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世界掴む手のひら  作者: ケー/恵陽
二、オエバは皆の光というなり
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 朝食とは言ったものの、セトは食欲があまり湧かなかった。それでも少しはと口に運び、飲み込んでいった。董は昨夜のことにそう堪えていないのか、これまでと変わらない量を腹の中に収めていく。おもむろに董を見つめていると、セトの視線に気付いたのか董が顔を向けた。

「何?」

「いや、よく食べられると思って……」

 董は二、三度瞬きをすると持っていたフォークを皿の上に置いた。

「あのね、僕だってつらいよ」

 その目は真剣で、そしてセトは董に嫌な想いをさせてしまったのだと気付いた。セトの心のうちを正確に、董は感じ取ったのだ。目を逸らしそうになるセトに董はやさしい口調で続けた。

「あんな風に目の前で攫われることなんてそんなにない。でもだからって一々食欲なくしてたら動けなくなるよ。……僕、本当は何度か宴花に捕まったことがあるんだ」

「え!」

「神殿に連れて行かれそうになった。だけどその度逃げてきた。そういう時ってもう気分は最悪で何も食べたくなくなる。でも食べないといざという時に動けないんだ。ろくに食べなかったせいで逃げる機会をなくすなんて嫌だよ。それにもしかしたらすぐにラクルを取り戻す機会も巡ってくるかもしれないのに、セトは何も出来なくてもいいの?」

 董の言うことは正しい。言い返すつもりはないセトは、溜息を吐いた。寧ろ言い返すことが出来ないと言った方が正しいかもしれない。一人でも神殿の外で生活してきた董の方が、セトよりも何倍も物事に詳しいのは当然だ。

「食べるよ」

 セトは少し口にしただけで遠ざけた皿を引き寄せた。

「ラクルを助けたい。これは本当に本心だ。あの子は私の半身なんだ」

 ラクルはセトといつでも、どんな時でも共に在った。影となり光となり、互いに寄り添った存在。それ故、セトにはもはや己の一部とも言える存在だったのだ。

「私にはあの子が必要なんだよ」

「セト……」

 シャクシャクとサラダを口に運び始めたセトに董は頬を緩めた。董にはラクルのような存在はいない。だけど、彼女の今の状況は例えば秦を失った時の董に近いのかもしれなかった。

「僕らがちゃんと助けるからね」

 小さく呟くと、しっかり聞こえていたのかセトが視線を上げずに囁いた。

「……ありがとう」


 ローブを被って宿を後にすると、董は中央広場を抜けた先の雑貨屋に足を踏み入れた。そこは雑貨というには怪しげな物が売られていた。董は気にならないが、セトは気になるようで、しきりに目がそれらの物を捉えていた。

「……セト、一つ買ってあげようか?」

「はあ? い、いい。気にしなくていい」

 図星を指されたようにばっと顔を董に向けたセトだったが、大仰に手を振って断った。欲しいというよりは気になるという感じなのだろうか。

「いいならいいけど」

「あ、ああ。ちょっと珍しかっただけだから」

「……ふーん。この店は雑貨屋なんだけどさ、占いの道具ばっかり置いてるんだ」

「そうなのか」

 興味なさ気に言い捨てるセトだが、目はまだ物を追っている。どうやら自分ではそれに気付いていないらしい。董はその様子が可愛くて、少し笑った。

「僕が昔東都に来た時に泊まらせてもらったお店だよ。秦と知り合いらしい」

「そうか。それにしても秦は顔が広いんだな」

 セトがふと呟いた。それに董は頷いた。実際、董が知る限りでも知り合いは多い。どの街でも彼の知り合いがいる。それは親友であったり、別れた恋人であったり、単なる酒飲み仲間であったり、様々ではあるが確かなことだ。不思議に思ったことはないが、人気者だと幼い董は思ったことがある。

 店の奥に進むと店主らしき女性が董を見つけて手招きをする。

「あんた、董だね」

 無言で頷くと、背後を示される。董はセトの腕を引いて、店主の背後の隙間に入り込んだ。その奥には隠された扉があった。

 扉の先は小部屋になっていて、董とセトが入ると秦が微笑を浮かべた。

「おはよう、董」

「おはよう」

「おはようございます、セト様」

「ああ、おはよう」

「よく眠れましたか」

 秦の言葉にセトは曖昧に頷いた。実際よく眠っていたが、そう素直に答えるのもどうだろうか。セトは秦という人物を知ってはいるが、親しいかと言われれば答に困る。だが神殿の外の話をセトは秦からよく聞いた。

