21
秦は家に戻ると徐に口を開いた。
「ラクル様は無事だ」
セトが一番気にしているであろう事柄に董はホッとした。彼女がこの報を知ればさぞ喜ぶであろう。
「だが、あの方は飼い殺しにされている。今のままではオエバとして世間に殺されてしまう」
苦い表情に先を促すと、深いため息を吐いた。
「宴花が言っていただろう。世間がオエバと認識しているのはラクル様だ。それを神殿は貫き通している」
「それって、いざとなった時にすぐ切り捨てられるから?」
苦々しい表情で秦が頷く。
頭がカッと熱くなる感覚を董は感じた。けれど深呼吸を繰り返して何とか押さえ込む。そうでなければ秦に掴みかかってしまいそうだったのだ。
「最悪なことにこれは国も噛んでいる。おかげで警備は更に厳しく、俺自身もお尋ね者にされているし、迂闊に近づけない」
何とか王都の神殿に行こうとしたらしい。けれどそれは叶わなかった。秦が言うには大僧侶が指揮を執っていることから彼らの本気が窺えるなという。
「そういえばハナミは?」
「あいつはまだやはり何かあるようだ。今回の追手の役に名乗り出ている」
「前に、ハナミは神殿の誰かを殺したって言わなかった? それなのにハナミは神殿の為に動いているんだよね? それも不思議なんだけど……」
秦が考えながら言葉を落とす。
「うん、あいつに関しては少し考えようと思う」
「やっぱり何かあるの?」
「あるといえばある」
それ以上ハナミについて語る口はないようで、秦はそれよりもと別の話題を口にした。
「オエバの真実に董は気付いたか」
董は息をのむ。いきなり切りこんでくるとは思わなかった。
「それは、ブロウクの真実ということも含んでる? もしそうならまだだ。オエバの存在は世界の生贄なんだろうと思う。だけど僕の存在意義は見いだせないでいる」
董自身、オエバのことは大体予測できたと思っている。けれど、自身のことはわからない。強い力を使って出来ることは暴力で解決することだけだ。それでは遺恨が残ってしまう。力だけでは駄目なのだ。
「俺も絵本の内容を考えていた。お前に会ってから、いや会う前も両親はブロウクを悪とは断言しなかった」
彼の両親が生きていたならば、と董は思ってしまう。きっと董にたくさんの真実と想いを教えてくれただろう。
居ない人を悲観しても仕方がない。その代わりに彼らは秦との出会いをくれたのだ。
「俺は思う。ブロウクが壊すものであることは間違いがない。ただこの場合〝何を〟壊すものであるかが問題だ。オエバは世界の争いを厭う。それに呼応するものならば、お前は世界の〝争い〟を壊す者だろう」
「争い……?」
「そうだ」
力強く、秦は頷いた。
「お前の力は今までたくさんの人を救ってきた。それが純然たる力であったとしても揺るぎない事実なんだ。人の平穏を崩す存在を壊す者。ひいては世界の平和を導くもの――これはオエバも込みで――だと、俺は考えている」
秦の言葉に董はふわふわとした気分になる。まだ自分の中で言葉の意味が呑み込めていない。
「本来ならブロウクは世界の覇者として、王となる資質を持っている者のことをいうんだと思うんだ」
「王様? それは、話が飛躍しすぎじゃないのか」
国王は既に居る。イエ族だけで答えてもきちんと長が居る。
「いや、おかしくはない。そもそも王というのは概念的なものだ。実際になることを推奨するわけじゃない」
首を傾げる董に秦は苦笑する。
「まあ、とりあえず上に立つ資質があるということだよ」
噛み砕いて答えるとなんとなく董も納得した。
「ただ、神殿の上層部はそのことに気付いているはずだ。その上でオエバを利用している。それが俺は神殿を好きになりきれないところだな」
「世間には隠しているってこと? 最悪じゃないか。そのせいで僕がどれだけ罵られたか……」
不意に幼い頃から受けた誹謗中傷を思い出す。本人を前にして言っているとは思っていないだろうから、暴言という意識は低いだろう。だけど董はこの耳で、聞いた侮蔑との畏怖の言葉を覚えている。
渋面が深くなる董を見て、宥めるように秦の手が肩に落ちてくる。
「そうだな。俺も腹立たしい。だからこそラクル様をお助けして胸のすく思いを味わいたい」
「同感」
思わず二人、手を握り合った。二人の目には同じ思いがある。そして熱意が揺らめいている。
「ああ、そうだ。最後に、お前はどうしたい?」
「どうって?」
「どう思った?」
問う言葉は簡潔に、しかしその目は本音しか許してくれそうにない。一つ息を吸い込んで、董ははっきりと口にする。
「あんまりにも壮大すぎる。王様とか世界とか言われてもピンと来ないよ」
話が大きすぎるのだ。けれどセトのことを思い出す。
ラクルと一緒にこの村での光景を見たかったと嘆く彼女。畑を見て、人の営みをきちんと知ろうとする彼女。寂しそうな様子が目に焼き付いている。董はセトの為に何かをしたいと思った。
「でも、僕はもうセトを泣かせたくない。ラクルと一緒に居させてやりたい。それに、彼女は僕のことを受け入れてくれた。それだけでも僕は嬉しいんだ。もう他の誰も傷つけさせたくない」
秦や座長たち一座の皆や、それに知り合いになった人たち。自分の正体を知らないからやさしかった人たちもいるだろう。だけどブロウクであることを告げても彼らは自分を排除しようとはしないとも思う。
苛立ちや哀しみもあるが、結局どうしたいのかと考えると董は自然と笑ってしまった。
「結局のところ、神殿に一泡吹かせてやりたいよねってことになるよね」
にやっと口の端を上げてやると、秦も悪戯を思いついたような顔をする。
かくして作戦会議という名の夜が幕を開けるのである。




