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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
一、世界は彼を厭うというなり
3/26

 オエバ、ことラクルとセト、そして董。実に奇妙な光景だと董は思った。ちょっと会って話をするだけでよかったのに、何故か一緒にお茶を飲んでいる。外の世界を知らないラクルとセトは董が話す外の世界に大変興味を持った。セトも幼い頃から神殿で過ごしていて、外をあまり知らないらしい。二人が姉妹のように仲が良いのはそのせいなのだろう。

「董様は一座に居たということは、何か芸も出来るのですか」

 ラクルのソプラノに董は微笑む。

「ナイフ投げをしてましたよ。でも一座ではなくて、これは僕を拾ってくれた人が教えてくれたんです」

「何という人だったんだ」

 今度はセトがカップに口を付けながら訊ねてくる。董を拾った人物に興味があるらしい。

「秦という人ですよ。一応僧侶なのでもしかしたら国都にいるかもしれないんですけど、聞いたことありますか」

「わたくしは存じ上げませんわね」

「……その者がハクラとイエの相の子ならば覚えがあるが、まさかな」

「ええ!」

 セトの言葉に董は驚いて大きな声を上げる。董を拾った秦はハクラ族とイエ族のハーフだ。セトは知っているのだろうか。

「もしやハクラ族の名はルルルと言うとか」

「そうです。何処で会ったんですか。会ったら是非とも言いたいことがあるんです」

 秦=ルルル。イエ族の名は秦、ハクラ族の名はルルル、普段は秦と名乗っているのでハーフだと知っている者は少ない。セトが会ったというなら神殿内、或いは国都に来ているのだろうか。

「残念だが国都にはいない。少し前に調べものがあると言って国都を離れたようだ」

 今回の国都入りで秦に会うことも目的だった董はがっくりと肩を落とした。彼を見つけ出して、董は自分を置いていった理由を訊きたかった。しかしいないのでは訊きようもない。

「セト様、秦さんにいつお会いになったのですか」

 ラクルが不思議そうに頭をもたげる。

「一月ほど前に秦が私に暇を請いに来た。急なことでラクルに紹介する暇がなかった」

「そうだったのですか」

 にっこりと微笑むラクルとやさしい表情をつくるセトに董の顔も綻ぶ。

「お茶のおかわりはどうだ」

「あ、頂きます。ところで夜も遅いですし、そろそろ僕の話をしてもいいでしょうか」

 セトが立ち上がったのを頃合と董は自分の話を切り出した。ラクルがセトにちらと視線を向けると、セトは軽く頷いた。

「オエバである貴女に一つ、お願いがあるんです」

「……はい。なんでしょうか」

 やや緊張した面持ちでラクルは董の顔を見上げた。お茶の注ぎ足しをしに行くと言ったセトも気になるようで、残っている。董は微笑み、お願いを口にする。

「手を見せていただけませんか」

 ラクルとセトがハッと顔を見合わせた。

「左手の痣を見せていただけませんか。オエバの印を、僕に見せてください」

 董は真剣だった。それだけに軽く流せればと思ったセトは拒めなかった。しかしオエバの印はそう簡単に人に見せ付けるものではない。ラクルが不安そうにセトを見ている。その視線に答えるようにセトはラクルの前に立ち塞がる。

「何故だ。納得出来る理由がなくては印を見せることは出来ない」

「うーん。やっぱり普通は駄目ですよね」

「当たり前だ!」

 声を荒げるセトに董は頭を掻き毟る。断られるのは承知の上だったが、ここまではっきりと拒絶を示されるとは。無理矢理見ようとするならば即刻警備に突き出されるだろう。

「理由を言ったら見せてもらえますか」

「納得出来るものであればな」

 尚もラクルを守るように立つセトに、董は困ったように笑った。理由はあるが、それでは董の正体も明かさなくてはならない。イエ族であるならまだしも、ハクラ族の人間に知られれば董は自分が投獄されるか、悪ければ殺されることもあることを知っている。

