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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
三、この小さな村から始まる反逆
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 事情を説明する過程で、彼らはオエバであるセトと、神殿をやめた秦の他に董のことも話した。董は秦が話している間ずっとケーリーから目を背けていた。どんな目で見られるのかと思うと怖かったからだ。だが彼女は驚いたものの、表面上は嫌な顔をしなかった。それが表層だけなのか、内面までもかは判別がつきかねたが、董にはそれだけでもとても嬉しいことであった。

「董、大丈夫よ。あたしはブロウクだろうが、意味もなく石ぶつけたりしないから。それに君のことは秦から耳たこなんだよ。苛めたりなんかしない」

 そう言ってにっこりと微笑んだケーリーに董はぎこちなく微笑み返した。

「それで、ラクルはすぐに助けにいけるのか」

「セト様、もう暫くご辛抱ください。まずは国都の様子を調べてみます。そしてラクル様を奪還する為にはいつ、何処で、どうすることが必要なのか決めなければなりません」

「……ああ」

 董はどこか投げやりに返事をするセトに視線を向けた。セトはどうやら本格的に具合が悪いらしく、椅子にもたれかかっている。

「それに貴方の体調も治していただかなくてはなりません。ケーリー、セト様を休ませてやってくれないか」

 ケーリーは席を立つとセトを先導して客間に案内した。

 その間に董が秦に呆れた声音で訊ねる。

「ケーリーって秦が好きなんだ?」

 秦は眉を一瞬寄せると、溜息を吐いた。

「聞こえなかったことにする。それは二度というなよ」

「知ってるなら応えてあげればいいのに」

 気付いていないのは変だと思ったが、気付いていて敢えて避けているらしい。董はそれをもっと変だと思った。

「……無理だよ」

 茶化そうと思っていた董は、答えた秦の声が思いがけず真剣で口を噤んでしまった。何かに耐えるように目蓋を閉じた秦に、董はそれ以上追求することが出来なかった。

 その後パタパタと軽い足音をさせてケーリーが戻ってくると、秦は何事もなかったように話を続けていった。

「国都の神殿本部、それとオエバに関することを何でもいいから拾ってくれ。俺は家に行って来る。調べなおしたいことが出来た」

「いいわ。でも数日もらうわよ」

「構わない。それと、セト様はお前の家に置いてやってくれないか」

 ケーリーはお安い御用とばかりににっこりと笑った。

「董は俺の家で寝泊りだ」

「わかった」


 秦の生家は蔦が絡まっていて、誰も住んでいないことを教えていた。けれど中へ入ってみれば意外にも手入れが届いていた。

「ケーリーもうちの鍵を持っているからな。時々掃除に来てくれていたんだろう」

 窓を開けて空気を入れ替える。二階もあるようで、古い階段に足を掛けるとギシギシ軋んだ音を鳴らした。

「二階には俺の本が置き散らかしてあるから気をつけろよ」

「気をつけろって?」

「そのままの意味だ」

 董は首を傾げながら二階へ上がり、その意味を知った。二階に着いて足を踏み出した途端、早速何かを踏んだ。足裏にあたる物を顔まで引き上げてそれが本だと知った。そして周囲に顔を巡らせるとそこら中に本が散らばっている。

「秦ー、なにこれ」

 階下へ文句を垂れると、だから言っただろうとくぐもった返事が返ってくる。どうやら秦は奥の方に行ってしまったらしい。董は一つ溜息を吐いて、本の隙間を縫って進み窓を開けた。爽やかな風が入ってくる。窓の向こうにはケーリーの家の屋根が見えた。他の家もその近くにある。どうやらこの家だけが離れて建っていることに董は気がついた。

 奇妙だな、と董は疑問に思ったがそれよりも踏み場のない本をどうにかしなければと疑問を頭の奥にしまった。一冊一冊拾い集めていると、どの本も古い本だということに気がついた。難解な専門書から絵本の類までジャンル様々にあるが、そのどれもが董が生まれるよりも前に書かれたもののようだ。もしかしたら秦の両親が集めた本なのかもしれないと思いつつ、一箇所にまとめて道を作る。

