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短編

勇者召喚の為の心得~歩きスマホは危険です~

作者: 霧島躑躅

一部の登場人物の思想に不快になるかも知れません。ご注意ください。

いつも通りに学校へ行くための道を歩いていた俺は、スマホをいじっていたせいで、足元が見えていなかった。

足を踏み出したそこには、複雑な幾何学模様を組み合わせた――まるで魔法陣のような光線が、俺を待ちかまえていたんだ。

それに気づかなかったが為に、俺の人生は奇妙な運命に引きずり込まれてしまった。


ふわっと身体が浮いた後、急速に下降する――ジェットコースターのような気分を味わったあと、俺の意識はふつりと途絶えた。


次に目が覚めたとき、異様に高い天井が目に入った。体育館なんて目じゃないくらいの天井に、秀麗な彫刻が一面に彫られている。肌が透けるような薄い布を身に纏った美女が、微笑んでいる。周囲にも緻密な彫りがあり、すごく綺麗だと思った。

まるで美術館の展示のようだ。

と、そんなことを寝ぼけ頭で暢気にも考えていた俺は、ゆっくりと体を起こそうとして――ぎょっとした。

俺の周囲を剣を構えた、中世ヨーロッパの鎧軍団が囲んでいるのだ。

思わず死んだ振りをしそうになった。

しかし、そんなことは許されず、俺を囲む輪は次第に狭まっていく。


おい待て、そのままだと剣先が俺に刺さっちゃうよ?

何のいたずらかは知らないけど、ちょっとやりすぎなんじゃありませんか?


つっこみたい気持ちでいっぱいだったが、そんな空気でもなし。

俺は大人しく彼らに捕らえられた。

……実際は、驚きすぎて反応できなかっただけなんだが。



それから、まるで犯罪者のように両腕を抱え込まれて引きずられるように連れて行かれた。

その場所は。


「地下牢、って……マジかよ?」


なんなわけ、この状態。

ドッキリ?

映画の撮影?

ってかそもそもここって日本国内なわけ?

地下牢の石壁なんて、手作り感満載で、まるきり古城って感じだ。

セットにしては凝りすぎている。


あ、学校。

遅刻とかのレベルじゃないし。

皆勤賞狙ってたのになぁ。


今の思考が現実逃避にあたると理解しながらも、とりとめのない考えをつらつら続ける。



そんなこんなで、地下牢に入れられてかなり長い時間が経った。

正確に言うと三日半だと思う。

地下牢に入れられた数時間後、水と固いもさもさした味のないパンひとつが与えられた。その後眠って、起きて、しばらく経ってから同じもの。それが計七回。

朝と夜と考えれば、三日半となる。

それらを運んでくる鎧の男に、状況の意味を尋ねても、何の返事もない。

無視したまま、帰ってしまう。

クソッ!


時間と言えば、俺の鞄とスマホどこ行ったんだろ? 特にスマホ。

奴らに奪われたのか?

ってか奴らは一体何なわけ?

俺はいつまで此処にいなきゃならないんだ?


直接的な暴力を受けていないせいか、俺は意外と冷静だった。


それも、すぐに驚きと恐怖で消え果てるのだけど。


その日の内に、鎧の男達が数名連れだって俺を牢から引きずり出した。


「あのッ、なんか人違いとかじゃないんですか? 俺、こんな、映画のエキストラみたいなことするつもりは――」

「黙ってついてこい」


初日のように引きずられて連行、なんてことにはならなかったが、四方を鎧に囲まれて、どこかに導かれる。


何故だろう。

これ以上口を開いたら殺される気がした。

現代日本でそんなことあるはずないのに、俺の本能は無駄口を叩かず彼らに従うように、と叫んでいた。それは腰にぶら下がっている剣のせいでもあっただろうし、彼らの隙のない動きに威圧された為でもあったと思う。



連れて行かれた先は、何となく見覚えのある場所だった。

きょろきょと辺りを見回し、天井を見上げ、以前見たのと同じ彫刻を発見した。

同じ場所か。

見覚えがあると言うだけで些かの安堵を覚えた。


そのまま、広い部屋――広間? の半ばまで誘導され、背中を押されて無理矢理ひざをつかされる。膝立ちのままで、何が起ころうとしているのか、びくびく待つ。

逃げたり抵抗したりなんて考え、微塵も浮かばなかった。


未知のことに対する恐怖に竦んでたんだ。


そうして、変化は広間の一番奥、壇上の椅子に男が現れてから起こった。

軍服を煌びやかにしたような服にマントを羽織った、彫りの深いダンディーな男。どこかライオンを彷彿とさせる印象を受けた。

彼が椅子に座り、俺の周囲を固めていた奴らが揃って膝をついた。


――王様?


