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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
四、世界のあるべき姿を知るは罪か
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 数か月ぶりに会うのは一座の皆だ。

 秦ともどもよく世話になった。久しぶりだというのに、変わらない笑顔で迎えてくれたことが嬉しかった。董は彼女たちの中に入り込むと前後左右から身体を叩かれ、じゃれあった。

「董」

 座長の姿があった。

 喜びに頬が緩み、けれど言葉は出なかった。

「よく頑張ったね」

 あたたかな声と共に手のひらが落ちてくる。撫でられるがまま、董は言葉も返すことなく俯いた。ただ単に照れ臭かったのだ。

 座長もそのことを理解しているらしく、苦笑する気配がした。

「あんたはもっと自分を評価しておやり。ちゃんと皆わかってる」

 一座の中は心地よかった。

 その夜は皆で色々な話をした。離れていた間のこと、やはり一座は国中を巡っていた。その間に董のことも聞いたという。どんな話を聞いたのかは聞けなかった。代わりにどうして皆こんなに手を貸してくれるのだろう、と呟いた。

「秦があんたの為に皆を集めたんだ。あいつも、もっと貪欲になっていいと思うんだが、そのためにはまず董が先に幸せになってやらないといけないらしいよ」

 だから二人のために皆が立ち上がったのだと言われた。こそばゆくて、董は顔を上げられなかった。だけど座長は赤くなった董の頬に手を添えた。俯くことは許されなかった。

「董、あんたと秦にあたしらがしてやれることはそう多くない。だけど、してもらったことは多い。そのツケを皆で返すよ」

「してもらったことの多さは僕たちの方だよ、こんなのどうやって返せばいいんだろう」

 異なことを言われ、董はきょとんと眼を瞬かせる。だけど座長は真剣そのものの表情で、周りの皆に向けて声を張り上げる。

「皆、いいかい! 董と秦のこれからがかかっている。全力でもてなすよ!」

 拳を掲げた座長に呼応するように皆が同じ動作を行う。

 おろおろするのは董ばかりで、誰もが誇らしげな表情をしていた。そこにあるのは期待と、自信。彼らも皆すべてを賭けて集まってくれていることを理解している。けれど予想以上に明るい姿に董は戸惑った。

 しかし次第にそれは興奮の波に飲み込まれていった。



 国都に入り込むにはまた一座の世話になった。世話になりすぎて、董は本当にもう何を彼らに返せばよいのかわからない。

「そんな難しいこと考えなくてもいいと思うぞ」

 のんびりと答えるのは秦だ。口調はやさしいが、今はそんな状況ではない。神殿への第二撃目はもうまもなく始まろうとしている。

「座長はお前に笑ってほしいんだよ。わかってるだろう」

「そりゃ、わかっているけどね」

 貰ってばかりに胡坐をかくのも落ち着かない。そう言えば秦も苦い顔を浮かべる。互いに気持ちは同じなのだ。助力いただいたものを仇で返すような真似はしたくない。

 秦がその場で立ち上がると、頭から布を被って董も続いた。

 二人が居るのは広場である。国都で何か大きな催し物があるときは此処でいつも行われる。かってオエバが民衆の前に姿を現した場所も此処であった。先般の出来事で、民衆の間には神殿への不信の種が蒔かれている。オエバが逃げ出したことは出るところへ出ればわかる情報なのだ。箝口令は敷いているが、人の口に戸はたてられない。

 使われていない時の広場は皆の憩いの場として提供されている。さすがに舞台に上ることはできないが、何かをやるにはもってこいの場所なのだ。広場の中央へ、秦は歩いていく。足取りは迷いなく、堂々としたものだ。