 一階へ戻ると秦はベッドの傍に布団を広げていた。まだ日は暮れていないが。

「少しでも日に当てておきたいんだよ。それより上は汚かっただろ。ケーリーも二階の惨状には呆れてたからなあ」

「少しは片付けなよ。あ、ねえ、ケーリー以外の村の人には挨拶しなくていいの?」

「いい。後でケーリーの親父さんとお袋さんには挨拶するけどな。他の奴らはどうせ俺のことなんざ、居ないものと考えてるからな」

「え?」

 それではまるで村八分にでもあったようではないか。董は秦が村になかなか戻らない理由が少しわかった気がした。でもどうして秦が鼻つまみ者にされているのかはわからない。

「董、少し見てみるか。俺が育った村を」

 董が顔を上げると秦は渋い表情をしていた。それは嫌がっているのではなく、ただ面倒くさそうに思っている表情だった。どうやらもう秦の中では吹っ切れている物事のようだ。董はお願いして村の中を見て回ることにした。


 秦の生まれ育った村は一言で言えば、のどかだった。何もない、自然に恵まれた何の変哲もない村だ。宿はあるが一軒だけで、外から人がやってくることも稀なようだ。秦が宿に入っても留守番をする幼い少年が一人居ただけで、訊ねると大人は外の畑にいるのだと教えてくれた。

「あんたたち泊まるのか」

 少年が興味津津な様子で董たちを見ていたが、秦が苦笑して首を振る。

「悪い。俺たちは客じゃないんだ。里帰りしているだけさ」

「あんた村の人か? 見たことないぞ」

 少年が不思議そうに秦の顔を見つめた。

「それにその髪も、村人で見たことない」

 純粋な少年の様子に眉を寄せ、秦は家のある方向を指差した。

「あっちの外れに家があるだろう。俺はその家の者だ」

「え! あそこ人いたの? 悪人が昔住んでいたって聞いたけど、あんたは悪人なの?」

「あー。……俺のことまだ嫌われていんだな。悪人じゃないけど、村の皆とはちょっとだけ違って特殊な生まれなんだ。これやるから俺のことは母ちゃんや父ちゃんには黙っていろ」

 秦は少年の手に飴玉を押し付けた。すると少年は顔を綻ばせる。

「わあ。ありがとう」

「俺は村の大人に嫌われているから、俺のことを言ったらお前さんも嫌われちまう。言っちゃだめだぞ」

「うん!」

 元気な少年の声を背に宿を離れると、董は秦に視線を向けた。董が質問をする前に秦は自分から口を開いた。

「俺がハクラとイエの相の子なのは知っているな」

 董は秦が他の人たちと違う容姿をしていたことに気付いて訊ねたことがある。その時秦は笑って答えてくれた。

「どうでもいいことだと思うんだがなあ。この村の奴らはそれが気に食わないらしい。この村は大きな街からは少し離れているし、大した特色もないからずっと閉じていたんだ。ハクラ族しかいなくて、その中に俺の父親がやってきた。客としては歓迎されたが、村人としては歓迎されなかったのさ。自給自足で何とか生きていけるから食べるものに困ったりはなかったけど、毛色が違うだけでいじめの対象になる。大人たちは表立って何かをしたりはしない。だけど見て見ぬ振りだ。まだ変わってないんだ、この村は」

 寂しそうに息を吐いた秦は日が落ち始めた空を見上げ、次いでケーリーの家を目で探した。

「ケーリーの家族だけは俺たちにやさしかった。ま、おかげで完全な孤立をしなかったのは幸いだった」

 秦は昔のことを思い出すたびに醜い感情が沸き起こる。何もしていないのに石を投げられ、助けを求めても大人は冷たい一瞥をくれるだけだった。泣き叫んだところで体力を消耗するだけ。口惜しかった子どもの頃、力が欲しいと願っていた。いじめられないだけの強さが欲しかった。

「ケーリーは秦を助けてくれた?」

「ああ。あいつだけが俺をかばってくれたよ。想像つくと思うが、あいつ女の癖に子どもの中じゃ一番強かったんだ」

「あ、なんかわかるかも」

 董はクスッと笑った。秦も微笑を浮かべる。

 ケーリーは秦に誰よりもやさしかった。それは同情などではなく、単純に彼女の性格だった。だから秦も安心して頼ることが出来た。だがいつしか秦は彼女に守られることから卒業したいと思うようになっていった。基礎は父と母に、武器の特徴は書物に、応用は実践で経験を積んだ。強くなりたいとそう願った時期が秦にもあった。

「ケーリーってすごいね」

「まあな。俺が一生勝てない相手だ。……だから、さっさと誰かいい奴見つけちまえばいいのに」

 え、と董はいつもと響きの異なる声に秦を見る。彼は至極真面目な顔で空を睨んでいた。そこに浮んでいるのは寂しさと口惜しさと、董にはわからない感情だった。

 太陽が傾いて秦の顔に橙色の光が当たる。董はその顔が今まで会った事のない別の誰かに見えた。



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