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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
四、世界のあるべき姿を知るは罪か
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 街の一角にお尋ね者の絵姿が貼られている。フードを目深に被った人物がわかりやすく落ち込んだ。溜息がつい出てきてしまう。

「仕方ないだろう。顔出しちゃったんだから」

 そういうのは同じくローブを被った男だ。

 国都から離れた街にもしっかりと董や秦のことは知れ渡っている。ただし髪型や髪色を細工したり、雰囲気を変えたり、と変装していれば存外気づかれないものだ。

「宴花こそ、いいのかよ」

 ローブを被った男は国都で姿を消したままの宴花だ。話を持ちかけたのは董たちであったが本当に乗ってくるとは思わなかった。神殿からラクルを取り戻した時にひそかに連絡手段を持ちかけていた。それはすぐに使われる予定ではなかったのだが、そうもいかなかなくなった。秘密裏に話を持ちかければ、宴花は応じたのだ。

「いいさ。どうせ信頼はされていなかった。それよりも本来の姿で居られる方が全然いい」

 宴花の髪の色は茶色だ。しかし神殿に居る間は鈍い金髪になっていた。

「それよりも今度は何処へ行くんだ」

「そうだな。ケーリーに無事な姿を見せないと」

 国都を出て、既に半年経っている。その間に手配書が回され、董たちはあちこちの街を短期間で回る羽目になっている。時にイエ族の仲間たちが匿ってくれることもあったが、迷惑をかけ続けることはできない。

「秦の幼馴染だったな」

「そうだよ。知っているのか」

「調べたからね」

 神殿へ居たときに宴花はやはり秦と董のことを細かく調べていたようだ。絵姿は知っていると回答が返ってきた。

「あ、董」

 二人の傍にかわいらしい声が降ってくる。ラクルだ。

「セト様は秦様と馬車に戻りましたわ。お二人も行きましょう。ケーリーさんと連絡がついたそうです」

 ラクルが笑顔を振りまきながら近寄ってくる。

「ラクル嬢、嬉しそうだね」

「もちろんです。宴花こそ、最近はよく休めているようですね。何よりです」

 ラクルの頭を撫でる宴花。それを特に気に留めないラクル。この光景も最近では慣れてきた。董はラクルが神殿に戻った後どういう環境にあったかは想像でしか知らない。けれど、その間に宴花はラクルを影から気遣ってくれたらしい。表だって味方にはなれないが、守ると言ってもらえたのだと聞いた。

 その時のことがあるのか、二人は仲が良い。初めの出会いこそ最悪だったが、良好な関係を築けているようだ。

「ほら、セト様を待たせるわけにはいきませんわ」

 背中を押され、董は歩き始める。 他愛ない話をしながら馬車へ着くと、やがて馬車は進み始める。



 董は時々考える。

 本当に自分はどんな存在なんだろう、と。セトとも何度かそんな会話を交わしたことがある。当人同士でしか悩めないこともある。

 秦は悪ではないと言ったし、実際調べていた時に違うと董自身もそう思えた。けれどその証は自分が立てるしかない。

「董、どうした?」

 黙りこくっていた董にセトが不思議そうに顔を寄せてくる。

「いや、なんかセトと会って色々なことがあったなあと思ってさ」

 ただ単純な興味でオエバに会おうとした。それがいまやこんな大事になっているとは董には信じられないことだ。

「私は、よかったと思っているよ」

 セトが珍しくやさしい声音で答える。

「一人ではなかった。董が居てくれて嬉しかった。それにラクルと世界のいろんな場所を見て回れる。夢が叶ったよ」

「そっか。それはよかった」

 無駄じゃなかった。そう思えただけで董は満足する。

「あのな。内緒だぞ。私は秦に会った時、……泣いてしまったんだ」

「え?」

 少し声を落として、衝撃なことを口にされた。思わず聞き返す。

「秦に何かされたの? いや、そんなことしていないとは思うけど、でも何故?」

 セトが董の目をじっと見つめる。その目は真剣そのものだ。

「『セト様、貴女に会えて光栄です』と、そう言われたんだ」

「そ、それで」

 ゆるゆると首を振ると、セトは仄かに笑みを浮かばせた。

「それだけだ」

 言われたことは普通のことのように思える。けれどセトはきちんと自分の名前を呼ばれることが滅多になかった。しっかり目を見て、オエバであるセトを、オエバである以前にセトとして、認識してくれたことが嬉しかった。

 セトは同時にもう一つ思い出す。かつて秦がいつかセトに会わせたい人物が居ると言っていた。それは紛れもなく董のことだろう。

「董」

 笑ってみせれば彼は首を傾げる。

「ありがとう」

 ただ一言、セトが発したのはそれだけだ。

 だが言葉以上に董を凝視する目が、握られた手が、情感の籠った言葉が、セトの熱い想いを伝えてきた。

 口を開き、しかし何も言えず。董は俯いて顔を真っ赤にさせた。想いは言葉にならず、ただしセトの耳にはかすかに嗚咽が聞こえていた。

 セトに背をさすられながら、董は先ほどの不安などとんでいってしまったことに気づいた。董の存在を許してくれる人が居る。かつて護衛した商人たちにも感謝されて、嬉しかった。

 だけれど、董にとってやはりセトは特別なのだ。

 安穏とした生活は難しいだろう。けれど選んだものは希望に満ちている。

 董はセトの手を強く握り返した。




 かつて世界にはオエバとブロウクという存在があった。

 それらは善でもなく、また悪でもない。ただ世界の意思をその身に宿すものである。

 オエバは心身に世界の痛みを宿し、ブロウクは心身に世界の強さを宿した。

 時にある二者は分かたれた場所に生れ落ちた。しかし存在が惹かれあうように出会い、共に世界を駆け、やがて世界の各国を巡ることになる。二者は仲間と共に生国とは遠く離れた地を安住の地と落ち着けた。そこにはいつの日か人が集まり、村になり、町になり、国となった。その二者はまもなく鬼籍に入ったが、子が後を継いだ。

 子は三人居た。二者の伏した後より長男である青年の右の掌には王冠の痣が現れた。長女である第二子の娘の左の掌には涙型の痣が現れた。末子である次女の掌には痣はなかった。しかし国を継いだのは末娘である彼女であった。国主となった彼女を兄と姉はよく支えた。時に激励し、叱咤し、けれど兄と姉はけして玉座には座らなかった。

 国民たちはその様子を見て、痣は王を支えるものの証だと考えた。誠実で強き心の持ち主に宿るのだと思われた。

 その思想は国を越え、世界へ巡る。そしていつの日にか、痣はまた違う誰かの下に現れる。

 そうした痣の持ち主は、今度は世界に慶ばれる存在となった。


 


ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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