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 僕は煙草の煙を大きく吸い込みながら、ユニットバスの小さく低い便器に向かった。セックスの後はいつも尿意はあるのに何故かなかなか小便が出ない。きっとペニスの中では精液用のホースと、排尿用のホースの切り替えが上手く出来ないのだ。それはきっと性的興奮がアドレナリンだかなんだかを脳味噌から放出して、それがことペニス内の管の切り替え作業に関しては効きすぎる麻薬となり、労働意欲を劇的に低下させるのだ。

 僕は下らないと分かりながらも、そのように考えることによって怒りを鎮めようとした。そしてこの旅行が台無しにならないよう、明日の計画を考えようとした。

 ええと、清水寺も、伏見稲荷も行ったし…。やっぱり二条城か。自分が言い出したとは言え、あまりいい案だとは思えない。何より帰りのことを考えると不便だ。彼女には悪いけど、恐らく何かもっと良い案があるはずだ。しかし何故女子はパスタが好きなのか。

 驚くほど勢いのない小便を終えると、僕はパンツをはいて彼女の横に潜り込んだ。その額の髪をかき上げ唇をつける。

 「何か良いアイデアは浮かんだ?」僕は彼女に尋ねた。

 「ううん、やっぱり何も思いつかない」

 「けど、何かあるはずだよな」

 「古着屋さん好きでしょ?そこを巡れば?」

 「うーん、ここまで来て見るほどでもないかなぁ」

 「じゃあ悪いけど、もう何も浮かばないわよ」

 「そんなこと言って、何も考えてないんだろ?考えてたら、何か思いつくだろ」

 「ねえ、落ち着いてよ。せっかくの旅行なんだし…」

 「言っとくけど、僕は怒ってない。不機嫌なのは君だろ?」

 「よく言うわね。はぁ、ほんとにもう明日決めれば良いんじゃない?」

 「明日何も思いつかなかったら一日どうするんだよ。無駄になるだけじゃないか。よくそんな無責任なことが言えるよな」

 「もう、知らないから」

 「知らないって、なんだよ。大体スパゲティなんてどこでも食えるだろ?そんな物、地元で食べたって大差ないじゃないか。いつも何が食べたいかって聞いたらパスタ、パスタって。僕は同じようなものばかり食べたくない。違う店に行って、違う物を食べたい」

 「じゃあ、あなたが店を決めたらいいでしょ!?」

 「だからそれを今一緒に話し合ってるんじゃないか。せっかくの旅行なんだから怒るなよ」

 「怒ってるのはあなたでしょ。私は思いついたことをちゃんと言ったわよ」

 「いや、僕が聞きたいのはそんなことじゃないんだよ。はは、食事なんか何だっていいさ。そんな物じゃなくてせっかくここまで来たんだから、何か地元じゃ見れないものを見ようって意味で言ったんだよ。それなのに、君はレストランやら、服屋のことばっかり。一体何をしにきたんだよ。買い物なら地元ですればいいじゃないか」

 「・・・・・・」

 「何か言うことはないの?返事とか相槌とか?」

 「・・・・・・」

 「そう、いつも君はそうなんだ。都合が悪くなれば黙りこくる。馬鹿みたいに何も言わないで、無視するんだ。いつも黙る度に、これからは話すように努力するって言うだけで、一向に努力の成果はなし。一体何年こんなのを続けるつもりなんだよ?もう二年だぜ。二年間そうやって、僕の言うことを無視し続けて、解決策を話合うことができない。本当に疲れるしイライラするんだよ。お願いだから何か喋ってくれないかな?……ほら、やっぱり。まともに話も出来ない。ふぅ。もう明日は何もせずに帰れば良いじゃないか。面倒くさい。行くところがなければ、無理しなくてもいい。お金を使わずに済む。ほんと最低な旅行だよ。ちょっと待って、また泣いてるじゃないか。そうやって、都合が悪くなったら泣いて逃げる。良いよな。泣けば全部解決するんだから。気楽で良いわ。で、本当に明日はどうする?」

 「もう帰る。朝起きてすぐに帰る」

 「じゃあそうすればいい」

 僕は煙草に火をつけた。

 「あっち行って。離れてよ」

 彼女は冷たく小さく言った。僕に背を向けて。

 

 煙草は不思議なほどスムーズに軽く肺へ流れ込む。外は深夜の月が輝いていた。 僕はまた言い過ぎてしまった。いつも言い過ぎないように注意しようと思うが、いざ怒りが込み上げると上手くコントロールできない。本当に幼稚だなと思う。僕も結局、肝心な所で話さなくなる彼女と同じなのだ。僕らは口に出すか出さないかの違いだけで、一つも自分の悪い所を改善するための努力はできていない。いや、努力はしている。これ以上彼女を傷つけたくはない。いつもそう思っている。しかしいざとなると、どうしようも出来ないんだよ。恐らくそれが僕という人間なんだ。同じように、いざと言う時に喋れなくなるのも彼女という人間なんだ。

 だからと言って、僕はその度に彼女を嫌いになりはしない。付き合い出した頃と変わらず愛している。結局僕たちはそれを受け入れるしかないのだ。そして詰まる所、僕も彼女もそれを、心のどこかでどうにか受け入れている。少なくとも自然にそれがお互いの性分であることを理解している。だからこそ僕たちは二年という歳月を共に過ごすことが出来たのだ。そしてそれはこれからも続くだろう。僕は明日も彼女を愛しているし、来年も彼女を愛しているだろう。恐らく彼女も同じように僕をいつまでも愛してくれるはずだ。多分。そして今回の様な出来事があったにも関わらず、またどこかへ旅行へ行こうと計画する。数年後、数十年後もこの関係が続いていくことが、心のどこかではわかっている。

 ふてくされたように僕に無防備な背を向ける彼女を見る。

 素直に彼女に謝って、抱きしめてあげるべきだろうか。いや、そうすることがベストなのだ。人生は選択に満ちている。しかしそれを一緒に選んでくれる相手がいることは本当に幸せなことだと僕は思う。だからこそ彼女を離してはダメなのだ。

明日のことは明日考えれば良い。美味しいカルボナーラでも食べて、彼女に合う服を選んで、ヴィンテージのリーヴァイスの掘り出しものでも探しながらこの街を過ごせば、確かにそれはそれなりに結構楽しいと思うんだ。


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