 秦は周囲を見回した。散歩を楽しむ者や、のんびりと弁当を広げている家族連れ、通りすがりの若人たち。皆思い思いに過ごしている。その中に、秦は入り込むべく手を出した。

 叩く音が大きく跳ねる。

 視線が集まったことを確認すると、おもむろに声を張り上げた。

「国都の皆様、こんにちは。そして、申し訳ありません。少しだけ私の話を聞いてくれませんか」

 響き渡る声は拡声器も何も使っていないのに、広場全体へ届いた。当然視線は集まる。訝る周囲をものともせず、秦は話を続けていく。

「貴方にとってオエバの存在はどんなものですか?」

 胡乱な目にわずかな興味が浮かぶ。オエバの名は誰にとっても見過ごせないものであるはずだ。

「私にとってオエバの存在は尊いものです。皆様にとってもきっとそうでしょう。尊く、眩しい、何物にも替え難い世界の癒しです」

 オエバとは、世界の癒しである。

 それは周知の事実であり、世界の常識だ。たとえブロウクについての意見が違ったとしても、オエバに対しては皆同じだろう。

「でも、オエバとはなんなのでしょうか? 貴方は知っていますか?」

 すぐ傍に居た青年に話しかける。戸惑いながら青年はもごもごと口を開く。

「その、世界を救う存在だろう? 世界の癒しというくらいなのだから」

 それは模範解答であるともいえるが、違うともいえる。

「そうですね。オエバは世界の癒しと言われています。でもそれはどういう意味でしょう? 世界に望まれている、癒している、本当かもしれません。でも目には見えない。どうして真実と言えますか?」

 秦は実際にセトがどういう存在か知っている。だが上辺でしか知らない者たちには言葉だけがすべてになってしまう。

「オエバが癒しだって昔から決まっているんだから、そうなんだよ!」

 何処からか怒声が飛んでくる。古来からの謂れになぞるものなど、なんの証にもならない。秦はにっこりと笑みを浮かべながら更に口上を並べていく。

「そうですね、昔からオエバは世界に望まれた存在です。望まれて現れる、それは紛れもない事実でしょう。では、ブロウクはどうでしょうか? 昔からオエバと共にこの世界に姿を現す存在ですよね」

 言葉を切ると、周囲を見回して秦は皆の表情を検めた。不快げに眉を寄せる者や、秦の言わんとすることを予想して顔を背ける者、ハッとした表情で興味を返してくる者は稀だ。

「貴方がたはオエバの姿を見たことがあると思います。まだ十代の幼い少女の姿を。ですが、ブロウクのことは知っていますか? 見たことがありますか? 彼が貴方がたと何が異なっているか、知っていますか?」

 ひそやかなざわめきが沸き起こり、そしてまた波のように引いていった。

 静まった中に動く者がある。秦がその姿を認めて膝を折る。

「随分思い切ったことをする」

 呆れの中に潜む安堵に、秦は満足する。

「本当に。不思議な方ですね」

 セトの後にラクルが続く。そしてラクルは国都の皆にとってオエバという存在だ。

 ラクルの姿に気づいた者が慌てた様子を見せる。それに気づかないという素振りで、秦はセトの手を取った。

「皆知っているはずだ。オエバの姿を」

 そう言って皆が凝視するのはラクルの方だ。しかしラクルではない。秦はセトの手を取ると左の掌を掲げてみせる。

「けれど真実ではない。彼女はただの少女だ。本物のオエバはこちらのお方だ。見えるか? この掌の痣を。そして何もない綺麗な掌を」

 セト同様にラクルが自らの掌を掲げる。そこには何も痣はない。

「真実は与えられるものではない。皆の掲げる真実が必ずしも正しいとは限らない」

 痣を見せつけられて、反論できる言葉を持っている者はいなかった。静まり返った広場には秦の声だけが流れていく。

「さて、先ほども私は訊ねたが、ブロウクの姿を見たことはありますか? 彼は何の力もない少年に過ぎないことを知らないでしょう?」

 不意に秦の目の前に少年が躍り出る。平均より少しだけ小さな少年は嘆息すると、秦を窺った。秦はセトたちに一礼すると、董の手袋を落としてしまう。右の掌には王冠の形をした痣があった。

「ほら、こんな風に。大きくも強くもなさそうな少年がブロウクだと知っていましたか?」

 董は体が強張るのを完全に抑えることはできなかった。

 これまで正体を知らないまでも、ただブロウクの話題が出ただけで罵詈雑言を浴びせられたのだ。自分ではなく、想像のブロウクに対してだったがそれだけでもひどいものだった。

