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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
一、世界は彼を厭うというなり
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 夜遅くに訪ねたというのに、一座の皆は董を歓迎してくれた。

「もう戻ってきちまったのかい、董」

 座長の言葉に苦笑いを浮かべ、董はセトとラクルの着替えを姐さんたちにお願いした。神殿警備の者に見付かればすぐにばれてしまう。少しでも見付からないようにするには、服装や髪型だけでも変えなければならない。

「しかし厄介なことに巻き込まれたもんだねえ。あんた自分がブロウクだって自覚はあるのかい。オエバなんか連れて来ちゃって」

「成り行きですよ。こういう時に秦がいればなあ」

 秦なら世間を知っているし、こういう時に何処に逃げ込めばいいかもきっとわかるのだろう。董はそう思ったが居ない者をどうこう言っても仕方がないと思考を打ち切った。

「秦はいなかったのかい」

「残念ながら国都から離れているそうです」

 董が頼りにすることが出来るのは秦とこの一座以外ではほとんどない。ともかく国都から離れることを最優先に考えるしかない。

「座長、国都から身を隠すには何処に行くのがいいでしょうか」

「何処でも時間の問題だろうね。そうだ、なら秦を探してみたらどうだい。あの子のことだ、知識のある所にいるだろうさ。董の頼みとあらば秦は加勢してくれる。神殿にもあんたのことを伝えていないんだからね」

「だとしても何処にいるか」

 確かに秦は董の助けになってくれるだろう。神殿に身を置きながらブロウクである董のことを秘密にしているのだ。しかもセトと知り合いでオエバであるラクルさえも連れているとなれば無下にはすまい。董は本来ならば神殿に通告されてその身を拘束されるか、或いはもう既に命を落としているかの状態のはずだ。ここまで生きてこられただけで本当は奇跡なのだ。ここまできて簡単に命を落としたくはない。せめて秦の居場所のヒントでもあればと董は唇を噛む。

「秦なら東都だ」

 涼しげな声に振り向けば、見た事のない女性がいた。こんな人一座にいただろうかと董が首を傾げると女性は顔を顰める。金の髪に赤い髪飾り、濃い赤のストールを身に纏った彼女に見覚えがない。だが彼女の後ろからラクルが照れ臭そうに顔を出した。

「ええ! セトさん?」

「煩い。勝手に着替えさせられたんだ」

 照れているのか、頬を膨らませてそっぽを向く。

「セト様、とってもお綺麗ですよ。わたくし常々セト様をこうして着飾って差し上げたいと思っていましたの」

 セトが顔を背けた先には興奮して鼻息荒いラクルがいた。キラキラした彼女の目にセトは眉をぴくぴくさせる。董はその様子に苦笑いを浮かべた。

「それより秦が東都にいるって本当ですか、セトさん」

「ああ! 本人に聞いた」

 助け舟とばかりにラクルから董に視線を移したセトはホッと息を吐いた。

「秦は元々神殿付きの研究員だ。行き場所くらい把握している」

「セトさんって実は神殿でどれだけ高い地位にあるんですか」

 のんきに訊ねた董に隣の座長が深い溜息を吐いた。セトとラクルはどうしたものかと顔を見合わせている。

「董、秦のにぶさまで似ちゃあ駄目だよ。どう見たってオエバはこちらの硬派なお嬢さんじゃないか」

「ええっ!」

 董が顔を顰めて二人に視線を向けると、セトは眉間に皺を寄せ、ラクルは誤魔化すように笑みを浮かべた。考えてみればラクルとセトの関係と様相はまるで逆だ。セトが本当のオエバであるならラクルがやたらと彼女に丁寧なのも、セトが守るべき相手であるラクルに対して遠慮がないのも納得がいく。そのことにすら気付かなかった董はがっくりと肩を落とした。

