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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
二、オエバは皆の光というなり
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 東都へ辿り着いたのは、二日後の夕刻だった。普通に入って捕まったらどうしようもない為、少年の格好をして兵士たちの目を少しでも逸らすことにした。座長からもらった衣服の中に誂えたように少年の服があったのだ。

「大きな門だな。国都の門に似ている」

 街へ入るための門をくぐっていると、セトが上を向いて呟いた。国都や東都、それに西都、南都、北都の五都市にはこのような大きな門がついている。門の上部には女性のレリーフがある。それは誰あろう、オエバの姿だ。

董は、口許を和らげるセトに気付いているのだろうか、と疑問に思った。オエバという存在がどれほど皆の希望になっているのか、知っているのだろうか。

「此処からは何処へ行くんです?」

 ラクルが無邪気に飛び跳ねる。少年の格好をしていても少女に見えるラクルに董は苦笑いを浮かべる。これ以上隠しようがなかった。それでも髪を帽子の中に納めたことで、少しは目立たなくなっていると信じたい。

「宿を探さないといけないんだけど」

「あら、今日からやっと宿で眠れるんですね。ちょっと、嬉しい」

 ラクルの喜びは当然だろう。商人と居た時は固い馬車の上で眠り、昨日などは野宿だ。さぞ辛かったはずなのに、ラクルもセトも一言も文句は言わなかった。それを考えれば董は今日こそ柔らかい布団の上で眠らせてあげたいと思った。

「今日はゆっくり眠ってね」

「ええ、もちろん」

 華やいだ笑顔に董はホッと息を吐いた。

 三人は暫く通りを真っ直ぐに歩き、宿の並ぶ界隈を見つけて角を曲がった。東都の中心には神殿が見えた。白い建物の姿が見えると、セトとラクルの肩に力が入るのがわかる。セトは平静を装って真っ直ぐに董の後ろに付いた。ラクルはあからさまに目を逸らしていた。その様子に少しだけ董は可哀想になった。

 やがて良さそうな宿を見つけた董は二人にその宿を示す。


「僕は隣の部屋にいるから、何かあったらすぐに言ってね」

 宿の一階にある食堂で軽い夕食を摂った後、二階の部屋の前でセトに鍵を渡した。

「同じ部屋じゃないの?」

 とても不思議そうに目を丸くするのはラクルだ。本当に箱入りなのだと分かる。

「そうだ、金の無駄だろう? 同じ部屋にすればいい」

 しかもそれはセトも同様らしい。この二人に対して董はどう答えるべきか迷った。男女がみだりに同じ部屋で眠るなど、普通女の方が嫌がる。何かを犯すことはするつもりもない。ただ何かあってはいけないと諭そうかと思うが、返されたときにうまく答えられる自信が董にはなかった。仕方なく、二人部屋と一人部屋しか空いていなかったんだ、と答える。それでも粘ろうとしている二対の碧眼に、僕もベッドで眠りたいんだ、としどろもどろに答えると何故か大きく頷いた。董にとっては野宿など慣れているのでそうつらいとも思わないが、二人には納得する理由に足るらしい。この二人が神殿を出たことに董は改めて大変だと思った。

「じゃあ、おやすみなさい、董」

「おやすみ。セト、ラクル、いい夢見てね」

「ああ、おやすみ」

 そして翌日のことを少し話して、董は二人から別れた。部屋の中に入っていった二人の声が廊下に響く。ベッドにきゃあきゃあ叫ぶラクルの高い声がした。それを窘めながらも喜色の浮んだセトの声。董は一つ息を吐くと、隣の部屋には入らずに宿の階段を静かに降りて行った。

 董はマントを目深に被り、暗くなった通りで足音を潜めて歩いた。セトやラクルと同じ眩い金の髪がそこかしこにある。東都はハクラ族の多い街だ。イエ族である董は逆に目立ってしまう。だから来たのは幼い頃に一度だけだった。

 だが秦は東都や国都、他の主要な街、地域性、特徴、とたくさんの知識を董に授けた。董はそれを必死に覚えた。小さい頃から繰り返し、繰り返し、秦に言われていた。いつか自分がいなくなっても、董は生きなくちゃならない。そのために出来ることは何でも教えてあげる、と。

だから言葉を覚えた。文字を覚えた。街の名前を覚えた。地図の読み方を覚えた。大気の流れを覚えた。剣の使い方を知りたいと言ったら、持ち方から丁寧に教えてくれた。人の気配の読み方も、仕事を得る方法も、一人で旅に出ても大丈夫なように教えてくれた。そして、董自身のことも――、秦は世間で言われるその存在を教えてくれた。

 オエバと異なり世界中の人々に忌み嫌われる存在。危険で、恐ろしくて、まるでそれは怪物。けれど実際は小さな男の子だった、と秦は言った。だから秦は怖くない、と言った。だから董は彼を信じた。だが別れも告げず、ある朝傍から消えていた。その理由を董は知りたかった。

 街の中央にある神殿は国都よりも立派に見えた。大きな建物だ。何かを隠すように高い塀が神殿の周りを囲っている。門には警護の兵が堅苦しく佇んでいる。董はマントを少し上げて、門兵に近寄る。

「何か用か?」

「秦って僧侶はいますか? 僕は董と言います。取り次ぎをお願いしたい」

 神殿に着くまでに様子を見ていたが、慌しさはない。もしもセトが東都にいることがわかっているなら、もっと動きがあるだろうと思った。しかし、見付かっているようには見えない。

「秦ならいないよ。さっき外に出るのを見た」

 やはり見付かってはいない。服を変えているとはいえ董のことは何かしら伝わっているはずだ。だが何もそれらしい反応はない。董はわかりました、明日また来ますと頭を下げ、神殿から離れていく。

 神殿に秦はいなかった。しかし秦が東都に居ることは確かなようだ。董は頭に叩き込んだ東都の地図を思い浮かべ、街の中を歩いた。知識の上で知っていても実際に自分の足で歩いてみないと、わかったことにはならない。董は慣れぬ街ではまずその地理を体に覚えさせることにしている。これも秦から教わった事の一つだ。もし何かがあったとしても、すぐに対処できるようでなければ意味がないのだ。

 そうしてひとしきり歩き回った董は宿に戻る為に踵を返した。宿の近くに来ると、部屋の明かりが見える。セトとラクルはもう眠っただろうかと思いながら、董は彼女たちの部屋に向って顔を上げた。だが微笑を浮かべていた董の表情は次の瞬間厳しいものに変わる。

彼女たちの部屋の中に、人影が見えた。それは二人の金の髪ではなく、そしてそれは腹立たしくも董の知る人物によく似ていた。

 董の体は既に駆け出していた。


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