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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
四、世界のあるべき姿を知るは罪か
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 馬車の中は重い空気に包まれていた。行先は秦しか知らない。けどそれを咎める人物は居ない。

 それぞれが自己嫌悪に陥っていた。口に出しては憚られる。それでも自分の中と折り合いをつけるために各々が戦っていた。

 董は頭を抱えていた。以前にもあったことだ。自分がブロウクと知れた途端に手のひらを返された。慎重に行動していたため、多い経験ではないが噂話に自分が登場することもありひやひやした。宿で他の人と一緒になるときは特に要注意だった。

 おかげで秦には迷惑をかけた。今度も、だ。

 故郷に秦はいい思い出がないのに、更に董のせいで悲惨なことになっている。そう思うと頭を抱えるしかなかった。

「あの、さっきの村のことは残念だったと思います。でも、わたくしにも説明をしていただけないでしょうか」

 セトを慰めていたラクルがおそるおそる口を開いた。御者台に居る秦にも声は届いているだろう。

「そもそも何故、あのような事態になったのでしょうか」

 彼女は何も知らぬまま連れて来られたのだ。知る権利がある。

 董は秦を見やる。一つ頷いて、前を向いた秦に董はラクルの方に体ごと向けた。

「ラクル、秦はイエ族とハクラ族の相の子なんだ。世間では民族の間に区別はないなんていう人もいるけど、実際はそうではない。全然違う。そのこと、知ってる?」

「……はい」

 ラクルは秦のことを知っていたのに、そのことを忘れていた。己の失態に俯く彼女に、董は気にしなくていいよ、と言った。世間がどうであれ、秦は両親のことを恥と思っていない。ただ世間との意見の乖離はどうしようもないのだ。

「けど、今回問題なのは村での立場が悪いところに目を付けられたことだ」

 神殿の襲撃はうまくいった。だけど拠点としていた場所を容易く奪われた。もっと警戒をするべきだった。早く戻ろうと思えば戻れた。いくら被害が秦の家だけだとは言っても、風が強ければ他の家にも飛び火したはずだ。

 油断していた。

 だからこそ自己嫌悪に陥っていたのだ。

「僕らが思っているより神殿は強い。それはわかっていたつもりなんだけどね」

「そうですね。情報網も、そして衛兵たちも優れています。それは真実です。目を背けてはいられません。でも、わたくしたちは抵抗することを選んだのですよ」

 ラクルは正しく理解を示した。

 董は自分が追われていることを十分知っている。此処でうだうだと考えても意味はない。ラクルはずっと囚われている間も待っていてくれた。信じてくれていた。董や秦、そしてセトが必ず諦めないということを。

 だったら諦めるという選択肢は出来ない。

「秦、作戦を立て直そう。すべてが駄目になったわけじゃない。撒いた種もある」

 顔を上げ、董は御者台の秦を仰ぎ見た。会話はきちんと聞いていたのだろう。こちらを振り返ると、しっかり頷いた。

「わかっているよ。ちゃんと考えている」

「国都には何れにしろ行かなければならない。どうやって行けばいい。それにあいつらにもう一度目に物見せてやらないと」

「どうせ俺たちだけじゃやれることが限られている。こういう時は、使えるものを使えるだけ使うんだ」

 にやっと笑って、秦は南都へ針路を変えた。



 逃げることは董にとって日常だった。

 いつも自分の存在が見つからないか、不安だった。ブロウクという存在は世間に望まれぬものだと理解していた。秦にも言われたし、何かの折にオエバを知ったなら対となるようにブロウクの話をされた。恐れられ、厭われる。それがどれだけ董の心を傷つけたかは知らない。

 しかし今、董は逃げることを止めようとしている。オエバとブロウクとはどういう存在なのか。改めて考えた結果だ。

 必要のない存在などいないのだと、自分は生きていていいのだと、じわり胸に明かりが灯った。たとえ誰が董を嫌っても、秦は傍にいさせてくれた。セトは教えを請うた。ラクルは待っていてくれた。そのことが何よりうれしかった。

 南都へ着くと秦は目的がはっきりしているようで、即座に董たちを案内し始めた。表通りを抜けて、裏通りへ。少し薄暗い道は先行きを不安にさせる。だけど秦の背中は迷いがない。その背中に董はしっかりついていく。

 やがて道は突然大きく広がった。住宅の途切れたその先は広場になっていたようだ。しかし驚いたのはそれが理由ではない。耳に飛び込む音楽と、目に鮮やかな衣装の数々。そこに居たのは楽師と踊り子たちだ。好き好きに踊り、楽を奏でる。その自由なことよ。董は呆けてしまう頬を思わず掴む。