「言ったら、納得はしてくれると思うけど……」

「けど、なんだ」

 じっとりと睨みつけるセトに怯むことなく董は真っ直ぐ彼女の顔を見据えて言った。

「何があっても僕を警備に通報しないで欲しい。此処だけの、ラクルさんとセトさんと僕の三人だけの秘密にしてください。危害は絶対に加えませんから」

 ここまでして見せてもらうものではないかもしれない。だが董にはその印をどうしても己の目で確認したかった。本物のオエバの証。その存在の確信が欲しかった。セトの方を窺うと彼女は顔を歪めた。だが目を逸らしてセトは悔しそうに言った。

「言ってみろ」

「ありがとうございます」

 董はほっと安堵の息を吐いてセトに微笑んだ。セトの頬が少し赤くなったように見えて、ラクルは少し笑った。

「それでは、これをご覧ください」

 董は右手の手袋を外すと、セトとラクルにその掌を広げた。そこには董が生まれた時からある痣があった。痣を見たセトが目を瞠る。

「董、貴様ブロウクか!」

「ブロウク?」

 ラクルはこの痣のことを知らないらしい。だがセトはその痣を持つ存在も、それがどういう意味を持っているのかも知っているようだ。董は困ったように眉尻を下げた。

「静かに。大きな声を出したら警備に見付かってしまいます。僕は確かにブロウクと呼ばれる者です。セトさんは知っているんですね」

「知っているも何も!」

「セト様?」

 セトが董の右手首を勢いよく掴んだ。そして自分の目の前にかざす。

「何故、お前が此処に来る。こんな所へ来てはいけない」

「それでも一度会ってみたかったんです。世界の癒しと呼ばれるオエバに」

 呆気にとられていた董は自分の手が震えていることに気付いた。それは董ではなく、セトの手が震えているためだ。セトの顔は今にも泣きそうになっていた。ギョッとするラクルと董に、自分の姿を思い出したのかセトは表情を引き締める。

「……ラクル」

「はい、セト様」

 董の手を離すとラクルの左手を掴み、セトはその手袋を外した。そして董に掌を向ける。そこには、涙の形をした痣があった。それがオエバの印である。

「これがオエバの?」

「そうだ」

 不安そうなラクルにセトはしっかりと頷いてみせる。

「董、これで満足か」

 食い入るようにラクルの痣に見入っている董にセトの言葉は届いていない。董は興奮した様子で自身の右手をラクルの左手に重ねる。それに慌てたセトが二人の手を引き離す。その瞬間、董の手が熱く燃えた。

「うわ!」

 董だけではない。セトが左手を押さえて呻きを上げた。

「くっ」

「セト様!」

 ラクルがセトの傍に寄り、左手を包み込む。董もセトもラクルも何が起きたのかわからない。

「今のは一体なんなのですか。セト様、セト様大丈夫ですか。わたくし水をもらってきます」

「駄目だ、ラクル。それよりラクルの手袋を貸してくれ。私の左手が燃えてしまった」

「セト様……」

 涙ぐんだラクルと同様、董もセトの傍近くに寄る。しかしセトは董から体を引いた。董は訝り、更にセトに近寄るがセトは眉を顰めた。それまでセトに守られていたラクルが彼女と董の前に立ち塞がる。キッと睨みつけるラクルに董は驚いて怯む。

「董様、お下がりください。セト様には触れさせません」

「ラクルさん、僕は……」

 どうすればいいのか戸惑う董だが、ラクルに弁明する前に部屋の外から響いてくる荒々しい足音を耳が拾う。二人もそのことに気付いたのか、セトとラクルが顔を見合わせる。

「どどどどうしましょう、セト様」

「まずい。僕、逃げなきゃ! 窓、窓!」

 ラクルがセトに縋りつく。董は踵を返して窓に駆け寄る。そして窓枠に足を掛けると屋根に出ようとした。だが董は後ろから強い力で引かれ、部屋の中に背中から倒れ込んだ。

「董、私も連れて行け」

「セトさん?」

「セト様! ラクル様!」

 董のマントをセトが掴んでいた。部屋の外からは誰かが扉を叩き、中へ呼びかけている。早く逃げたい董だが、マントを掴まれていて逃げられない。力任せに振り切ることは可能だが、仮にも女の子にそれはしたくない。

