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12.ベッドの下には秘密の花園


12.ベッドの下には秘密の花園



「ねえー、休憩しようよー」



「あと十分で一時間だろ?一時間勉強して、それから休憩って決めたんだから、もう十分頑張れ」



さっきから何度も「休憩」を連発しているのは私。



それを抑えるのが拓也。



今拓也の部屋で、二人で勉強中なのだ。



「もう無理ー!」



「今日の現国のテストはまあまあだったんだろ?じゃあその調子で、明日の数学も頑張れよ」



言いながらまだスラスラと数列の問題をこなしていく拓也に、私はガバリとテーブルに突っ伏した。



「現国と数学は全然違うもーん」



「尚美ならやれる」



「適当なこと言わないでよー」



どう頑張ったって、私が数学で点数がとれないことは、拓也だってよく知ってるはずでしょ。



「帰り道に買ったケーキ食べようよー」



拓也と私は、学校からの帰り道、あのいつものケーキ屋さんでケーキを買った。



「私の洋梨のタルト、めちゃくちゃ美味しそうだったなあ」



自分の買ったケーキを頭の中に思い描く。

しっとりとしたクッキー生地のタルトに、洋梨のコンポートがきらきらと輝いていて。



「あー早く食べたいー!」



私はもはやダダっ子以外の何者でもない。



「お前ねー」



拓也はシャーペンをコトリと机に置くと、問題集から目を上げた。



「ちょっと我慢して頑張るってことできないわけ?」



「もう我慢したもん。充分頑張ったもん!」



「ほお。その割には、ノート綺麗な気がするんですけど」



言われて、体勢を変えてノートをガバリと隠す。



「見間違いです」



計算問題の小問二問しかすすんでいないことは、多分知られるとまずい。



「今回の数列はパターンなんだから、しっかりやればそれだけ点数はとれるんだぞ?もう今回のテスト悪くても、やり直しは手伝ってやらないからな」



「えー!拓也がいなきゃ無理!絶対無理!」



「だいたいなあ、お前は」


「あ!」



本日何度目かになる説教を始めようとした拓也の声を遮る。



「…なんだよ?」



いきなり遮られたことに、幾分機嫌をそこねたように眉を寄せる拓也。



私はそれでも得意気に、壁に掛けられているシンプルな時計を指差した。



「もう一時間経ったよー」



勉強開始から一時間十五分。


どうでもいい言い合いに、すっかり時間をとってしまった。



拓也ははあと一回ため息をつくと、一階へとケーキと飲み物を取りに行ってくれた。



紅茶でいいかと聞かれたから、多分すぐには戻って来ない。



拓也の部屋で一人きりの私。



物色するには、なかなか良い機会じゃない?