そんな感想が生まれるのも当然な彼らの行動。

そしてそれは正しかった。


「余はラズューア帝国八代皇帝、ルーファスである。そなたが余の城に忍び込んだ小悪党か?」


皇帝? 本当に王様なのかよ。

役柄か何か知らねえけど、いい加減説明して欲しい。警察はまだ来ないのか?


「忍び込んだんじゃねえ……ありません! 気がついたら此処にいたんです!」


相手は自称王様だ。

怒らせるのは得策じゃない。

俺は半ば縋るように言い募った。

王様は何の反応もせずに、壇上からローブの一群に目をやった。


「――やって見せよ」


王様の命に、ひとりの男が畏まって頭を下げたあと、俺の方に歩いてくる。

俺のすぐ目の前に立ったその深緑色のローブの男は、すっと手の平を上にして俺の目の前に差し出した。握手? にしては手の位置が高すぎる。


何の真似だといぶかしんでいると、ぶつぶつと何かを呟き――

その手の平の上に、朱色の火の玉がぶわあと発生し、驚きに固まる俺の目の前で踊るように宙を舞い、男の手がぎゅっと握りしめられると同時に消えた。

――手品?

……じゃない。あれは、あの火の玉は本物だった。熱さを感じた。浮いていた。


「ま、魔法……ッ?」


見間違い?

そんなわけない。

今、俺の目の前で、確かにあの男の手の平から火の玉が生み出されたんだ。


「……その驚きよう、演技ではなさそうだな」


俺の反応をじっと見つめていた王様が、ぽつりと呟いた。

演技なんかするかよ! 演技してたのはあんたらじゃなかったのか?

魔法って何の冗談?

ここって異世界とかそんなだったわけ?


「一体何なんだよッ」


叫んだつもりが、掠れた声にしかならない。

じわりと涙が滲んできた。


「稀におるのだよ。異世界より迷い込む者が」


王様が、幼子に語るようなゆったりした口調で話し始めた。


「そなたを殺さなんだは、現れた時点で気を失っておったこと。身に纏う物や荷が、見たこともない質であったことが一目でわかったが故だ。よもや、異世界の迷い子ではないか、とな。余も幼き時分に寝物語に聞いたような眉唾話であったが……そなたの荷を知識人たちにあらためさせ、異世界の――少なくとも、この世界の物ではないと判じた。魔法に馴染みがないことも先ほどの反応で確認できた」


そのための三日半だったのか。

あのまま一生出られないのかとも思ったんだぞ! もっと早く結論出せよ!

なんて、鼻を啜りながら内心で罵る。

その声が聞こえたわけでもないだろうが、王様は口調を厳しくして、俺に問いかけた。


「そなたが今いるここが、何処だかわかるか?」


俺は黙って首を振る。


「城の広間だ。普段はここで夜会が開かれたりもするな」


……それが何?

王様がいるんだから、城ってことはわかるし。こんだけ広いんだから、夜会――パーティのことだろう――が開かれることに不思議はない。


「わかっておらぬな」


ふうっ、とやや大袈裟にため息をついた王様が、可哀想な生き物を見るように俺を見下ろした。物理的な高さだけでなく、精神的にも。

なんだか馬鹿にされてる気分になり、むっとした。


「そなたの世界に王は居らぬのか? 王の前に突然に不審人物が現れたら――どうする?」


どう、って、捕まえて、取り調べして――。


「そなたの世界ではどうだか知らぬが、この世界ではそのようなことがあれば、問答無用で殺すのが常套。余裕あらば捕らえて尋問することもあるが、恐らく、反射的に殺すだろうな」


そこで王様はちらりと、少し離れた位置で俺を間断なく見張っている鎧の奴らや、王様のすぐ近くに立つ一際目立つ鎧の男に視線を向けた。

その男たちの右手は、腰の剣の柄にかかっていた。

いつでも俺を殺せるように。


薄かった現実感が一気に押し寄せてきた。


やばいやばいやばい!

このままだと殺されるんじゃねーの!?


俺が焦りで顔を真っ赤にしているのを哀れに思ってか、王様が口を開いた。


「……だが、異世界の迷い人に我々の法を適用するのも哀れだなぁ。見ればまだ年若い少年のようだ」


日本人などのアジア人が外国人から幼く見えると聞いたことがある。

もしかしたら、今の俺は実年齢の十六歳よりも何歳か若く見えているのか?


