女
私はその時激しいセックスを終えて荒い呼吸を整えながら、彼の腕の中で体を休めていた。下半身の気だるさの中に快楽のほとぼりのような感覚が残っていた。彼は煙草をふかしながら言った。
「明日はどこを見て回ろうか?」
「どこでも良いわ。けど今日はお寺を回ったから、明日は買い物がしたいわね。どうしても行きたい服屋さんがあるの」
「オーケー、じゃあそこに行こう。メンズも置いてあるのかな」
「多分レディースだけだと思う。けど、雑誌で見て、ほんとにそのブランドの服って可愛いの。ちょっと値段は高いけどね」
「ふうん。けどさすがにそれだけじゃ、一日はおわらないぜ。他に何か良い案はあるかな?」
「んんと、あ、そうだ、京極通りに最近できたパスタ屋さんがなかなか美味しいみたい。テレビで見たんだけど、カルボナーラが絶品だって。こってりとしていて、それでいてくどすぎないらしいわよ。何でも、自家製のチーズで作ってるんだとか」
「いいね。他に何かメニューはあるのかな。実を言うとカルボナーラってあんまり好きじゃないんだ。濃すぎるっていうか」
「調べたんだけど、ウニのクリームスパゲティも美味しそうだったわよ」
「んー、クリーム系はちょっとなあ。トマトソースはあるかな?」
「あるんじゃないの。けど私はカルボナーラを食べるわよ。あなたは好きなものを食べればいいじゃない」
「そうだね、明日場所を調べよう。それから何がしたい?」
「そうね…稲荷大社も清水寺も回ったし、特に思いつかないわ。あなたは何かないの?」
「僕はなんだっていいよ。帰りの新幹線が4時35分だから、それまで時間が潰せるなら」
「じゃあ、二条城に行かない?なんか今年は記念の年らしいし」
「そうだな、けどもうあそこまで行くのは疲れるよ、キャリーケースを運びながらだろ?」
「そんなのコインロッカーに預ければ良いじゃない。私は最初からそのつもりよ」
「コインロッカーってどこの?まさかわざわざこの辺りのコインロッカーに荷物を預けて、また戻ってくるつもりなのか?」
「それは仕方ないんじゃない?じゃあ京都駅のロッカーに預けてその辺りをブラブラする?」
「あの駅の周辺はビルばっかりで見るものなんて何もないぜ」
「けど、あなたがこの辺りのコインロッカーに預けるのが嫌だって言ったんじゃない」
「じゃあもう京極通りの近くのロッカーに預けてその辺りやら二条城やらをブラブラすればいいじゃないか。ほんとうに要領が悪いとは思うけどね」
「何それ?何をしたいとか、どこに行きたいとか自分では何も言わないくせに、文句だけは言うのね。あなたが何か予定を立てればいいじゃない」
「文句なんて言ってないさ。だいたいここまで来て買い物ってどういう意味だよ。服ならどこでも買えるじゃないか」
「そんな言い方ないわよ。じゃあもう行かない」
「なんで?行けば良い。他に案がないんだろ?」
「思いつかないわ、何か行きたいところ思いついた?」
「だから今考えてるじゃないか」
そう言うと彼は煙草を灰皿でもみ消し、ベッドから立ち上がってトイレへ行った。私はイライラしながらもこの旅行が些細なケンカで台無しにならないように、懸命に怒りを鎮めようとした。
しかしいつだって同じだ。彼は自分の非を認めようとしない。私に責任をなすりつけようとする。そんな態度にほとほと嫌気がさしながらも、私は彼のペースに合わせた。彼が私を悪いと言うなら、言うとおりに私が悪くなればいいのだ。それに毎日こんなケンカばかりしているわけではない。そのような傲慢な態度を差し引いても、彼にはまだ愛するに値する余地がたくさんあった。
私はブラジャーを着け、彼に何て言おうか考えた。
しかし頭は真っ白なまま何も良いアイデアは思いつかない。いつもこうだ。考えようとすればするほど、頭は何も考えられなくなる。それは底無し沼に似ている。もがけばもがくほど体は冷たい泥の中へ深く沈んでいく。
私は経験的に恐らくこれ以上良いアイデアが思い浮かぶことがないことを分かっていた。また彼の機嫌を損なうことを考えると、ちょっとしたアイデアでも言っておく方が良いのだが、それすらも思い浮かばない。第一いくら観光名所が多くある地とは言え、ここに三日も滞在すれば、行くべきところなどもうすでに全て行ってしまっている。どうしても私は服屋とパスタ屋しか思い浮かばなかった。
彼の性格から考えると、このまま話が平行線を辿るならきっと怒りを抑えられなくなる。彼は怒りを制御するということに関しては、本当に子供並みの能力しかもたない。恐らく平均的な子供以下だろう。子供ですらその場の空気を読み取り、怒るべきではないことくらいわかる。要するに幼稚でわがままなのだ。換気扇のついていない石油ストーブと同じで、一旦怒り始めるとその怒りは鎮まることはない。そうやってどんどん温度は上がり、しまいには火事を起こしてしまう。
私はため息をついた。どうなることやら。