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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
二、オエバは皆の光というなり
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 昨日到着したばかりなのに、もう東都を出ることになってしまった。そのことを思うと、余程この街に縁がないらしいと董は溜息を吐いた。

「どうした?」

 隣に並んだセトが董の顔を覗きこんでくる。

「なんでもない」

「……似合ってるぞ、その格好」

 何を考えたのか、セトは董を褒める。けれど娘の格好をしている董を、男の格好をしているセトがそう褒めるのは何か可笑しい気がした。年の割りに小柄な為か、董は格好をどうにかすればまだ少女として通じた。髪も付け毛で誤魔化せばお転婆な少女に成り下がる。それが哀しくもあった。

「セトは着慣れてるね」

 セトは男物の服を着ている。最初に神殿で会った時も男物を着ていた。近衛の制服ではないが、背の高いセトにはよく似合っていた。

「ラクルが私の影になると決まった時から男の格好をしていたからな。こちらの方が動きやすくて楽だ」

 少し目を伏せるセトに董は慌てて話題を転じた。

「そういえば秦は?」

「馬車を捕まえてくると言って何処かへ消えた。馬車は一般人には高いものではなかったのか」

 (ちん)馬車(ばしゃ)を庶民はあまり使わない。よほど急ぎで遠くへ行くなら別だが、歩いていける距離で高いお金を払うのは馬鹿らしいからだ。セトにはまだ物の平均的な値段が判別つかないらしい。

「多分賃馬車じゃなくて、買って来るんだよ。そうじゃないと他人と相席なんてばれる可能性が高いし、これから先も使える馬車があった方が移動に便利だから」

「買えるのか?」

「まあ、神殿の人間には結構融通が利くはず。今のうちに買ってないと秦もお尋ね者になりそうだしね」

 それもそうだと簡単にセトは納得した。移動に馬車が便利なのは確かだ。

 やがて董の予想通りに秦は馬車を伴って現れた。屋根が設えられただけしかない簡素な造りだったが、それだけでも十分だろう。董は先に乗り込み、セトに中から右手を差し出した。その手を取り、セトも中に乗り込むと早速秦が移動を始める。だが董は離れたセトの手に、一つの疑問を浮かべた。

「楽しそうにしてたな。何を話していたんだ」

 秦が気楽な様子で車中の二人を見やった。

「馬車は簡単に買えるものなのか」

 セトはまだ馬車の話題から離れられないらしい。董はその質問よりも他に話すべきことはないのかと言いたくなった。

「簡単には買えませんよ。乗るだけならばまだしも、買うのは一般庶民には難しい行為です。けれど俺には買えるだけのつてと金があったので出来たんです。ラクル様を救いに行くなら馬車はあって悪いことはありませんからね」

「そうか。ありがとう、秦」

「いいえ」

 セトが目許を和らげた。それに秦はにっこりと微笑む。二人の遣り取りを見ていると、董はセトが本当にオエバなのだと思う。尊い存在とは思えないけれど、特別な存在かもしれないと思った。

「ねえ、秦」

 付け毛を触りながら董は呼びかける。

「オエバとブロウクって何? ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど」

 前を向いていた秦が若干の間を置いて口を開いた。

「オエバとは世界の癒し。世界が求める平和の象徴だ。ブロウクとは、……ブロウクとは世界の脅威。オエバとは逆に世界が弾く恐怖の存在だ」

 秦は言いながら哀しくなった。董がブロウクだと知り、そのことを董に告げた時のことを思い出した。意味のわからないなりに雰囲気で感じ取った董に心苦しい思いを抱いたものだ。そして、それは今も。

「あのさ、その解釈は間違いのないものなんだよね」

「え?」

 予想もしなかった疑惑の言葉に秦は思わず彼の顔を振り返った。秦が生まれる前からも、生まれてからも、神殿でも何処の土地でも、それに関して疑問を持たれたことはなかった。秦自身、実際の当人がどうかという問題はあれど、存在の意味が大きく異なることはないのだと思っていた。

「気になることがあるんだ。オエバは確かに世界の癒しなんだと思うよ。でも僕のブロウクって本当に脅威なのかなって。だって僕、身体能力が少し高いぐらいで頭のよさも普通だよ。それに僕一人で世界を壊したりは到底出来ないもの」

 董の語りに秦は眉を寄せた。ブロウクが世界から望まれない存在というのは、過去に国を一つ滅ぼしたブロウクが居たからだ。だから生まれてその存在を知ると、神殿は闇に葬ってきた。しかし考えてみれば不思議だった。世界に必要のない存在が何故未だ存在するのだろうか。必要がないのならば生まれる必要すらない。

「あとね、もう一つ気になってることがあるんだよ」

「なんだ」

 この際、もう一度調べなおしてみようと思いながら秦は董に再び顔を寄越した。

董はセトにちらと視線を向け、手を顔の前に掲げた。

「前にセトの手に触れた時、発熱したことがある。でもさっきは全然そんなことなかった。何でかわかる?」

 頭上に疑問符を浮かべたような表情を董はつくった。セトもそういえば、と肯定する。だが秦には今までオエバとブロウクのことを散々調べていたにも関わらずそのような現象の記述を見た試しがなかった。

「……ちょっとやってみてくれないか」

 秦が二人に視線を送ると、緊張した面持ちで董とセトは互いの右手を握った。

「………」

 だが何も変化はない。董もセトも相手の体温しか感じなかった。

「左は? その時の状況はどうだった? どっちの手で触れた?」

「神殿から逃げる時だったからよく覚えてないんだけど、えっと僕は右手だったはず。セトは覚えてる?」

「いや。では私の左手で試してみよう」

「うん」

 今度は董が右手を、セトが左手を差し出した。二人の手が軽く触れる、すると火花が散ったように見えた。秦はもはや前など見ている場合ではなかった。それぞれの手を覆っている手袋が一瞬にして火を放った。

「あっつー!」

「わ!」

 舞い上がった火に慌てて二人は手を離す。手を叩いて熱さを飛ばしていた。幸い、火が舞ったのは一瞬で、火傷はしていない。

「セト様、大丈夫ですか」

「ああ。手袋が焼けただけだ。何か布で隠しておく。董は?」

 秦に頷いて、董に視線を手繰る。

「僕も大丈夫。でも次の街に入る前に代えの手袋が必要だね」

 そう言って振った董の手のひらには王冠の痣が浮んでいた。秦はハッとして、セトの手を窺う。彼女の左の手のひらには涙型の痣がはっきりと存在を主張していた。

「痣だ」

 共に痣のある方の手が触れ合った時に眩い光が、熱い炎が放たれた。そのことを重要と考えれば別に意味がある気がした。秦は先刻言った自分の言葉に今、漸く疑問を覚えた。オエバとブロウクの存在は言われている通りだと疑っていなかった。だが董がその通りの存在ではないと思っていた。それは育て方の問題なのだと思っていた秦だが、本当はもっと根本から違っているのかもしれなかった。

「董」

「うん?」

 手袋の代わりに包帯で応急処置をしていた二人が顔を上げた。

「今、答えは出ない。だが調べる価値はある。それによっては世界を文字通りひっくり返すことになるかもしれない」

「本当? ありがとう、秦」

 喜色を浮かべた董に秦はしっかり頷いた。


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