「……ならば陛下。その者の身柄は我々軍部が預かりましょう」


王様のすぐそばで、俺を捕らえた鎧軍団の量産品よりも格段に細緻な装飾――彫りというのか――が施された鎧を着込んだ、精悍な中年男が口を挟んだ。


「そなたたちが?」


俺を置き去りにしたまま進む会話。


「兵士見習いとして鍛えながら、その者が我が国に仇なさぬかどうか、見極めてご覧に入れましょう。見れば細身ながら、バランスのとれた体躯。鍛えれば使い物になるやもしれません」


兵士?

俺、戦うの?

無理じゃね?

ってか、絶対無理!

でも――今、俺の命綱を握っているのはあの将軍だと理解していた。

黙ってことの成り行きを見守る。


王様はふぅむ、と考え込んで、俺に視線を向けた。


「そなたはどうか?」

「えっ、俺? ……ですか?」


まさか俺の意見を聞かれるとは思わなかった。あっちで話し合って決まるものだと思っていた俺は、必要以上にびくっとしてしまう。


「異世界人とは言えど、不審人物であるそなたを無罪放免はできぬ。それはわかるな?」

「は、はあ」


俺の気の抜けた返事に、将軍が厳しく睨みつけてくる。

確かに王様に対する返事じゃなかったけど、そんなに怒らなくてもいいじゃんか。

王様自身気にしてないみたいだし。


「監視をつけるにしても、そなたひとりに割く人員と時間は無駄にできぬ」


まるきりお荷物扱い。

俺のせいじゃないのに。


「なればこそ、将軍の申し出はこちらにもそなたにも不都合はないと思うが? そなた、城下でひとりでは生きていけまい」


決めつけにむっとするが、確かに、と思う。


「元の世界に帰る方法ってないんですか?」

「ないな。――異世界への接触も魔法使いたちが研究をしてはいるが、辛うじて異世界からこちらに引っ張ることができる程度だ。だがそれも国際的に禁止されている禁術。かつて、勇者召喚を成したことはあったが、それももう遙か過去のこと。それらの知識は失われて久しい」


返事は絶望的だった。


俺は、こちらで生きるという前提で恣意を巡らせる。

何故か言葉は通じているが、異世界トリップってそんなものなんだろう。ラノベなんかでもすぐに会話が成立してるし。

でも、言葉が通じるからといって、見ず知らずの世界でひとりで放り出されて生きていけるかというと――難しい。

そもそもお金も持ってないし、単位もわからない。

当たり前だが家もない。飯も作れない。

火とか水回りとかどんな感じだろう?

日常でも魔法とか使うわけ?

――無理だ。

そんな、一から自力で学ぶなんて。ここがどんな世界かはわからないけど、鎧の兵士なんてものがいるのだ。

地球の歴史的に中世とかそれ以前なんだろう。不衛生で危険なイメージ。

そんな中に放り出されるよりは――。


「兵士見習いで、お願いします……!」


身を守る術も身につけられるし、あの将軍は俺が異世界人だと知っているから、生きていくのに必要な知識も、きっと教えてもらえるだろう。

兵士とか厳しそうで怖いけど、背に腹は代えられん。


俺の返事に王様と将軍は頷いて、俺の身元引受人が決まった。



将軍を後見人として、兵士の宿舎に移る。

そこで初めて名前を聞かれ、柊と名字だけを名乗った。

何となく、名前を異世界の奴らに呼ばれるのは抵抗があった。まるでこちらの世界を受け入れてしまったかのような錯覚を覚えるから。俺の名前は、家族や友達に呼ばれていた記憶と共に、大事にしたかった。

スマホと荷物も調査後に返されたが、スマホの充電はとっくに切れていた。


――ああ……家に帰りたいなあ。


動かないスマホを握りしめていると、ぽろりと涙がこぼれた。



****



「彼の調子はどうだ?」


唐突に、今思い出したと言わんばかりに皇帝が将軍に尋ねた。

将軍はにやりと獰猛な笑みを浮かべ、満足そうに答える。


「上々です、陛下」


彼――ヒイラギは、見る見る頭角を現し、特異な身体能力を用いて戦場で最も多くの敵を討ち取る、実戦部隊のエースとなっていた。

最初こそ人殺しにかなりの抵抗をみせていたが、慣れるのも早かった。そもそも、こちらの世界に馴染むのも早かったのだ。現状をうまく受け入れるのが――状況に流されるのが、彼の特徴のようだった。


