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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
四、世界のあるべき姿を知るは罪か
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「面を上げよ」

 初老の男性の声に従って顔を上げる。ラクルはどうしてこんなことになったのかと暗くなる。表面上は取り繕っているが、内心穏やかではない。

 神殿に連れ帰られた彼女を待っていたのは大僧侶だった。

ラクルは自分の立場を理解していた。幼い頃はセトと同じ背丈だった。髪の色も瞳の色も同じ。自分はセトの影だと理解していた。影であり、そのくせ光でもある。セトの為に生きることを決められ、セトの為に死ぬことを決められていた。嫌だと思ったことはない。それは彼女にとって誇りだった。

 けれども、今になってそれが彼女の足を引っ張っている。ラクルは今、皆にとってのオエバになっている。それは仕方ない、仕方ないことだと理解している――頭では。

「オエバよ」

 頭上に冠を掲げる男はこの国で最も権力を持つ。本来ならラクルが単体で相対することなど出来ない。けれど彼女は今、オエバなのである。口惜しいことに。

 ひそかに息を吐き出し、笑みを浮かべた。観衆に見守られる中、ラクルは国の安寧の宣誓の為に立ち上がる。こんなことはオエバの仕事ではない。神殿と国がことさらにオエバの姿を世間に拡散させようとしているだけだ。それがわかっているのに対策を打てないこの身に怒りが湧いた。

 ラクルはただ、セトと再会出来ることを信じるしか出来ない。そのためにはオエバとして過ごさなければならないのだ。

「世界の癒し、オエバ。汝に問う」

 茶番だとわかっている。

「我らが民は息災か?」

 呆れて溜息が出そうになるのを何とか飲み込む。左手に視線を移す。白い手袋に覆われたその下には涙型の痣が刻まれている。

 大僧侶の近くにハナミが居るのが見えた。ラクルが視線を向けると、頷く彼が見えた。

 立ち上がり、王の元へと歩み行く。数歩分空けて、ラクルは手を差し出した。この後、国王の手が重なり、ラクルが国の繁栄を約束するという手筈になっている。なんて愚かな行為なのだろう。そう思いながらも抵抗することは出来なかった。

 背の低いラクルの遥かな高みから、手が落ちてくる。そのまま重なるはずだった。しかし、ラクルの元へ来る前に、国王の手は払われてしまった。

「だ、誰だ!」

 目の前には壁がある。背の高い誰かがラクルを庇うように立っていた。目を丸くするラクルの袖を後ろから引く手があった。振り返れば、突如周囲が煙に包まれる。煙幕だ、と呟いた時にはもうその手の主に担がれていた。

「もうすぐ、セトに会えるよ」

 驚いて暴れようとしたラクルはその言葉に口を閉じる。耳触りの良い少年の声、気遣う調子にラクルは相手の体にしがみつく。

「董!」

 ずっと待っていた。必ず来てくれると思っていた。

「遅くなってごめん。しっかり捕まってて」

 言うが早いか、董は煙幕の中から飛び上がった。視界がぐんと高くなる。未だ煙の残る場所からは咳き込む声や怒号が響いている。煙幕から抜け出て、神殿の屋根に着地した董はラクルの足を下ろす。

 その代わりに手をしっかりと握られた。安心させるような力強さにホッと安堵の息を吐く。

 董はラクルが安心したのを見ると、下に目をやった。そうして大きく息を吸い込む。

「オエバの命、貰い受ける!」

 叫ばれた内容に目を剥く。だが心配するなと言わんばかりに董は微笑む。そしてラクルを背後に押しやった。そこには秦が跪いていた。

「ラクル様、お待たせいたしました。セト様の元へ、案内いたします」

 囁くなり今度は秦に担がれる。董はどうするのかと思って振り返ると、拳を構えて一点を見つめていた。飛び出してくるのはハナミだ。

「まさかそう来るとは」

 口の端を笑んだまま、ハナミが剣先を振るう。董はしなやかな動きで剣を避けると、右足を軸に体を回転させた。ラクルはその光景を見ながら心の中で謝っていた。どちらに対してなのかはわからない。ただ、自分の為にこうなってしまっているのは理解していた。

 ラクルが焦りと不安の表情を見せている。そのことに董は気付きながらも対処できなかった。目の前にはハナミが居るのだ。彼にとっての最大の壁だ。

 隙を見つけると剣戟の合間に小細工をしてくるので油断が出来ない。相変わらず飛ばしてくる針は、今度は正体がわかっているので対策をしている。新たに装備した手甲が活躍している。