 今も数人が険しい表情を浮かべている。怒りでか、顔を真っ赤にしている者もいる。何を言われるのだろうかと思うと、董は身が竦む思いだ。

「……な、なんでブロウクがいるんだ? 本物、なのか?」

 戸惑いが耳に入ってくる。

「子どもだろうとブロウクはブロウクだろ。世界を壊すものがなんでこんなところにいるんだよ。だ、誰か衛兵に連絡した方がいいんじゃないか」

 困惑は混乱を呼び、さざなみのように広がっていく。騒ぎが大きくなる前に秦は言いたいことを言い切ってしまおう一際大きく口を開く。

「オエバと共にブロウクも常に存在する。その意味を考えたこともないだろう。考えることが今の私たちには必要ではないか」

「そんなものブロウクに必要なわけがないだろう! 悪だと言ったら悪なのだ! オエバと同じで昔から決まっていることだ!」

 野次が飛んできた。

「何を考えているかわからぬイエ族の小僧など、どうなろうと知ったことか!」

「そもそも何故生きているのか。いっそのこと此処でその命断ってしまった方が世の為になるだろうよ」

 それも一つ飛べば連鎖してやってくる。董は耐えようとしたけれど、ついには俯いてしまった。強く噛みすぎて下唇が痛くなるのも気にしていられない。

「董、前を向け」

 逃げたいと思ってしまった董に、秦は小声で注意する。そろりと董が顔を上げれば目があった何人かが肩を震わせる。恐れているのはあちらも同じのようだ。

「罪悪感はないのか!」

 董のすぐ傍で秦が轟いた。その声には怒りが含まれている。

「彼はまだあんたが言ったように、子どもだぞ。子どもに浴びせる言葉じゃない。それに彼が何をした? ブロウクは破壊する存在だと皆言う。だが何を破壊した? かつて国を破壊した? それはこの子がしたわけではないだろうが!」

 思わずまじまじと秦を見てしまった。庇ってくれる存在であることはわかっていた。けれど、こうやって他者に対して露骨に怒りを見せることはあまりない。

「大体!」

 秦の手が董の右手を引っ張り上げる。先刻も見せつけた掌だ。

「痣は王冠の形なんだぞ! その意味も考えない奴にブロウクを非難する資格はない。悪かと聞かれたなら、俺は胸を張って答える。ブロウクは悪ではない。何度もこの世に現れるのは必要だからに他ならない。まさか居るだけで害になるとか言うものは居ないだろうな! そう言う奴には俺がそいつに、お前の存在こそが害悪だ、と言ってのけてやる」

 興奮して秦の一人称がいつものように戻ってしまっている。だが董は窘めることもせずに心の中で感動していた。ここまで言ってくれるとは思っていなかった。単純に嬉しかった。

 だが、それ以上は秦も口上を述べることはできなかった。神殿の警備兵がやってきたのだ。

 衛兵の姿にセトとラクルを連れて、秦が広場の裏手へ走る。そして警備の者たちの相手は、董である。ブロウクとさっきの演説でばれてしまってはいるが、子どもと思って向かってくる彼らの攻撃を董は難なく避けていく。そして懐に入り込み、或いは背中へ回り込み手とうでもって態度を示した。

 だが見知った顔を見つけて董が構えを改める。立ちはだかるのは宴花だ。短剣を煌めかせて董の正面へ切り込む。手甲で受けるものの吹き飛ばされる。

「こんな馬鹿な真似をしなければ、もっと長く生きながらえたものを」

「これが神殿の答えか……」

 追いすがる宴花の攻撃を受けきれず、董の頬に血が滲む。

「残念だ」

 董ではない。秦が宴花へ剣を向けていた。

 後ろへ飛び退る宴花。彼を威嚇しながら、秦は問いかける。声を限りに提示する。

「神殿の言葉は真実か? 国がいつも正しいか? 私たちは考えることができるはずだ」

 叫び、おまけに不敵な笑みも引っ付けた。距離を空けた宴花にちらっと視線を移すと、秦は煙幕を放った。煙が消えたときには秦と董の姿は遠くに去っていた。そして何故か宴花も見えなくなっていた。



 衛兵たちは命令に従って彼らを追おうとしたが、そこに小さな子どもが立ちふさがった。十歳前後の幼子は、衛兵の一人に訊ねる。

「ねえ、あのおにいちゃん、悪いことしたの? 昨日、馬が暴走したときに助けてくれたんだよ?」

 咄嗟に答えることが出来なかった衛兵の胸に、子どもの放った棘が刺さった。

「いい人だよ?」

 無邪気な笑みに誰も応えることはできなかった。


次で最終です。

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