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13.君の音色に魅せられて


13.君の音色に魅せられて



チャイムが鳴り、一斉にシャーペンを置く。



答案用紙を回収されながら、全員がテストからの解放の喜びの声をあげた。



「終わったー!」



四日間にわたる一学期学期末考査が、たった今終わったのだ。



テストのできや成績表など、過ぎたことは悔やんでも仕方がない。



もう私たちのすぐ目の前までやってきているのは、



「夏休みだー!」



そしてもう一つ。



私には、もっともっと大きなことが。



「尚美」



軽い終礼が済み、それぞれが鞄を手に教室から出ていく中、私を呼ぶ拓也の声が聞こえる。



「拓也」



「明日、何処行きたいか考えたか?」



そう。


明日。



「んー、まだよく分かんないけど、映画とか?」



「映画かー。今何かおもしろいのやってたっけ?」



拓也が手を顎に添えて、最近の話題作を考える。



そんな姿も、絵になるくらいキマっていたりして。



明日、私は拓也とデートをします。



一緒に遊んだりしたことは何度もあるけど。


実は二人でわざわざ出かけるのは、これが初めてだったりする。



「あ、ほら、バイオハザード!今やってなかったっけ?」



「バイオハザード?」



「ほら、ゲームが基になって作られたやつ。なんかかなり面白いらしいよ」



その後拓也は、もう一度「バイオハザード」と呟きながら何かを考えたようで。



頭の中で一段落つくと、拓也は笑顔でOKと言った。



その笑顔を見て、私は更に明日が待ちどおしくなった。



「尚美、もう帰るだろ?」



聞かれて、私が「うん」と答えようとした時、



「宮崎ー!」



いきなり大声で呼ばれて、少し驚く。



見ると、教室の前のドアから、音楽の早川先生が顔を突き出していて。



以前にもあったように、私に向かって手招きをしている。



うん。

行きたくないな。



聞こえなかったふりをしようかと思ったとき、再び大声で名前を呼ばれ、仕方なく拓也に「先に帰っといて」とだけ言い、先生の所へと向かった。



「…なんですか」



「いやー、良いところにいてくれたよ、宮崎」



前にも同じような会話をしたなあと思い出す。



相変わらず先生は、悔しいけど男前だった。



「実は音楽室の掃除を少し手伝って欲しいんだ」



はい、きたー。



「え、嫌ですよ。なんで私が。音楽係とかいるじゃないですか」



もっともな不満を明らかにする。



「それが音楽係の子たち、言っても絶対来てくれないんだよ」



困ったように肩を上げる先生。



うちのクラスの音楽係を思い出す。



…確かにギャルだ。



「でも、だからってなんで私が」



「この前手伝ってくれただろ?その時は本当に助かった。そうやって頼まれてくれるのは、もう宮崎くらいなんだよ」



「でも…」



あの時手伝わなきゃよかったと、後悔してももう遅い。



「頼むよ、宮崎」



顔の前で手を合わせ、必死に頼み込んでくる先生。



そんな姿を見て、断わるなんてこと、私にはさすがに出来なくて。



「…わかりました」



「宮崎!ありがとう!」



途端に先生の顔が輝き、それが少しだけ、ほんの少しだけ、嫌だなという気持ちを軽くしてくれた。



「今から音楽室に行けばいいんですよね?」



「ああ。で、箒で床掃いて黒板拭くだけでいいから」



「先生は、」



「悪いけど今から会議で行かなきゃいけないんだよ。終わったら適当に帰ってくれたらいいから!」



「えっ、ちょっ」



「じゃ!頼んだ!」



言い終わる前に、先生はピューッっていう効果音が聞こえてきそうな勢いで、階段へと走っていってしまった。



「先生ー!」



一応叫んではみたものの、先生が戻ってくる気配は無い。



逃げたよ。

あの先生。



教室に戻って、拓也にもう一度先に帰っておくように言ってから、私は音楽室へと向った。




防音製の重いドアを開けてみて、驚く。



私の他にもう一人、早川先生に掃除を頼まれた人がいたらしい。



こちらに丁度背を向けるようにして立っていたので、そこにいる男子生徒の顔は分らなかったが、箒をもっていることはちらりと見て取れた。



「あのー、私も掃除で・・・」



そのとき初めて私に気が付いたように、その生徒はくるりとこちらを向いた。



あ、ほら。

やっぱり箒もってる・・・って、



「あー!」



顔を見て、私は思わず大声をあげた。



「あ、あんた、あの時の!」



「なんだ、お前か。マナイタ」



箒を手に立っている色の薄い髪をした男は、私を見ておかしそうに口の端を上げた。



そこに立っていたのは。


そう。

テスト前日、丁度プリントを手に音楽室に向う途中正面衝突した、あの、私を『マナイタ』よばわりした不良野郎。



「なんであんたがここにいんのよ」



「見て分かんねえ?掃除しにきたの。胸の貧弱い奴は頭も貧弱いんだな」



鼻で笑いながらのその言葉。



やっぱりムカツク奴だ。



「そ、それくらい分かってるわよ!」



「じゃあ聞くな」



