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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
三、この小さな村から始まる反逆
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 それから馬車は走り続け、二日が過ぎた。追っ手の警戒もしていたが今の所は見られない。街で情報収集も兼ねて宿を取る時には一層警戒して娘役を演じた董だったが、徒労に終わったようだ。今の所神殿に大きな動きはない。取り上げられていたのはこの国の神殿とはゆかりもない他の二国の戦争の話題であった。

「あとどれ位で付くの?」

 馬車に揺られながら、董が御者台に身を乗り出した。

「そうだなあ。早ければ半日だろう。国都と東都の丁度中間あたりにあるからな。そう遠くはない」

「ふうん。セト、もう少しだってさ」

「ああ……」

 格好は変えているが、もう女物の服を剥いだ董がセトに笑いかける。けれどセトからは思ったような反応がなく、不思議に思った。ふと思いついてセトの額に手を乗せる。すると予想よりも熱かった。

「秦、熱がある」

 夜が明けてから暮れるまで移動で体が疲れてしまったのだろうか。董が水筒から水を布に染み込ませ、セトの額を濡らした。

「ちょっと横になりなよ」

「……すまない」

 荷物を枕にして、セトの体を横たえる。秦が携帯用のコップを董に渡して、セトに声を掛ける。

「セト様、きつい時はすぐに言ってください。そうでないと守りきれるものも守りきれません。もう少しの辛抱ですから、目を閉じて眠っていてください」

 言いながら丸薬も董に渡し、セトに飲ませる。目に見えてだるそうなセトを董は心配そうに見つめた。何か持病でもあったのだろうか。

「セト様」

「……わかっている。これは私の厄だ。まだ今は大丈夫だ」

 セトは腹部に痛みを感じていた。じくじくと痛むそこはまるで内側から何かで焼かれているような感覚だった。董の心配そうな顔に心の中で迷惑をかけていることを厭いながら、セトは静かに目蓋を閉じた。

 やがて寝息を立て始めたセトにほっと息を吐いて、董は秦に訊ねる。

「前もあったの?」

 慣れている様子の秦に不思議に思った。

「前も、じゃない。これはオエバだけが掛かる特徴なんだ。病気なのかすらよくわからない。ただ歴代オエバは皆時間も時期も関係なく体の痛みを訴える。今までもセト様は苦しんでおられた。ひどい時は何日も寝込むほどだ」

「さっきの丸薬で直るの?」

「直らない。あれはただの鎮静剤。その謎も本気で解明した方がよさそうだ。オエバの解釈まで間違っているとは思えないが、抽象的でなく具体的な記述もあるかもしれない」

 前を見続ける秦に、董は眠るセトを見やった。

「そうだね。お願いするよ、秦」

「ああ」

 何かを手伝いたくても、董は邪魔なだけだ。だから董はせめてセトを外面の危険から守ろうと思った。守ってやろうと思った。


「この馬鹿、秦!」

 目的の村に着くなり、秦は頬に赤い手形を付けられた。それにセトは目を丸くし、董は半眼で彼を見つめた。

「一体どの面下げて帰ってきたのよ、ええ? 神殿に入ったかと思ったらふらふらふらふら。手紙出そうにも捕まんなくて戻ってくるし、どうしてくれんのよ!」

 秦の胸倉を掴んで揺さぶる女性は、ひとしきり彼に文句をぶつけると漸く背後の二人に気がついた。そして睨みつけるように強く見つめ、口を開いた。

「もしかしてどっちかが董?」

「あ、はい」

 頬を擦る秦に呆れながら、董は小さく頷いた。村に着く前に秦の幼馴染という人物の特徴を聞いた。すると秦は自分にだけ凶暴と答えた。自分にだけって意味がわからなかったが実際に会ったら、その理由がよくわかって董は呆れてしまったのだ。

「よろしく。あたしはケーリー。そっちのお嬢さんは?」

 彼女は秦が好きなのだ。態度ですぐに分かり、董はその彼女の感情に気付いていない秦に呆れてしまった。董ですら気付いたほどあからさまなのに。

「この方はセト様だよ」

首を鳴らしながら秦が答えた。ハクラ族の特徴そのままの金髪碧眼が互いに見詰め合っている姿はなんだか不思議な感じがした。

「様? ……オエバ?」

「ああ。董と神殿を逃げてきた強い方さ。よく気付いたな」

「あんたがあたしの前でも様付けするのは、オエバのセト様とうちの親くらいだもの。それよりもオエバが何故此処に? 神殿にはちゃんと居るはずなのに」

 訝るケーリーに董は口を開けなかった。セトの顔を窺うとただでさえ本調子でないのに、更に血の気が引いている。倒れてしまわないかが心配だ。

「あれは影のオエバだ。俺達と先日まで居たが神殿に奪われた。だから取り返す為に今動いている。出来たら、ケーリーにも手を貸して欲しい」

「神殿にって、あんたも神殿の僧侶でしょ?」

「いや、勝手に出てきたし、もう董のこともセト様のことも見付かっているから俺もまもなくお尋ね者になるだろう」

 躊躇いなく神殿よりもセトを選んだことを告げた秦を、ケーリーは複雑な表情で見据えた。神殿に入った経緯を知っている為、都合の悪いことがあれば簡単にやめるとは思っていた。しかし、こんなにも早くその時がやってくるとは思わなかった。

「お前しか、頼りに出来ない」

 秦が真っ直ぐに幼馴染に顔を寄せる。秦は今までたくさんの人脈を培ってきた。神殿をやめても付き合う事の出来る者も多い。しかし今、秦はケーリーを選んだ。

「俺の大事な二人を助けてくれ」

「あ……」

 やんわり目許を和らげた秦にケーリーの頬は染まる。鮮やかな朱色。そして、――彼女は言葉なく頷いた。



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