「秦」

 眉を潜めて董が彼の名を呼ぶ。

「はいはい。董は真面目だね。で、まず最初にお伝えしなければならないのは俺の状況です。セト様、実は俺も神殿から無断で出てきました」

 あっさりとすごいことを言う。セトは驚きで目を丸くし、董は頭を抱える。緊張感にどうにも欠ける。

「……秦、それってどういうこと」

「だから、許可取らずに神殿出てきちゃった。どうせ宴花が国都に戻れば俺も捕まる。それなら先に出て行った方がいい」

 確かにその考え方は間違いではないだろう。だが、董は肩を落とした。それでも出来る限り神殿に居た方が情報は得やすい。そうは考えなかったのだろうか。いや、秦ならば考えたはずだ。けれどその上で神殿から離れることを決めたはずだ。何か別に思惑があるのだろうか。

「本当にいいんだな」

「構わないよ。今下手にリスクを冒して捕まる訳にはいかないからね」

 鷹揚に頷いて、秦はセトへ向き直る。彼女に視線を合わせ、いつもよりも控えめに笑みを浮かべた。

「このような事情でして俺を共にしてくださいますか、セト様」

「それは、もちろん。だが、いいのか。神殿に属していたのにそのように簡単に捨ててしまってもいいのか」

「セト様が気にすることではありませんよ。俺なんかのために心を砕いてくださらなくても大丈夫です」

 普段は軽いのに、その時の秦はセトに追求されるのを拒んだ。

「でも」

「結構です。セト様、それよりも此処からいち早く離れるべきです。居心地は悪いかも知れませんが、イエの知り合いに連絡を取っています」

「……ああ」

 セトが一瞬哀しそうに目を伏せたことに董は気付いた。秦もおそらく気付いているはずだが、敢えて無視をしている。立ち入らせてもらえないことがセトには堪えるのだろう。けれど、秦の内情は董ですら表面しか知らない。何故神殿に属しているのかと訊かれれば、秦はきっとこう答えるのだろう。それが一番楽に生きることが出来るからだ、と。かつて董はそう聞かされた。けれどそれだけではないはずだ。そもそもイエ族の血が混じった秦を簡単に神殿に入れることがあるのか、今ならその疑問を持つことが出来た。

「秦、何処へ行くんだ」

 秦が董を振り向いた。そこには何の感情も窺えない。

「東都と国都の中間あたりに小さな村がある。そこに、俺の幼馴染が住んでいる」

「幼馴染? 秦にもそんな風に呼べる人が居たんだ」

 昔から旅をしていたのかと思っていた。董にはそう呼べる存在は居ない。それが董には少し羨ましいと思ってしまった。

「居るさ。俺にだって故郷はある。お前は俺をなんだと思っているんだ」

「いや、だって、旅の話は聞いたことあるけど秦って他人の話ばかりで自分の話はしないじゃないか。今だって話そうとしなかった」

 秦の表情に僅か苦味が混じる。だがそれはほんの一瞬のことで、すぐに笑みで繕う。董が横目でセトを覗くと、彼女は董を見ていた。すぐに逸らされてしまったが、その目はやさしかったように董は思った。

「……俺は年に一度故郷に帰れればいい方なんだ。そんな場所の話なんかしても楽しくねえ。それに生家にはもう誰もいないんだよ」

 顔は笑っているが、董の一言には怒っているようだ。やけくそのような口調に普段の彼とは異なるものをみる。それは董も初めて聞く秦の話だった。

「最初からそう言えばいいのに。セトは秦にとって守るべき人なんだから哀しませちゃ駄目だよ」

「……董に言われては俺もおしまいだな」

 息を吐き出すと、再び秦はセトに向き直った。苦笑を浮かべた秦にセトは少し笑った。

「セト様、先程は失礼致しました」

「あ、いや、いいんだ。言いたくないことは誰にだってあるものだろう」

「そう言って頂けると有難い。セト様はやはりお優しい」

 簡単に見切りをつけてしまったように、秦は神殿に対して恭順の意を示しているわけではない。だがセトに対しては異なる態度をとっている。それは秦にしては珍しい。神殿の目がないこの場所でも敬語を使っている。座長にだって軽口を叩いていたのに、と董は思った。

「それで、すぐに出るのか」

「出来るだけ早くだ。準備は急ぐがいいに決まっている。

「じゃあ、また着替えないといけないな。どういう設定にする」

「ああ、俺は顔を隠さないといけないからな」

 即座に切り替えて動き始める二人にセトは自分がどうすればいいのかわからず、忙しなく視線を巡らせる。秦はセトを見、董を見るとにっと歯を見せた。セトと秦と董、三人が不自然でない関係になるにはどうしたらいいか。秦はいとも容易く董に言ってのけた。

「董、お前娘になれ」


年内は最後の更新になります。

本作を読んで下さり、ありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします。

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