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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
三、この小さな村から始まる反逆
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 遠くから呼ばれた気がして、ハッとした。

 気付けば董は眠ってしまっていた。目の前には本の山。横にも後ろにも本の山。恐ろしいことに動くこともままならない。立ち上がった瞬間に本が雪崩を起こしてしまう。

 それでもそろりと立ち上がり、何とか脱出を試みようとするがうまくいかない。そういえば誰かが呼んでいたような気がする、そう思い出すと呆れたような声が山の向こうからした。

「董、何をしているんだ」

「セトか。気付いたら埋まっていたんだ」

 お互いに立っているのだが、その間に本が立ち塞がっている。

「……珍しく起きてこないから何かあったかと思ったら」

「溜息吐かないでよ。でも、この家すごい宝の山だってことがわかったよ」

 董は目の前に広がる本をずらす。そして跨げるくらいになったところでセトの方へ大きく一歩動いた。

「何がわかったんだ」

 当然のように訊ねるセトに、董は本の山から一冊の絵本を取り出した。それは董が最初に見つけたあの絵本である。

「これを読んでみて」

 渡すとセトは不思議がりながらも素直に絵本を開く。その間に別のものを掘り出して、董は並べていく。それが昨日の董の成果である。秦の両親の残したものは素晴らしかった。彼らのことを董は知らないが、会ってみたかったと心から思う。

「董、これは……」

 読み終えたらしいセトが困惑の声をあげる。

「すごいだろう」

「すごい、というか……。どういうことだ。ただの絵本ではないということはわかるのだが」

「セトはさ、僕と――ブロウク――と会っちゃいけないって言われなかった?」

 訊くと彼女は目を瞬きながら、頷いた。

「でもさ、これは違うんだ。逆だって言ってる。今までそういうことを推奨するものを僕は知らない」

 秦について、色々と世界のことも、自分のこと、オエバのことも知った。自分なりに情報も集めて考えた。けれど答えは出なかったのだ。だから董はオエバに会ってみたかった。会えば何かが変わるかもしれない。そう思いたかった。

「これはすごいことなんだよ」

 絵本を受け取る代わりに、別の紙の束を渡す。戸惑いながらもセトは紙に目を落としていく。

「ブロウクは力の象徴なんだ。それが強すぎて悪だと言われている。間違いではないかもしれないけど、正しくもない。現に僕はただ力が強いだけで、それ以外は普通なんだよ」

 秦の両親の推論はブロウクには力の祝福がもたらされている、というものだった。力の祝福とは、そのまま力の強さであり、また戦闘に関しての才能を示すものだ。力を使わないという選択肢ももちろんあるが、歴史上知られているブロウクは皆戦争で武勲を上げていた。

 今でこそ排斥される存在だが、有事の際は逆に歓迎される。いや、寧ろ積極的に捜され、無理やり戦場へ駆り出されていた。

「……オエバは世界の癒しと言われているな」

「そうだね。僕はその詳しい意味を知らなかった。神殿の方便かと思っていたんだけど、違うんだね」

 俯いていた顔が持ち上がる。セトの目にはどうしたらいいのかという気持ちが浮かんでいた。

「……オエバは癒しではない」

「じゃあ、別の言い方をしようか。オエバは世界の〝生贄〟だ。そうだろう、セト」

 泣きそうになっているセトの頭を撫でる。

「でも、君はセトだ。確かにオエバだけど僕が傍に居る。だからもう痛みを我慢するのはやめよう」

「何故……」

「秦がオエバだけがかかる病だと言っていた。それにその紙の中には世界に争いが起こっている時に、オエバは苦しむことが多いと書かれていた。世界の哀しみを自らで感じることが出来るのが、オエバなんだよ。だからそれを取り除かなくてはならない。取り除くのは、ブロウクである僕の仕事だ」

 秦の両親は優秀な学者だったようだ。

 一晩中ずっと自分が何者なのかを捜していた。董が知っているブロウクは世間からは乱暴者と思われていること、世界の異分子とされていることだった。しかしそんな異分子が何度も生まれている。可笑しいだろう。世界に必要のない存在を意味もなく生み出すとは思えなかった。

 だから捜したのだ。ブロウクとは何なのか。そして見つけた答えは〝世界を変える者〟だった。

 自惚れではない。それにこれはブロウクだけでは意味がない。オエバと共にあることで、そうなれるのだ。あの絵本を手に取ったことは間違いではなかった。

 セトが不意に息を吐いた。

「董の話が本当かどうか、私ではわからない。私もオエバのことを知らないのだ。ただ、おそらく間違いではないのだろう」

 そう言って彼女は適当な本の山に腰を下ろした。我慢する必要はないのだろう、と言いたげに顔を向けられる。そっと腹を押さえているのに気が付いた。

「ブロウクはずっと恐ろしい存在だと聞かされていた。けれど、董に会って、ブロウクという存在がきちんと世界に存在していることを実感した。だが、恐ろしいとは思わなかったよ」

 セトが左手を差し出してきた。左手を伸ばそうとしていた董の右手を先に捕まれる。瞬時に熱が手のひらを走る。しかしセトが放す様子はない。

「お前が窓から出ていこうとした時、私は急に焦燥感に見舞われた。どうしてか、捕まえなくてはいけないと思ったんだ」

「えっ?」

 それは予想外だ。

「きっとオエバとブロウクは共に在らねばならぬのだろう。董の話を聞いていて、腑に落ちた」

 やわらかく笑うオエバに、董は何故だか泣きたくなった。


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