「私が聞きたかったのはそういうことじゃなくて、なんであんたみたいな不良野郎が掃除を引き受けたのかってこと!」



一気に言い終えて、一度大きく息を吸う。



不良野郎は、なんだそんなことか、とでも言うように肩をすくめた。


そして、得意げに、



「んなの、俺が優しいからに決まってんだろうが」



そう言った。



「・・・」



「なんだよ」



「・・・いや、あの、それってツッコめばいいのか、それともスルーしたらいいのか」



「な、本当のこと言っただけだろ!」



私の言葉に、顔を赤くする不良野郎。



それがおかしくて、少し笑えた。



「なに笑ってんだマナイタ」



「べっつにー」



まだ笑が止まらない私に、奴は恥ずかしそうに頭を掻いた。


不良野郎は耳まで真っ赤にしていて。



ようするにだ。


この不良野郎も身形はこんなだけど、頼まれたら断れない、いわゆるお人好しなのだ。



「箒、あそこのロッカーの中にあるから、笑ってないでさっさと掃除しろ。マナイタ」



「はいはい」



私は言われたように箒を取り出してくると、適当な場所を掃き始めた。



サッサッという二本の箒の音が響く。



窓の外からは野球部の掛け声が聞こえてきて。



静かな時間だなあと思った。



「ねえ」



「ん?」



「不良野郎は何年なの?」



「俺?三年。」



「え、最高学年じゃん」



髪型からして同学年か年上だろうと思っていたけど、実際三年と言われると少し驚く。



「それがどうした。てか、お前一年だろ」



「は?!違うし!二年だし!って、あ、それより、受験とか大変じゃない?大丈夫なの、こんな掃除なんかしてて」



「あー、俺推薦だから」



「はい?」



今、『推薦』って言いました?この人。



「ちょ、ごめん。聞き間違いかもしれないけど、今『推薦』って言った?」



「言った」



「え、『推薦』って学校から推薦されるってことだよね?!」



「そうだよ」



私の態度に、眉を寄せる不良野郎。



「・・・あんた、学校から『推薦』されんの?」



世も末だっていう顔をする私を、不良野郎はまた鼻で笑った。



「お前、俺の実力知らねえだろ?」



「知ってるわけ無いでしょ」



たった今まともに話したばかりで、あんたの何を知ってるっていうのよ。



「しゃあねえな。いっちょ聞かせてやるか」



「え、聞かせ?え?」



不良野郎は、少し長めの髪を腕に嵌めていたゴムで一つにまとめ、ピアノの方へと歩いていく。



家には置けないような、立派なグランドピアノ。


その黒い体が、蛍光灯の光を浴びて艶やかに輝いている。



奴は蓋に手を掛け、そっとそれを開けた。



少し黄ばみかけた鍵盤に、優しく指を乗せる。


まるで、愛しむように。

まるで、恋人に触れるかのように。



鍵盤から一瞬指を上げた次の瞬間。



この空間を激しい旋律が埋め尽くした。



この曲を、私は知らない。


体を揺らして鍵盤を叩くこの男を、私は知らない。



それはまさに、ピアニスト以外の何者でもなかった。



縺れるように動くその指先は、決して狂うことなく。



激しく胸を打つその音を、本当にこの男が奏でているのだろうか。



ここが何処なのかが分らなくなる。



外の喧騒は、もはやぴたりと止んでしまっているかのよう。



時が進んでいるのか、止まっているのか。



それすらも、分らなくしてしまう音だった。




不協和音のような複雑な和音を叩き、不良野郎はピアノの方に偏っていた体をがばりと戻した。



少しの間、沈黙が流れる。



その間に、全ての感覚が戻ってきて。



「す、すごい」



やっとのことで口から出た私の言葉は、酷く間の抜けたものだった。



「え、今の、本当にあんた?え、すごい、すごい!」



「まあな」



不良野郎は満足そうに髪のゴムをはずした。



「音大に入って、将来は留学したいって考えてる」



そう、奴は言った。



蓋を閉めたピアノを、優しく撫でながら。



私は、この不良野郎が推薦されることに、心から納得した。



「よし!掃除も適当にやったことだし、帰るか」



言いながら立ち上がり、不良野郎は鞄を手に取る。



「え、黒板は?!」



「お前が来る前にやった」



「あ、え、ありがと」



ガラリとドアをあけ、一歩踏み出した所で、不良野郎は立ち止まった。



「河本聡。将来のビッグピアニストの名前だ。覚えとけ」



「こうもと、さとし・・・」



背を向けたまま放たれた、なんともキザな言葉。


でもそこは、さっきのピアノで目を瞑ってあげることにする。



「あ、私は尚美、宮崎尚美っていうの!」



私が言い終わると、河本はくるりと私の方を向き、



「ん。じゃあな、マナイタ」



ひらりと手を振ると、廊下を歩いていった。



「もう!マナイタじゃないってば!」




ぽつんと私一人になった音楽室。



外からは、まだ元気のいい掛け声と笛の音が聞こえる。



河本聡。


未来のビッグピアニスト。


けどやっぱりムカツク奴。



でも。


なんとなく、嫌いじゃないかなって。



そう思えた。





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