「何を狙っているんだ、お前たち」

「狙っているのはそっちだろ」

 ラクルを神殿の外に連れて行った秦の姿が見える。だが外の警備も今日は半端ではない。いつもの倍以上動員されている騎士の波を分け入るのは大変だ。

「秦だけでどうにかなるとは思えないが」

「秦だけじゃないよ」

 ハナミの眉間に皺が寄る。にやりと笑ってみせるとハナミの視線が秦とラクルの更にその先に移った。


 神殿を守る僧侶たちを、セトは覚えている。身近で自分を大切に扱ってくれたことを覚えている。外に出たいと言う自分をやさしく宥めてくれたことを覚えている。

しかし外から眺める神殿はもう彼女の心に響かなかった。

 秦とラクルが必死にこちらへ近づこうとしている。ラクルの姿を認めると胸がいっぱいになる。だけど感動はまだ後だ。セトはラクルたちの直線状に立つと、そちらへ向かって歩き出した。

 間に居並ぶ警備が邪魔をする。一般人と思っているのだろう、セトを通さないようにしている。危険だと態度で告げている。しかしセトが引くことはない。ふと視線を動かせば顔なじみだった僧侶が居る。じっと見ていると相手も気付いたようだ。セトの姿に息をのむ様子が見てとれた。

「貴方は――」

「道を開けよ」

 高すぎない声が喧噪の中に響く。周囲の騎士がセトを見て驚愕の表情を浮かべる。近寄ろうとする僧侶たちと眉根を寄せる者たちが居る。もちろん近くに来ようとする者たちはセトの正体を知っている者たちだ。だがセトは彼らに首を振ると、再び声高に告げた。

「私の命令が聞こえないのか? 道を開けろと言ったのだ」

 睨めば彼らは条件反射であろう。セトの視界から飛びのいた。

「セト様!」

 その間隙を縫ってラクルが駆け寄ってくる。既に泣き出しそうな表情をしている彼女をしっかりと抱きとめて、セトは追って来る秦に視線を合わせた。

 秦の背後からはセトを知らない僧侶や、正気を取り戻した者が慌てふためいて駆け寄ってくる。だが、遅い。

「逃げるぞ!」

 上から董が落ちてきた。

 この場で誰よりも慌てているのはその後背からハナミの姿が迫っているからだろうか。

「捕まって」

 董はセトとラクルを丸ごと抱き上げて走り出す。彼の後ろで秦が元同僚の僧侶たちを牽制しながら走っている。

 目的の場所が見えたところで、董は二人を下ろした。セトがラクルの手を取って先へ走りこむ。そして董は彼らに居直った。秦が董の手を叩いて、彼の先へ走り去る。

 董は腹に力を込めると、声を限りに叫んだ。

「オエバはこのブロウクが貰い受ける!」

 怒声と憤怒の表情が董へ降り注ぐ。

右手の手袋を外して、掲げた。その掌には王冠の形の痣がある。董がブロウクという何よりの証だ。

 背後から、董の手首を掴む手があった。華奢で色白の手はオエバのものだ。彼女の右の手で董の掲げた掌が包まれる。ラクルを置いて、戻ってきたようだ。

見渡す先に彼女の名を呼ぶ僧侶が居る。戸惑うのは当然だろう。

「もう私は選んでしまった」

 セトは囁くように呟くと、董の横に並ぶ。二人を捕らえていいものか動きかねている警備の者たちが動き出す前に、董は右手を隣のセトに差し出した。

セトの姿を知っている者。董がブロウクだと知り、怖気づく者。躊躇っている理由はそれぞれだ。だがその数瞬が命取りとなる。

「行こう」

「もう此処に用はない」

 セトの左手が董の右手を握る。董は掌から熱が沸き起こるのを感じた。握った手を天へ掲げれば、光が起こる。広がる。

 熱くはない。あたたかい。光は音もなくゆるやかに僧侶たちを、大僧侶を、国王を、包み込む。董とセトにとってこれは希望の光だ。


 警備が目を眇めて動揺する間にセトの手を引く。手を繋いだまま、彼女の体を抱きかかえる。皆がよく見えていない今のうちにラクルと秦が居る場所へ急いだ。

 二人は秦の昔なじみの所に潜んでいる。早く早くと焦る気持ちを足にのせ、董は駆ける。

 これでオエバの二人も、ブロウクも自由になれる。神殿にはもう居ない。明確な決別を皆の前で演じたのだ。董はただただ充足感でいっぱいだった。



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