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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
四、世界のあるべき姿を知るは罪か
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久々すぎてすみません。


 あの日、董が意識した日に、作戦の実行日は決まった。情報は既に入ってきていた。

 オエバと国王の謁見である。

 神殿以外の場所に出る、オエバの姿を見ることができるのは貴重だ。そして神殿の面子を潰すにはもってこいだった。何よりラクルを助け出すにはこの日以外になかった。

 作戦は単純だった。目的はラクルを取り戻す、その一点であったからだ。その為にはどうするべきか、何が効果的か、どこまで自分たちの情報を流してよいか、考えることは少なくなかった。董とセトについては散々悩んだ。秦は理解しながらも董を世間に知らせることに抵抗を見せた。しかしもう黙っていることは難しい。宴花は今のところ口を噤んでいるが、いつばらしてしまうかわからない。それならば先に言ってしまえと董は思ったのだ。それに注意が逸らせるならラクルを助ける確率が上がるのだ。採らない理由はない。

 そうして立てた計画は思いのほかうまくいった。ラクルを取り返し、オエバとブロウクの姿を見せつけた。ちょっとした置き土産も残したところで、董たちは王都を密かに離れたのだ。


 計画はうまくいったと思う。本当に、そう思っていた。

「……秦、僕たちは失敗したの?」

 呆然と見つめる先には炎が上がっている。足元が急になくなった気分だ。上機嫌だった数分前の自分が恥ずかしい。

「呆けている場合か! 董、セト様たちを頼む!」

 村に着いた途端に見えた炎はケーリーの家付近に思えた。馬車から飛び降りる秦は背後のオエバたちを示し、董に意識の上昇を促した。

「そんな……!」

 セトの驚愕した声が響く。駈け出そうとする彼女をラクルが抱きしめる。

「セト様、落ち着いてください。危ないです」

「……セト」

 彼女の顔は真っ青だ。しかし董もきっと同じ顔をしている。ケーリーたちは無事だろうかという不安が二人の胸を占拠している。

「セト、行こう。ラクル、支えてあげて」

「はい」

 足取りの覚束ないセトをラクルと二人で支える。王都を襲撃したのは十日前だ。そして戻ってきたのはたった今。

「……くそっ」

 口の中に鉄の匂いが広がる。

 董は自分の甘さを悔いた。腐っても神殿だ。国王も居た。自分たちが何処に居たか、調べることは難しくなかっただろう。しかも見せつけるように戻ってきた頃合いで火を放った。自分が貶められることなんて当に慣れた。けれど他人を犠牲にするのは嫌だ。

 また、自分のせいだと暗く沈む。異常な強さに人は自分と一線を画す。隠しても見られてしまえば、恐れを抱かせる。

「董!」

 胸倉をつかまれてハッとする。

「何を呆けているのです!」

 ラクルが目を吊り上げて怒っている。

「誰かを巻き込んでいることなんて、逃げた時からわかっていました。悔いて立ち止まるのではなく、わたくしたちは顔を上げて前へ進まないといけないのです」

 董を掴む手が震えている。小さな少女の強さに、彼は微笑むことで返した。

「ラクル、ありがとう」

「行きますわよ。セト様、急ぎましょう」

 呆気にとられたのは董だけではない。セトも瞳を瞬かせていた。だがすぐに笑みが顔中に広がった。


 まもなくたどり着いた騒ぎの中心には、ケーリーとその家族が小さくなって蹲っていた。そのすぐ傍に消火活動を必死に行う秦の姿がある。彼女の家は幸いなことに全焼には至らなかった。けれど、秦の家がまだ燃えている。燃えているのだ。

