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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
三、この小さな村から始まる反逆
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 秦が戻ってくるまで二週間ほどあった。董とセトはそれまでに秦の家の中の本を読んで回った。秦の両親は実に様々な本を所有していた。董が見つけた絵本もだが、その考えに対する本も多くあった。

「盲点だったわね。あたしもきちんと読んだことはなかったわ」

 ケーリーが呆れたような感心したような声を出す。彼女にも説明を行い、暇を見て本を区分けするのを手伝ってもらっていた。

 この家の本事情は昔から変わらないらしく、ケーリーと秦は読もうにも深く本の海に手を突っ込めなかったという。それでも秦は彼女より頑張ったらしいが。

「まあ、多分そのおかげなんだろうね。僕がこれを見つけられたのは」

 最初に見つけた絵本を持ち、董は苦笑する。

「もしかしたらその絵本だけなら秦も読んでいるのかもしれないわ。だから片付けろと言ったのかも」

「……それは、あるかも」

 この絵本だけはわかりやすい場所にあったのだ。董が他の資料を漁ったのはその後だ。

「しかしこれが真実だというなら、どうやってそれを証明するのだ」

 眉を顰めてセトが問いかける。董とケーリーは互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。

「さあ。そこまでは思いつかない」

 真実を証明することは難しい。頭ごなしに真実だと訴えても、疑惑をもたれる方が大きいだろう。

 しかしながら彼らが今するべきことは、やはりこの部屋を片付けることであった。


 よれよれになって秦が戻ってくると、董はまず褒めろと迫った。

 彼が戻るまでの間に家の中は様変わりしていた。足の踏み場のなかった本の山は種類別に整頓されていた。

「どうしたんだ、これ」

「片付けたんだよ。すごいだろ」

 秦は素直に大きく頷いた。今までも片付けようとしたことはあったようだが、彼ではかなわなかったようだ。

「まさかこんなに片付くとは思わなかった。確かにすごい」

「だろう!」

 鼻息荒く胸を反らす董に、秦は笑う。

「よく頑張ったな」

 子どもに対するように、髪をぐしゃぐしゃとかき回される。払いのけながらも、董は気恥ずかしい気持ちになった。

 秦に御伽話のことを訊くと、彼はやはり絵本を読んでいた。そして他の読み物に関してはやはり調べられていなかったようだ。

「その絵本は小さい頃に読んだんだ。だから董を怖がる理由がなかった」

 両親からもらった絵本の中にあったという。董がブロウクだと分かった時も驚きはしたものの恐れはなかったという。ただ神殿に勤め始めるまで秦は、その考えが世間とは違うということに気付けなかった。

 秦は目を細めて絵本を手に取ると、裏表紙をはぐる。それから中をぱらりぱらりと捲りだす。

「……今、気付いたがこれはイエ族のものだな」

 董にはよくわからないが、秦には区別がつくらしい。

「裏表紙の隅に著名が入っている」

 そう言って埃のような点を指差した。裏表紙の下部に確かにあるそれは、董には点にしか見えない。とても人の名には思えないのだが。

「イエ族は基本的に口伝で物事を伝えていく。それは今も昔も変わりない。反対にハクラ族は書を元にして歴史を紡いでいく。だが時にはイエ族も書を使う。その時には著名として印を入れるんだ。それが名前の代わりになる」

 傍にあったハクラ族の書物をひっくり返すと、流麗な文字で普通に著者名が書かれている。対するイエ族の書物は印だけだ。

「この印、ただの点ではない。目を凝らせば名前の文字を小さく入れている。この作者は『双』だろう。字画が少ないから点のように小さく書けたんだ。他の人ならばもう少し大きいだろう」

 説明を受けてじっと離したり近づけたりしてみる。言われてみればそう見える。点のように見えるが、微かにはらいが見て取れた。

「じゃあ、もしかしてイエ族の書物を探せばいいの?」

「そういうことかもしれない」

 董は調べたことを報告しながら他にイエ族の本がないか探すことにした。秦も自分の方はひとまず後で報告しようと本を探す方に力を入れた。

 二人で汗だくになっていると、やがてケーリーとセトもやってきて一緒に探し始めた。先日片付けたばかりなので、捜索は以前より早い。一区画に集めるようにして、分けていく。

 一時間ほど経った頃、ケーリーが不意にきょろきょろし始めた。

「どうした?」

 秦の問いかけに困った顔をする。視線を巡らせる彼女と同じようにしてみると、董は気付いてしまった。

「……セトが居ない?」

 董の声は小さかったが、秦はぎょっとする。だがケーリーは眉間に皺を寄せ頷いた。

「さっきまで後ろに居たのよ」

「捜そう! 外を見てくる」

 慌てる秦に促され、二人も慌ただしく動き始めた。

 家の中を捜してみるというケーリーを置いて、董も秦の後を追って外に出た。秦の様子に心配になる。村の外に出ていることはないだろう。けれど、もしかしたら何処かで倒れていないだろうか。秦はそれを恐れているのかもしれない。


 セトを見つけたのは秦だった。馬の寝藁を置いている場所にぐったりと膝を抱えていたという。すぐさま医者を呼び、秦直々にセトを運んだ。

 寝台に転がされたセトの様子はおかしかった。汗は止めどなく流れ、手のひらを握りこむように体を縮こませている。声を掛ければ反応はするものの、返事をすることも出来ないようだ。

「セト様」

 額の汗を拭いながら、秦が彼女の目をじっと見つめる。

「落ち着いて。ゆっくり息を吸って、吐いてください」

 ヒューヒューとつらそうな呼吸をしているが、少しずつ落ち着いてくる。セトの様子に董は安堵の息を漏らす。

 口を開きながら声は出ない。けれど、セトは秦と董の姿にそっと口許を緩めた。

「セト、しゃべらなくていいよ」

「今は休んでください。それから、ちゃんとお話をしましょう」

 セトがゆるりと頷き、静かに瞼を閉じた。やがて規則正しい寝息が聞こえてくるまで秦はずっと彼女を見つめていた。

 董たちは戻ってきた秦の話をまだ聞いていない。彼が実際に何を知ったのかは気になるところだが、絵本のことで浮かれてそちらを優先してしまったからだ。

「秦、セトはオエバ特有の持病があると言ったな」

 しかしその前にもしやと思う。

「お前は知っていたのか? オエバのそれは、病気なんかじゃないんだろう」

 セトには言ってしまった。秦は知らないと思っていた。だが真剣な彼の姿に董は思うところがある。

「……今でも争いは多いんだ」

 ぽつりと零された言葉は哀しみだけを含んでいた。

「イエ族とハクラ族は今でこそ落ち着いた関係に見える。だけどやっぱり闘っているんだ。他の大陸に行けば二十年も闘い続けている国もある。世界を憂うオエバ。その考えは間違っていないけれど、こんな真実を俺は求めていたわけじゃないんだけどな……」

 セトを振り返り、安定しているのを見ると秦は外を示す。部屋を出る彼の後に続きながら、董も世界の癒しを一瞥した。



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