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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
二、オエバは皆の光というなり
9/26

 神殿とは国の安寧を神に祈る為の場所である。

 神殿とは国を平穏に導く為の機関である。

 神殿とは国の宝を厳重に保管する為の建物である。

 そして神殿とは、密かに世界を取り持つ為の組織である。


「神殿はオエバの不在を公表していません。そして不在がばれない為に本部だけで事を終わらせようとしています」

 本部だけと言っているのに、秦は知っていたらしい。もはやその事については董もセトも触れる気はない。

「ラクル様を狙ったのがその証拠でしょう。あの方は大衆に『オエバ』として認識されています。だからこそ、彼女が居れば本当のオエバの不在は気付かれない」

 秦はセトにちらりと目を向ける。憔悴しているが、今はちゃんと意識を保っている。ラクルのことはショックだったはずだが、秦と董がいることで少しは落ち着いていられるようだ。

「でも、なんでラクルだけを連れて行ったのさ。さっきの宴花の余裕からすればセトだって一緒に連れて帰れた」

 董は自分には勝てないと言った宴花を思い出し、顔を顰める。確かに今の董ではまだ敵わないようだった。齢十五にしては一般の人たちより群を抜いて強い。それは事実だ。けれど本職にしている宴花には真っ直ぐな董の戦い方では勝てない。

「ハナミはラクル様だけを連れ帰るように言われていたのだろう。そうすれば、本物のオエバであるセト様も神殿に戻ってくる可能性が高くなるから。だから奪ったんだ」

「どうしてセトが戻る可能性が高くなるんだよ」

 董が不可解だと言いたげな表情を作ると、秦はちらりとセトを見た。彼女は董と秦の話をじっと黙って聞いている。秦はセトに向き直って姿勢を正した。そして、まるで祈るようにそっと口を開いた。

「……セト様が、ラクル様を取り戻そうとなさるからです」

 少し屈んで、セトの顔を上目遣いに覗きこんだ秦はとてもやさしい表情になった。労わるような、心配している顔。セトは俯いたりはしなかった。だがその碧眼からはぽろぽろと涙が零れていった。

「セト……」

 董がその様子に耐え切れずに呟くと、セトは肩を震わせた。濡れた瞳が董を映して更に濡れていく。

「な、泣くなよ!」

 動揺を隠せずに董は声を大にした。今までだって誰かが泣く場面に出くわしたことはあった。だけど、どうしてか董はとても慌てた。気持ちが落ち着かない。それはきっと、大声を上げるのではなく、ただただ静かにセトが泣いていたからだ。

「泣くなってば! ラクルは大丈夫だよ。神殿はラクルを傷つけたりしない。オエバなんだろう? だから……あああ!」

 董の言葉に更に視界を滲ませるセトは泣き止もうとしたが、溢れ出してしまったものはそう簡単にとめられない。ラクルは彼女にとって常に傍に居るべき存在だったのだ。居ないことは寂しい。哀しくて、怖い。セトは急に足場を失ったような不安に苛まれた。落ち着こうとしても思考がついていかない。少しだけ先刻落ち着いたのに、それを秦がもう一度開いてしまった。

 秦が答えた瞬間、セトはその通りだと思った。思ってしまった。そしてそれはラクルが彼女の許から居なくなったことを自覚させてしまった。何か言わなくてはと思っても零れるのは嗚咽ばかりで、言葉にもならなかった。

「セト様、……今だけお許しください」

 秦の声が聞こえたと思うと、セトはあたたかいものに包まれた。頭の上に大きな手が置かれる。髪を撫でられ、小さな子どもをあやすようにポンと何度もやさしく触れる。肩を抱かれ、秦の腕の中にすっぽりと収まって、セトは彼の胸に頭を押し付けた。やはり子どもをあやすように背中を撫でられ、セトはしゃくりあげる。

「セト……」

 董が控えめに名前を呼ぶ。それに答えようとして声が出ずにセトは顔を上げた。すると微笑を湛えた秦と目が合った。

「セト様」

 降って来るやさしい声音。

「助けに行きましょう?」

 落ち着こうとしていたセトにまた熱いものがこみ上げてくる。

「ラクル様を助けに行きましょう。俺と董と、セト様で、ラクル様を取り戻すんです」

「そうだよ。僕も助けに行くから。ねえ、セト、だから泣かないでよ」

 秦に続いて董が困ったようにセトを見つめた。その真剣で真っ直ぐな目に、セトは涙を堪えて頷いた。こくこくと首振り人形のように何度も、何度も。そして漸く言葉を発した。


「……ラ、クルを、助け、たい」

 

 充血して赤くなった目を擦りながら、セトは秦の体から抜け出す。そしてもう一度、今度ははっきりと意志をもって答えた。

「助けたい、ラクルを助けたい。お願いだ、私を手伝ってくれ」

 そこにはもう不安に駆られて泣いていたセトはいない。強く、凛々しく、立ち上がろうとしているセトの姿があった。


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