「まあ、そういうわけだ」

 申し訳なさそうな表情でセトが董に頷く。

「実はそうなんです。騙してごめんなさい、董様」

「ど、どういうことですか」

 セト達に問うと座長がにまにましながら口を開いた。

「表向きには知られてないけどねえ、オエバには影武者がいるんだよ」

 座長がセトとラクル、二人の肩にポンと手を置いた。

「いつも民衆の前に姿を現すのはこっちのちっこいお嬢さん。だけど本当はこっちの硬派なお嬢さんがオエバ。オエバだってあんた同様、人に狙われる存在なんだ。人前にそんな簡単に姿見せるわけにはいかないんだよ。真実を知っているのは神殿でもそう多くないだろうさ。なんたってオエバは世界の宝だからね」

 セトとラクルが座長を見上げる。双方向からの青い双眸が驚いたように、見開いていた。

「貴方は神殿と何か関係が?」

「まさか。秦に聞いたんだよ」

 肩を竦める座長だったが、二人はまだ納得出来ないようだ。董に視線を移したセトが更に訊ねる。

「ブロウクはイエ族にも恐れられていると思っていた」

 ハクラ族からオエバが現れるように、ブロウクはイエ族から現れる。董はセトの言葉に表情を消す。董は親に捨てられた。何故なら彼の右手に痣があったからだ。

ブロウク――それは世界を破滅に追いやる者。世界を壊す者。世界を崩壊せし者。癒しと呼ばれるオエバとは対極の存在だ。生きているだけで災厄をもたらすと言われている。

「それは間違ってないね。僕はこの世に生を受けた瞬間から世界の鼻つまみ者なのさ」

 秦はそんな董と知りつつ育ててくれた。董にとって秦はそれほど大きな存在なのだ。

「だっけど、物事ってのは歪んで伝わるものなのさ。ブロウクは破壊神なんかじゃない。だってあたしらは董がいて不幸だったことは一度もないんだ」

「座長……」

「言っただろう、あたしらはあんたの家族。いつだって此処にあんたの居場所はあるんだよ」

 包み込むようにやさしい笑みを浮かべ、座長が片目を閉じた。そしてセトの頭を座長が撫でた。びくりと体を震わせるセトに座長はやわらかな表情で応じる。

「あんたらも帰る場所がないならいつでもおいで。あたしらは枠で括ったりしない。ただのあんたらを見て、手を繋ぐ」

 セトがゆっくりとラクルに顔を向けた。ラクルはセトに嬉しそうに笑顔を見せる。

「よかったですね、セト様」

 ラクルの心からの言葉にセトが泣き笑いの表情を作った。董はその二人の態度に気付く、オエバはけして不自由ない生活を送っていたわけではないということに。董が秦や一座の者以外にブロウクである事実を話すことが出来ないように、セトも自身がオエバだと周囲に触れ回る訳にはいかなかったのだ。表立ってではないもののオエバを害す者もいるのだろう。それは世界の為ではなく、ただ自身の欲を満たす為に。そう思うと、董はオエバに会いに行ったことは正解だったと思えた。

「で、東都に行くんだろう。あたしらはまだ興行があるから一緒には行ってやれない。その代わりと言っちゃなんだが、東都へ行く知り合いを紹介してやるよ。馬車に乗っけてもらうといい」

 言い終えると早々に座長がちょっと話してくるとテントから出て行く。

「あ、座長!」

「董もその格好どうにかしなー」

 テントの外で董への忠告が遠ざかっていく。座長の居なくなったこの場には三人。董は一つ溜息を吐くと、セトとラクルに眉を顰める。

「何となく神殿から出たがった理由はわかったけど、戻る気はないの?」

 今ならまだ戻れる。国都から離れてしまっていいのか、董にはまだ迷いがあった。

「ありません」

 だがラクルがハッキリと断言した。

「わたくしもセト様も、あのまま居てもセト様の言うように篭の鳥です。それにオエバは神殿に居なければならない存在ではありません。この世にあるべき存在なんです。これ以上神殿に貢献してあげなくても大丈夫です」

「ラクル……、すまないな」

「いいえ。わたくしはセト様に従うだけです」

 本当に戻る気はないとわかると、董はすぐに頭を切り替えた。国都に戻らないなら一刻も早く此処から離れなくてはならない。街中にいないとわかればすぐに街の外へ捜索に来るだろう。

「じゃあ、申し訳ないけどもう一回着替えてもらっていいかな」

 神殿からの手を逃れる為に、董は覚悟を決めた。


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