「な、なんで……」

「あ、此処には連れてきたことなかったか。イエ族の集落が南都にはまだ残っているんだ」

 同じように呆けているセトとラクルが、秦の言葉に不安を覗かせる。

「私たちが来てしまっていいのか?」

 彼女たちはハクラ族だ。イエ族の中にあっては逆に異質な存在になってしまうだろう。だが、秦は笑みを浮かべた。

「関係ありません。共にあろうとする気持ちがあるのならば、イエ族はいつでも誰でも歓迎いたします」

 芝居がかった仕草で二人を招く。董はその言葉に覚えがあった。秦ではなく、一座の誰かに言われたものだ。

 広場に近づけば数人が視線を投げかけてくる。視線の種類は穏やかなものだけではないけれど、秦の旧知の人物が駆け寄ってくる。それだけで鋭い気配が和らいだのがわかった。

 それでもセトとラクルの姿に少し眉を潜める人が居る。それぞれの感情すべてを管理することなどできないのだから仕方がない。

 秦の周りに人が集まり、董はセトとラクルをやんわり彼から離す。情報収集と説明をするには董たちは邪魔だろうと考えてのことだ。だが秦に駆け寄っていると思っていた人物の幾人かは董の方にも向いていた。

「お久しぶりですね。董殿」

 飛び込んできたのはいつぞや東都まで送ってくれた商人だ。

「貴方も居たんですか」

 商人はセトとラクルにも喜びの笑みを浮かべた。

「おお、いつぞやのお嬢さん方ですね。それともオエバ殿と呼んだ方がよろしいのかな」

 笑ったまま告げた言葉に、ラクルがセトを庇うように前に出る。だがその様子に商人はにこにこと表情を崩さない。

「大丈夫ですよ。お二人のことをわたしたちは歓迎したいと思っているんです。各々思うところが違いますから、どうしても嫌がる人も居るのは仕方ないのですが……。でもわたしは嬉しかった」

「……どういうことですか? どんな風に話が広まっているのでしょうか」

 迎えてくれることは嬉しいが、どこをどうしたらそんな歓迎される話になるのかがわからない。董は首を傾げる。ラクルも害意がないことを理解すると緊張を解いたが、困惑した表情を浮かべている。ただ一人、セトは喜びのまま表情を顔にのせていた。

「ありがとう。その思いだけでとても嬉しい」

「いやあ、スッとしたよ。神殿の行いは常々強硬すぎると思っていたんだ。それにオエバは世界のものさ。神殿のものではない」

 何でもないように話すが、それはずっと董と秦が知りたかったことだ。

「あの、なんでオエバは世界のものだと思うんですか」

「へ? だってオエバは世界の癒しだよ。神殿の癒しじゃない」

 当然だろうと答えた商人に、董の声は裏返る。

「そ、それだけ、ですか?」

 真実を知っているのかと思っていたが、そうでもなかったらしい。ふう、と息を吐き出した董の肩を叩いて商人は皆の下へ三人を促した。

「さあ、君に会いたいという人が他にもいるよ。休むといい。……それに商人は案外古いことも知っているのさ」

 後半は極小さな声で囁いた。その言葉を董ははっきり聞き取れなかったが、商人は笑みを返すしかしなかった。

 広場の奥には他にも見知った顔があった。いづれも旅の途中で世話になったことがある人たちだった。董にかつて用心棒を頼んだ他の商人もいた。一座の皆もいるのかと捜したが、この場にはいないようだった。きょろきょろしていたことで、誰を捜していたのかわかったのか、商人が苦笑しながら教えてくれた。

「一座の皆だろう。今こちらに向かっているよ。秦殿が手を貸してほしいとわざわざ連絡してきたからね。今きっと大急ぎで向かっているところだろうね」

「え?」

「おや、……これは秘密だったかな。秦殿にはまだ聞いてはいけないよ」

 内緒だ、と言う彼に更に質問を重ねることはできなかった。他の者たちに声を掛けられてしまったからだ。セトとラクルは先日の救出劇に喝采を贈られ恐縮した様子を見せている。董も同じように色々と声を掛けられた。そして秦の故郷が焼かれたことを知っている者たちも少なからずいた。

 イエ族というのは同族に対して協力的であるのは知っていた。けれどこうやって集まって何かを成すような者たちではなかったように思う。情は厚い。だが個人行動も多い。そう認識していたけれど、董は少し考えを改めようと思った。

 情に厚く、そして時に彼らは損得を顧みず動くことを厭わない。

 董は胸が熱くなるのを感じた。


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