「此処でお前にあったのも何かの縁だ。私を此処から連れ出してくれ」

「セト様、わたくしは?」

「ラクルも来い。こんな所に居ては一生篭の鳥だぞ。この際、ブロウクだろうと関係ない」

 ラクルに手を伸ばしてセトが自分に引き寄せる。そして董を真っ直ぐに見据える。だがセトだけならまだしもラクルを連れて行ったら、それこそ御縄にされてしまう。董は口を一文字に引き結んで自分に期待するセトに弱った表情を作る。

「返事をしてください、セト様」

 ドンドンと部屋の扉が叩かれる。警備の兵が集まってきている。今此処で逃げなければ神殿に身柄を拘束されてしまう。

「仕方ない」

 前髪をかきあげた董は覚悟を決めて、セトの右手を掴んだ。屋根の上に出ると、セトとラクルを引き上げた。警備が慌しいのを確認すると董は二人の腕を両手で掴んで屋根から一気に飛び降りる。悲鳴を上げるラクルの口をセトが塞いだ。地面に降りると、尻餅をついたラクルを抱え上げ、セトと外壁に向って走る。塀の前でラクルを地面に下ろすと、軽い身のこなしで塀の上に上る。そしてラクルを持ち上げ、次にセトの手を掴んだ。先刻のように手が燃えることはなく、董は難なくセトの体を持ち上げた。

「セト様!」

 警備の声に三人は塀から降り、急いで神殿から離れる。ラクルの手をセトが握り、董が先導する。

「何処へ向うのだ」

「そう言われても、何処へ逃げれば……」

 セトもラクルも既に息が上がっている。国都に居る限りいつ見付かるともわからない。とにかく一刻も早く国都を離れるか、身を隠すかしなくてはならない。と、董はあることを思いついて国都の外に向った。

「こっちへ」

 董が国都の門の前で止まると、セトとラクルも足を止める。肩で息をする二人を振り向いて、董は心配させまいと笑みを見せる。

「二人とも、大丈夫だね」

「……ああ」

 セトが汗を拭って答えた。膝を抱えるラクルの肩を支える。董もラクルの腕の下に手を回した。

「もう少しですから、歩けますか」

「歩いてみせます。セト様、董様、大丈夫。自分の足で歩きますわ」

 気丈にもラクルは立ち上がった。息は絶え絶えだが意識ははっきりしている。董はラクルの様子に安堵し、並んで門の外へ歩を進める。歩きながら董はラクルを意外に思った。見た目はか弱い少女でしかないし、力もないし、体力もない。セトは男装しているせいもあるが、弱そうに見えない。神殿から脱出した時に身のこなしから思えば、少しでも武術を齧ったことがあるのかもしれない。だがラクルは本当にただの女の子だ。なのに、心に持つ想いは強い。

「国都を、出るのか」

 少し不安そうに眉を顰めて、セトが訊ねた。不安そうに見えるのは神殿から出たことがない為だろう。

「嫌だったら神殿に戻る? 僕はそちらをお勧めするけど」

「いや、戻らない。あそこには戻りたくない」

 首を振るセトにラクルが嬉しそうに微笑んだ。

「それより何処へ行く」

 落ち着いたら周囲が物珍しくなったのか、セトとラクルが首を巡らせている。もし追われている身でなければ観光でもさせてやりたいが、そうもいかない。

「街の外に僕が世話になった一座がいるはずだ。少し身を隠させてもらおう」

 座長とは昼に別れたばかりだ。だが国都に居ては董も、セト達の身も危ない。董はオエバに会いたいと願っていたけど、彼女を逃がすつもりはなかった。自分が逃がす羽目になるとも思っていなかった。けれどセトの覚悟を決めた目を見てしまったら、そのままにしておけなかった。それに、董はもう一つ気になっていることがあった。セトのことだ。彼女の手に触れたとき董の手が燃えた。それは何故なのか、思い当たることはあるが有り得ないはずだ。セトとラクルに視線を動かすと、二人は普通の何処にでもいる姉妹のように談笑していた。


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