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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
一、世界は彼を厭うというなり
2/26

 夜になっても国都の賑わいは続いている。酒に溺れる大人たちを横目に董は慣れない国都を歩いていた。一座と別れた董にはどうしてもやりたいことがあった。街の中心を抜け、神殿へ向けて進む。

 董はオエバに会いたかった。昼間に会ったことは会ったが、あのような形ではなく直接会って話がしたかったのだ。だが神殿へ辿り着いたとして簡単に入ることは出来ない。オエバと言えば国の王に勝るとも劣らない最重要人物。彼女がいなければ国だけでなく世界に災厄が降りかかるのだ。普通に考えて会わせて貰えるはずがない。

 そうこうしているうちに神殿のすぐ傍まで辿り着いてしまった。董は神殿の周囲を一巡りすると、警備の薄い所を探して壁を乗り越える。元々オエバに害をなそうという輩など滅多にいないからか、屈強な兵士はいるが数は多くないようだ。董は身を隠しながらオエバの部屋を見つけられないかと顔を巡らせる。

「……やっぱりお姫様は高い所かなあ」

 キョロキョロとオエバの部屋を探すが、窓から彼女が顔を出さない限り見つけられない。董は神殿を見上げる。三階建ての神殿のその上に小さな部屋があるのが見えた。どの部屋か分からない以上、上の部屋から探した方がどのみち早いはずだ。警備の隙を突いて神殿の壁に身を寄せると、董は一度壁から身を離す。そして勢いをつけて走り出すと、その勢いで壁を駆け上る。一気に屋根まで駆け上がると、息を吐く。まだ董が潜り込んだことに警備は気付いていないようだ。

 屋根の上で少し休んだ董は屋根に飛び出た部分に顔を出した。中には誰もいないようだ。灯りはついておらず真っ暗だった。窓に手を掛けると、当然だが閉じている。やや考えた末、董は窓の一部を割って中に右手を差し入れた。そして鍵を開けようとしたのだが、

「え」

中から誰かに手を捕まれてしまった。誰も居ないと思っていた部屋の中には人がいたらしい。

「ええ!」

 しかも中にいた人物と目が合った。手を捕まれているので引っ込めることも出来ない。ここで大声を呼ばれ、警備を呼ばれたらオエバに会う前に御用になってしまう。それ以前に警備になど捕まったらと想像して董は青ざめた。自分の正体が見付かってしまう。

「貴様、この神殿に誰がいるかわかっていて侵入してきたのか」

 その冷淡な声に董は目の前の人物が女だと知った。暗くて顔が見えないのだからわからなかったのも当然だ。

「おい、聞いているのか」

「わ! すみません。知ってます」

 慌てて答えると、捕まれていた手を離された。そして中から窓が開けられる。侵入者に対して窓を開けるとはどういうことなのだろう。董が戸惑っていると、彼女は無言で手をこまねく。

「ええー……」

 不思議に思いながら誘われるまま董は部屋の中に入り込む。暗い部屋には彼女が一人でいるようだ。しかし彼女の格好は何故か男物の、それも警備兵と同じようなもののようだ。もしかしてオエバの護衛なのだろうか。

「えっと、貴方は?」

「そちらから名を名乗るのが礼儀だろう。しかしこんな子どもが侵入してくるとは思わなかった。何をしにきた。……もしやオエバのファンか」

「……まあ、そんなところです。僕は董といいます。信じてもらえないかも知れませんけど、オエバに危害を加えるつもりはありません。ただ直接会って話がしたかった」

 危害を加えるつもりがまったくないとは言わないがとりあえずは話がしたかった。

「それで貴方は?」

「セト」

 女性にしては低めの声だ。並ぶと自分より少しだけ背が高い。セトは長椅子に腰掛けると、隣に手を置いた。座れと言うことだろうか。董は警戒しながら隣に腰をおろした。

「会って、何を話す気だったんだ」

「……会うことは止めないんですか」

「オエバに暴力を振るうことはないのだろう。だったら会うくらい構わない」

 変な人だ。董は思った。

「何を話すかは教えられません。直接言いたいんです」

「そうか……」

 セトが何か言いかけたが、何も言わずに口を噤んだ。特に気に留めずに、董は昼間オエバに会ったことを告げた。

「昼間にオエバを見ました。遠目からですけどね」

「そうか」

「可愛い感じの人ですね、オエバって。セトさんはオエバと親しいんですか」

「ラクルは妹のようなものだ。大切にしたい」

 一瞬だけセトの目がやさしくなった気がした。それまで無表情だったのに、オエバのことは大事に思っているのだ。

「ラクルって、オエバの名前ですか」

「ああ」

「僕に教えちゃっていいんですか」

 部外者を簡単に入れてしまうし、名前までも教えてしまっていいのだろうか。董は名前を知ったことで何か咎めを受けたりしないかと心配になった。

「別に。私がいいと言えばいい」

 神殿内でセトはどうやら高い地位を持っているらしい。オエバの傍付きというだけでも結構な地位なのだろう。不意にセトが立ち上がる。どうしたのかと思えば、竜燈(ランプ)に火を入れた。部屋の中が明るくなる。そして部屋の外からノックがあった。

「セト様、わたくしです」

 女性の声が響く。セトは無言で扉を開けると、すぐに内側から鍵を閉めた。そこに現れたのは、昼間見たオエバその人だった。

「ラクル」

 オエバは董の姿を認めると、体を硬直させた。そしてセトが董を示し、答えた。

「客人だ」


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