「まさか拓也にかぎって、変なもの持ってないわよねー」



私はよいしょと腰を上げると、



「抜き打ちの持ち物検査よ」



そう言って机の方へと歩いた。



スッキリと片付けられた机の上には、薄型のノートパソコンと、数本ペンの入れられたアルミのペン立てが置かれている。



本棚には結構な量の参考書と漫画が。



うん。

机には変なものは無さそう。



そっと机から離れる。



引き出しの中は、ちょっと気が退けたのでやめておいた。



私はぐるりと部屋中を見回した。



机にくっつくように設置された大きな本棚。

紺のシーツのシングルベッドと、その上の天井に貼られたバックストリートボーイズのポスター。



私のよりもシンプルなこの部屋は、やはり男の子のものだからだろうか。



何度も足を踏み入れたことのあるこの部屋には、いつもかすかに拓也の香水の香りがして。



落ち着くといえば落ち着くけど、緊張するといえば緊張する。



ベッドの方を見る。



少し大きめなベッドのシーツには、いくつもの皺が入っていて。



「いつもここで拓也は寝てるんだ…」



考えるだけで、顔が熱くなる。



「…って、何考えてるのよ」



両手で思わず頬を包んだ。



「案外ベッドの下に隠してたりして」



ショート寸前の思考を変えるためにでた、苦し紛れの言葉。



あまりにベタすぎるか、なんて一人笑いながらベッドの下を覗き込み、一応チェック。



「てかこんな所に隠してあるとか、本気で笑え」



る、が言えなかった。



ベッドの下に積まれた雑誌。



熱かった頭の熱が、サーっと引いていく。



私は、ゆっくりとそれらの雑誌を引きずり出した。



「…」



表紙に書かれた、過激な売り文句。



雑誌を持つ手が、ワナワナと震える。



「ほら、ケーキと紅茶持って来たぞ」



ドアが開き、拓也が入って来た。



テーブルの上におぼんを置く音がしたのと同時に、手にしていたエロ本を拓也に投げ付けた。



「ぎゃっ!」



いきなり飛んで来た雑誌に、拓也は情けない声をあげる。



雑誌は軽く拓也の頭をかすめると、ばさりと床に落ちて。



読みかけの本を開いて伏せるような形で落ちたその雑誌の表紙には、大きな『爆乳』の二文字。



それを見て、拓也の顔色が変わるのがわかった。



「尚、美、なんで、これ」



「なによ、それ」



「なお」


「何ベッドの下とか隠しちゃってんの?ありきたりすぎんのよ!このミスターピーマン!」



「落ち着けって」



「もっとましな隠し場所見つからなかったわけ?!せめて引き出しに入れて鍵閉めるとかさあ」



焦る拓也の顔が、情けないことこのうえなかった。



なおも、私は続ける。



「てか。なに、爆乳って?そんなにデカ乳が好きなわけ?叶姉妹が好きなわけ?!」



「…いや、叶姉妹は別に関係ないんじゃ」



「そんなに乳が好きなら牧場行ったら?んでもって死ぬほど牛産めば?!」



「尚美、」



「やっぱり拓也も、ペチャパイより大きい方が好きなんだ…」



「何言ってんだよ」



「…私なんかより、柴山さんの方が、好きなんでしょ…」



「ちょ、とにかく話聞けって」



「…」



「尚美?」



拓也が心配そうに首を傾げる。



怒鳴りまくっていた私がいきなり黙ってしまったから。



不覚にも、自分の言った言葉に泣けてきてしまったのだ。



これが悔し涙なのか悲し涙なのかは、分からないけれど。



「…私だって、好きでマナイタになったわけじゃないもん…」



「え?」



私は拓也の方まで歩いて行くと、さっき投げ付けた『爆乳』雑誌を手に取った。



「…こんなもの」



『爆乳』のコーナーのページを開け、両手でもち、手に力を入れる。



「こうしてくれるわ!!」



ビリビリという音と共に、巨乳娘がまっぷたつになっていく。

丁度、私には無い胸の谷間あたりで。



「あー!」



拓也はその光景に悲鳴をあげたが、そんなことどうだっていい。



そのページを破り終えると、私はそれらを再び床に落とした。



「ふん!」



拓也の視線は、半分に破かれた巨乳娘から離れなくて。



それがまた私をなんとも言えない感情にした。



「…どうすんだよ」



また涙が溢れそうになった時、拓也が静かに口を開いた。



「は?」



「…これ、俺のじゃないんだぞ」



「…え?」



思考回路が一瞬にして止まる。



「これ、Cクラスの吉田のなんだよ」



「…」



拓也はまた「どうしよう」と言って、私がめちゃくちゃにした雑誌を拾い上げた。



「な、なんで、その吉田くんは拓也にそれを預けたりしたのよ?」



「昨日彼女が部屋に来るとかで、俺に預かってて欲しいって頼んで来たんだよ」



もっともなその理由に、私は何て言っていいか分からなくて。



拓也がはあと大きなため息をついたので、私は無意識に「ごめん」と謝った。



「そんなこと、全然知らなかったもん…」



「だから話聞けって言ったんだよ」



「わ、私、セロハンテープで張り付ける」



私の言葉に、拓也は力無く笑って。



完全に立場逆転である。



「…ごめん、本当にごめん」



「…まあ、女の子が見るべき物じゃないのに、すぐに見つかるような所に置いてたのも悪かったし」



「でも」



「もういいって。雑誌は、もういいから」



そう言うと、拓也は手に持っていた雑誌と、私が引っ張り出してきた雑誌を、またベッドの下へと戻した。



「たださ」



ベッドの方を向いたまま、拓也は続ける。



「俺は別に、女を体で選んだりとかしないから」



「え?」



「だから、尚美より柴山が好きとか、それは違うから」



「拓也?」



「俺が言いたいのはそれだけ!」



その時くるりと私の方を向いた拓也は、もういつも通りの明るい笑顔で。



「さ、ケーキ食ったらまた数学すんぞ!」



「あ、うん!」



私は素直に従った。




『尚美より柴山が好きとか、それは違うから』



さっきの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。



まるで、壊れたCDプレーヤーのように。



ほんとはね。


柴山さんより私の方が好き?って、聞いてしまいたかったの。



でも、状況が状況だし。



いや、ほんと、今は偉そうなこと言えませんからね。



けど。


うん。

あの言葉は、素直に嬉しかったよ。




私は爆乳じゃないけど。

てか谷間すらないけど。



拓也のこと、大好きです。




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