 慌てて消火の手伝いに加わる。火の勢いは見つけた時より衰えているものの、そう簡単に消えてくれそうにない。村の住人で手が空いている者も水を持って走り回っている。

 目の端でセトとラクルがケーリー親子を慰めているのを捕えた。董はとにかく動いた。有り余る体力を今使わなくては意味がなかった。

 結局落ち着いたのは夜も深くなった頃だった。火事は放火だった。原因は董たちであろう。声には出さずとも、他の住人達もそう思っているはずだ。目がそう語っている。

 秦の生家は最も激しく燃えた。

 彼は呆然とした様子で家を見ている。その背に董は手を伸ばし、しかし触れることは出来なかった。ただ呆然と秦は哀しみを訴えていた。

 しかしずっとこの場に残ることは出来ない。

「董」

 振り返ればセトがケーリーを支えて立っていた。

「あんたたち、今すぐに此処を離れなさい」

「え?」

 ケーリーが痛みを堪えるような顔をしていた。すぐに返事を返せなかった董だが、一拍して理解した。自分たちが居たから駄目だったのだ、と。

「……うん」

 自分の絞り出した声に泣きそうになっていることに気付く。董は俯いて、彼女の顔を見ないように言葉を返した。

「ごめんね。僕が居たせいで、ケーリーにもおじさんたちにも……ごめん」

 もっと言うべき言葉はあるはずなのに、枯渇してしまったように謝罪の言葉しか浮かばない。

「馬鹿」

 地面を映す視界に足が入り込む。ケーリーだとわかった。後ろに下がろうとした董の頬を下から両の手で包んだ。肩を揺らす董を、彼女は自身の胸に押し付けた。

「馬鹿ねえ。あんたのせいじゃないわ。あたしがもっとちゃんと警戒してなかったのがいけなかったの。狙われることはわかっていたのだから、油断したあたしが悪い。それよりも此処を出るのよ。あんたたちが捕まってはいけないの。だから、ほら、……秦! いつまで呆けているつもり? 守るべきはまだ此処にあるでしょう!」

 後半は秦に向けて、ケーリーが叫ぶ。

彼女の声に、秦は振り返る。目を見開いて、瞬かせる。そして涙の跡を擦った。

「……悪い」

 一言だけの謝罪。だけど二人はそれだけで苦笑を浮かべる。

「あたしのことは気にしないで大丈夫よ。村にハブられていたのはあんただけだもん」

「そうだったな……。じゃあ、行くよ。董が圧死しそうだから、返してくれるか」

 胸の中で蠢く董に、ケーリーは慌てて腕を離す。真っ赤になった董を秦は引きずって、セトの前に膝を着く。

 セトはラクルと共に待っていた。秦は呼吸を整えると真っ直ぐに主を見据えた。

「情けないところを見せてしまいました。セト様、ラクル様、まだ私が傍に在ることを許していただけますか」

「もちろんだ。それより急ぐのだろう。ケーリーたちは本当に大丈夫なのか?」

「寧ろ私たちが居なければ安全です。行きましょう。伝手があります」

「わかった。馬車へ引き返そう」

 頷くとセトは背後のラクルに手を差し出した。

「ラクル、落着けるのはもう少し後になってしまった。我慢してくれ」

「セト様と居られるのなら、構いません」

 出された手を嬉しそうに握ってラクルは馬車へ足を向ける。秦がその前に進み出て、董はきちんと自分の足で立ち上がるとその横に並んだ。

 ケーリーを振り返ると、彼女はさっさと行けと手を振った。


 馬車へ急ぎ戻ると、再び出発する。

「何処へ行く?」

 御者台に乗った秦に馬車の中から訊ねる。董はラクルと共にセトを挟んで座っている。

「……方々に連絡を取る。暫くは不便を強いるかもしれません」

 後半はセトへ向けての言葉だろう。

「秦、私はちゃんと信頼している。だから謝るなよ」

「御意」

 真っ直ぐに正面だけを見据えて、秦は応えた。

 暗くなった道を彼らは進む。そこに道標はない。けれど、道は続いている。

 秦は頭の中に動くべき道を描き出した。



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