐしゃぐしゃだし」



「・・・うるさい」



「とにかく一旦帰って、消毒してこい。それからまた何処でも行けばいい」



「え?」



拓也を見ると、優しく笑っていて。



「さっき俺が柴山に断ろうとしたのにお前は。俺言っただろ?二人で出かけようって」



「・・・でも」



私の小さな声に、拓也はぎゅっと私を更に引き寄せた。



「映画が見れなかったのはお前の所為じゃない。柴山に会ったのだって、ただタイミングが悪かっただけだ」



「拓也」



「それから!」



今まで私の方を向いていた拓也は、顔を前に戻して言った。



「今日のお前、まあ、か、か、可愛かったから!」



その途端拓也は、耳まで真っ赤にして。



それを見た私も、顔が熱くなるのを感じて。



「・・・ありがとう」



そう言うのが精一杯だった。




もうすぐお昼の外は、影はほとんど無くて。



小さな公園からは、蝉がうるさく鳴いている。



肩に回された手は、まだそのままで。



そこから伝わる熱は、やっぱり私を溶かしてしまいそうにして。



痛む膝と、涙で乾いた顔。



周りから見ると悲惨な私。



だけど。



今私は、きっと誰よりも幸せ。







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