「さすが陛下ですな。異世界から召喚した勇者をこうも効率よく、自分の意志で我々に尽くすようにさせるとは」


皇帝は満更でもなさそうにうむ、と頷く。



かつて、異世界より勇者を召喚すると決まったとき、勇者の扱いについて複数の意見が対立したのだ。勇者として尊重する考え、奴隷のように扱う考え、実力に合わせた階級を与える考え。

皇帝はしばし考え、ひとつの提案をした。


「勇者として扱わないというのはどうか?」


どういう意味かと首を傾げる臣下たちに、皇帝はある考えを話し始めた。


勇者として我々が召喚したのではなく、あくまでも異世界から勝手に迷い込んできた不審者を、親切な我らが保護する。

城に保管されている記録を見ると、どの勇者たちも“ニホン”“ニッポン”などという耳に馴染まない国の少年少女が選ばれている。

そして彼らは一様に、自分たちは平和な国で生まれ育ち、戦闘などできない、魔法など使えないと言うのだ。中には、話をした瞬間やる気になって、自発的に敵を殺そうと逸る勇者もいたようだが――そういった勇者は、大抵が最後は反旗を翻したり、当時の皇帝の掌中の珠たる美姫を所望したりと野蛮な本性をさらけ出すようになる。

勇者たちには召喚時に魔法陣に組み込まれた補正作用が掛かっており、全員に相応の能力が付与される仕組みだった。

それ故、ある程度の修行を積めば敵を殲滅するのに必要な能力がすぐに開花する。


――なぜ、我々の世界の者にそれをしないのか、という疑問が投げかけられたことがある。何代か前の勇者が時の皇帝に剣を向けて詰め寄ったそうだ。

その答えは簡単。

どうしても、我々の世界の人間にはその補正が掛からないからだ。何故かは判明されていないが、異世界を通さないと召喚魔法はただの移動手段にしかならず、何の能力も付与されないのだ。

ならば、異世界に我々の世界の人間を送り込み、また戻せばどうか。

これも成功しなかった。そもそも、あちらからこちらに連れてくる――過去の勇者の何人かが誘拐だと喚いた――術はあれど、こちらからあちらに戻す術はまだ見つかっていないのだ。

それ故、歴代の勇者たちにはそれなりの待遇をもって出迎えたが……。

勇者たちは欲深かった。

異性や金品の要求はまだいいとしても。元の世界は過ごしやすかった、この世界は文明が遅れている、などと言い、ならばその文明の知識を寄越せばその道具を作ってみせようと言うと、作り方など知らぬという。

――頭が足りていないのか。

こちらがそう思うのも無理はなかった。


だから、此度は失敗しないよう、勇者が自分の意志で我が国に尽くすことを選ぶように危機を感じさせ、それを救ってみせた。選択肢はいつだって与えてやったのだ。

自分で考えて出した答えだ。誘導したことは認めるが、それ以上は彼の責任だろう?

そして今のところ、彼がそれを疑問に思う様子はない。勇者に関する情報がいずれヒイラギに流れるのは想定内だが、彼自身が己を召喚された勇者であると気づかなければどうにかなるだろう。

何故かあちらの世界の人間は、異世界に来た時点で今までになかった能力に目覚めることに違和感を覚える様子がないようだから。歴代勇者たちの多くがそうだったのだ。彼もそうだろう。



このままの調子で行けば、勇者を召喚せざるを得なかったほど悪かった戦況がひっくり返る日が来るのも、そう遠くない。


さあ、勇者よ。我が国の敵を――隣国の獣人どもを、たくさん殺しておくれ。


皇帝は玉座で微笑んだ。

というわけで、勇者召喚ものでした。

本人が直接勇者と呼ばれることはないので、キーワードには勇者? としました。


歴代の召喚された勇者の敵は、獣人だったり魔族だったり様々です。場合によっては同じ人間だったりしました。


この作品に関して、特に語ることはありません。

強いて言うなら、歩きスマホは危険です。



ここまでお読みくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] おーい少年、いつまでも流されるなー。 とはいえ。 状況に流されるタイプは確かに扱いやすいでしょうけど、ある意味ギャンブルだと思うけどなぁ。 日本人の基本的性質……おとなしく従順にしているよ…
[一言] 王「絶望に落とし、希望を与えてやる。―――――それが余の勇者召喚さ(CV.細谷佳正)」
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