17
ケーリーによってもたらされたオエバの情報は特になかった。というより、オエバが行方不明であることがまず噂にすらなっていない。
「それってどういうこと?」
董が訊ねれば、秦が苦い顔をする。
「何もなかったことにしているんだ。オエバはまだ神殿に居る。何も変事は起こっていない。そういうことだ。ラクル様も無事なのだろう」
ホッとしたのはセトだ。彼女の無事は確かに願うところであるが、それ以外のところが問題だ。
「安堵している場合ではありません。セト様、このままではラクル様は神殿に飼い殺しにされているだけです」
きつい物言いだが、セトは理解しているようで秦の言葉に頷く。
「どうされますか」
「私が決めていいのか」
「もちろんです」
セトは呼吸を整えると真っ直ぐに秦を見返した。そしてひと息に言ってのける。
「ラクルを取り戻したい。私はラクルが大切だ。此処で見たもの聞いたことをもう一度ラクルに見せてやりたい。だからもう一度、一緒に居させてくれ」
声は裏返っていた。けれどそれがセトの覚悟とも取れる。
董は胸の奥が何故かぽかぽかとしてきた。理由ははっきりしている。
「セト、僕の手を貸すよ」
手を差し出せば、ホッと息を吐き出す。そろりと重ねられた手に董は微笑む。更にその上からがっしりとした秦の手が覆いかぶさった。
「俺も居ることを忘れないでください」
にやりと笑う僧侶の顔があった。
「ちょっと、あたしを仲間外れにするつもり?」
叩くように更に上からケーリーが手を乗せる。これにはセトも少々目を丸くした。けれど泣きそうな顔で大きく頷いていた。
「ありがとう。でも具体的にどうしたらいいかはわからない。……私はどうしたらいいのかな」
弱り顔のセトに、秦が力強く首を振る。
「それは今から皆で考えましょう。貴女は一人ではない。俺たちが居る」
「ああ、そうだな」
少し元気になったようで、明るい顔に変わっていく。董はそのことに安堵する。
こんな小さな村の中で反逆の狼煙が上がっているなんて皆夢にも思わないだろう。不謹慎ながら、董は少々わくわくしていた。今まで神殿には追われてばかりだった。逃げていたばかりだった。けれど此処からはこちらが攻撃を仕掛ける番なのだ。
「あ、そういえばハナミはどうだった? あいつに関しては何かある?」
ふと訊ねると秦とケーリーがお互い顔を見合わせていた。
「彼についての情報はないわ。残念ながら」
「何かあったとしても僧侶の一人だ。簡単に市場で情報が得られるとは考えにくい。あいつに関しては俺の方で探ってみるよ」
ケーリーは頑張ってくれたようだが、如何せん国都からは尚遠いこの地域ではオエバ以外にまで情報は回ってこないようだ。ラクルのことと神殿がどうしようとしているかだけでもわかってよかったところだろう。
「そういうことで、今度は俺が行ってくる。董、セト様を頼む」
「わかってるよ」
気軽に董の肩を叩きながらも顔は真剣だった。
「セト様、御前を離れること許可いただけますか」
片膝をついて、秦がセトの前で首を垂れる。驚く董と違い、セトは平然とその様子を眺めていた。少しだけ寂しそうに見たのは間違いではないと思う。
「また行ってしまうのだな、お前も」
「申し訳ございません」
「いや、いい。その代わり必ず成果を上げてこい。それまではお前の帰りをおとなしく待っていよう」
ふ、と口元を歪ませて、二人は頷きあう。
「畏まりました。必ずや満足いただけることを約束いたします」
「ああ」
秦は翌朝、静かに出立した。
董にセトを託し、家を託し、何かあれば連絡を入れると言いながら。それから家の中の片づけを頼むと言い置いて、部屋の惨状に少しうんざりしながら送り出した。
翌朝、セトは普通に起きていて、ケーリーが農作業をするのを横で見ていた。手伝おうかと言ったら、病人は動くなと言われたらしい。むすくれた彼女に笑ってしまって、董は少しの間口をきいてもらえなかった。
ケーリーたちの作業を眺めていると、のどかすぎて今大変なことが起きているとは忘れてしまいそうだ。
「秦は行ったのだな」
「うん、挨拶に来た?」
「いいや。だがわかる」
少し寂しそうだ。けれど仕方がない。ラクルが居なくなって、秦も傍を離れてしまった。
「董はブロウクであることを嫌だと思ったことはあるか?」
不意にセトが顔を上げた。その目は不安で揺れている。
「あるよ。というか今も思っているよ。ブロウクでなければ追いかけられたり、死にそうになったりすることもなかった。もしかしたら、親に囲まれて何不自由なく過ごしていたかもしれない」
そうか、とセトは顔を伏せる。
「けどさ」
董は言葉を切って続ける。
「僕は今ブロウクでよかったって、思えてきた。そうじゃなければ、セトに会うことは出来なかったし、こうやってセトに外の世界を教えてあげることも出来なかった。その点だけは嬉しいんだ」
本心だった。董はつらいことも苦しいこともあったけれど、それでもセトに会って後悔していない。
董の言葉にセトは再び顔を上げた。
目をいっぱいに見開いている。そして頬を緩めた。
「ありがとう。その言葉だけで私は救われる」
笑う少女に董は胸の奥が熱くなるのを感じた。




